第85話 推しの降臨
稲光に撃たれて、しろと共に大人になり、おとう、おかあと家に戻ってきた桃太郎は───。
そのまま寝床の中で眠れぬまま、考え込んでいました。
一体、自分はどうなってるのか。
自分だけじゃない。しろも・・・。
しろと自分だけ何か違うのか?
おとうとおかあに聞いても、も一つ要領を得ない・・・。
てか、おとうとおかあもおんなじようにただたまげてるだけみたいで・・・
背丈がでかくなったということは、大人になったということなんか?
桃太郎は夜が明けるまで考え続けました。
翌朝。
おとうの単衣ものを借りて、それでも中途半端な長さですねを丸出しにしている桃太郎が寝ぼけ眼をこすりつつ、井戸を使うために家から出てきました。その瞬間に村は大騒ぎになりました。いきなり誰ともわからぬ見目麗しい若者が現れたのですから。
おかあが事の次第を皆に話して、皆、なるほど『もも』の面影があると納得しました。普通の子供のように接していたものの、桃から生まれた桃太郎が常人でないことは始めからわかっているのです。きっと何か『遣い』のようなものとしてこの世に降りてきたに違いない。誰もがずっとそう思っていました。あの一瞬光った稲妻に撃たれていきなり大人になったというのなら、それをさせるための時が来たか何かなのではないか・・・?
皆、大体桃太郎のおとうとおかあと同じような考えなのです。
そして、困ったことに『大人になった凛々しい雰囲気の桃太郎』の突然の出現は、年頃の娘っ子たちに恋の病をもたらすことにもなってしまいました。病にかかった娘っ子たちにとって、この人が『もも』だろうが何だろうが、昨日のことなどどうでもいいのです。桃太郎のまわりに娘っ子の団子が出来上がりました。キャーキャーと中の桃太郎がどうなってるのか心配になる程です。
一騒ぎあって、いつもより遅くなった朝餉をとりながら、桃太郎はおとうとおかあに言い出しました。
「旅に出ようと思う」
二人は突然のことにしばらくポカンとしたものの、まあ、成り行きなのではないかと得心しました。もしかしたら、それが『遣い』なのかもしれない・・・。桃太郎は何かを悟ったのか?
思えば、桃が流れてきてからまだ五年ほどなのです。どんどん成長してはいても、目の前の桃太郎は二十歳になるかと思える若者に、一夜にして変わってしまった―――。
「そうか。お前がそう思い立ったんなら、わしらには何を言うこともできん」 おとうが諦めたように言いました。逆らうことに意味があるとも思えません。
おかあも納得していました。気持ちはおとうと同じです。
「ただ・・・」 おとうは言い淀みました。桃太郎がおとうを見ます。
「村の衆は外の様子もたまにはのぞきにいかねばなるまいという話に最近なってきとる。そろそろ誰か決めて送り出さねばならんとな」
「おまえがどういうつもりでそういう気持ちになったのか聞いてもええなら聞きたいところじゃが・・・他にも有志を募って何人かで旅に出るのも一つじゃろうな」 おかあも言います。
「別に何となくそんな気分になっただけじゃが・・・一人じゃいかんのか?」 桃太郎が少し不満げに言います。
「それは危なかろ? 今まで誰も外へなんぞ出たことないんじゃから」と心配げにおかあが言います。
「ほれ、昔の『竹取の姫の物語』とその時の村の出来事を書いた解説本がたんと出とるで、まずそれを読んだら、その頃にやってきた外の人間のことが少しはわかろうが。そういうことを知ってから決めてもええんでないか?」
「そうじゃな。昨日までは子供じゃったからな」 おかあが決めたように言います。
「そうじゃ桃太郎。今日から勉強じゃ」 おとうも決めました。
桃太郎が何かの『遣いの者』だとしてもやはり一人で村から出すのは、心配なのです。
おとうとおかあは桃太郎を残して早速文庫へと書物を物色に出かけて行きました。もちろん、すでに読み書きや少しの計算は教えており、覚えもその成長に合わせるぐらい早かったのですが、今の桃太郎がどれほどの書物を読みこなせるのかはわかりません。それにまだ文庫まで桃太郎を連れて村の中を歩く自信がありませんでした。家のそばの井戸まで出ただけでこれだけの騒ぎになったのです。まだ大多数の村人は知らないのですから。
「おまえもおんなじなんか?」 そんなことを問いかけながら桃太郎は土間に座っているしろの相手をしていました。しろももう子犬のようにじゃれたりしません。ただ前足をすっと揃えて頭や背中を撫でる桃太郎をじっと見ているだけです。
と、家の外が急に騒がしくなってきました。それもキャーキャー言う娘っ子たちの声です。やがて、ドンドンと戸を叩く音が。
「何じゃ?」
桃太郎が言いながら立って戸をガラリと開けました。
「キャアー!」「わわわ!」
いきなり目の前に現れた桃太郎を押し倒すかのように悲鳴を上げながらドバドバと五、六人の娘っ子たちが遠慮もなく中になだれ込んできました。桃太郎は辛うじて上がりがまちの際まで逃れましたが、外は家を取り巻くように娘っ子だけではない村人たちの集団に囲まれています。さっきの騒ぎで『男前降臨』の話はあっという間に広まったようです。人々を縫って「どきや!」と叫びながら娘っ子たちを押しのけるようにおかあが入ってきました。村人たちが騒ぎながら自分の家の方に向かって行くのを見て、とりあえずおかあだけ帰ってきたのです。
娘っ子の一人は手に一冊の書物を持っています。そして頬を上気させながら桃太郎とおかあに向かって開いた本の中の絵の一つを指差しました。
「ももにそっくりなんよー!」 娘っ子たちにはまだ『もも』のようです。
その書物は、篠坂タケとタケルによる挿絵入りの『竹取の姫の物語』でした。そして娘っ子が指差すのは、その巻末に添えられた作者と絵師の似顔絵でした。著者近影、とでも言えばいいのか。そのタケルの方を指しています。
二人の似顔絵を描いた絵師の遺言は、その孫によって『竹取の姫の物語』の終息後、「他にも絵がある」という理由で、この挿絵入りの書物に対して実行されたのでした。
「ね! そっくりじゃろ!?」
みんな口々に桃太郎に迫ります。自分の顔など鏡でまともに見たこともない桃太郎には何のことかさっぱりわかりません。まして昨日の夜にこの顔になったばかりなのですから。もちろん、読み書きは普通には身につけていますが、昨日の夜まで、話には聞いていた『竹取の姫の物語』を実際に読むような歳でもなかったのです。『タケル』を見て、自分はこんな顔をしとるのか? と思うばかりです。
井戸端で桃太郎を見た娘っ子たちが「どこかで見たことあるような」と思い立って友達に知らせたりして徒党を組んで文庫へ確かめに行ったのです。
「ほんまじゃ。気いつかなんだ・・・」 おかあも本の中の『タケル』と桃太郎をまじまじと見比べました。挿絵入りはこの一冊しかないので、傷むたびに何度も装丁し直され、文庫に大切に収蔵されているのです。でも、読みたいときには誰でも手に取ることができます。
「もしかして、タケルの生まれ変わりか?」 おかあが桃太郎を見上げました。その言葉が娘っ子たちに火をつけてしまいました。
「だって、もともとここんちは『タケル』の親戚筋じゃろ? じゃから『篠坂桃太郎』」
「『タケル』が生まれ変わってくるのも無理からんて?」
「ほんまに、よう『タケル』の似顔絵、残しといてくれたよねえ」
「これがなかったら、生まれ変わりやてわからへんわ」
もう、生まれ変わりだと決めてかかっているようです。
「そうじゃ。おらたちもこの本のタケル見るたんびに男前じゃなあ、こんなお人がこの絵を描いたんじゃなあて」
「夢でもええからいっぺん会うてみたいなあと思うとったんじゃ」
「うんうん」
「まさか、ほんまに会えるとはの」
「ほんに、本から抜け出てきたみたいじゃ」
みんな、巻き毛の髪型まで絵とそっくりな桃太郎に熱い視線を送りながら、桃太郎が何か言う隙も与えず騒ぎます。
「うるさいわ! オレはオレじゃ!」
とうとう桃太郎は娘っ子たちの騒ぎに割り込むように怒鳴りました。
一瞬、静まり返った娘っ子たちは、うるうるした目から一転して桃太郎を怪しむような目に豹変しました。
「こわ〜〜〜」 互いに身を寄せるようにして少しひそひそ声になりました。
「タケルは絶対こんなんと違うわ」
「『タケ物語』のタケルと全然違うべ」
「そうじゃ、絶対優しいお人じゃ。ただでさえこんな綺麗な絵を描くんじゃからな」
そこで娘っ子たちはちょっと話題を変えてきました。まだ引き下がる気はないようです。
「タケさんも美形じゃで、ほんにびっくりするぐらい」 書物を囲みながら言います。
「さぞかし麗しい夫婦じゃったんじゃろうなあ」
「羨ましいなあ、おらたちも・・・」 桃太郎の方を全員が見ます。
「ももよ」 一人がぐっと桃太郎に迫ってきました。「タケさんほどじゃないが、よかったらおらの亭主になってはくれまいか?」
「うるさい! 勝手なこと言うな! おらじゃ!」
「何を!? おらに決まっとるが!」
戸口で取っ組み合いが始まりました。まさに『タケル』を取り合っているつもりにでもなっているようです。
「じゃから、タケルと違うっちゅうに!」 桃太郎が叫びました。しかし、騒ぎにかき消されるだけです。おかあは、いつの間にか囲炉裏端の方に避難して見物しているだけです。全く、年頃の娘っ子たちときたら!───そう思いながら。
「何を騒いどんじゃ!」 外で見かねた村人の声がしました。「何やっとんじゃ、人の家の戸口で」
救援は外から来たようです。第三者から怒鳴られて娘っ子たちは一気にしゅんとなり、「さあ、出た出た」とその村人に一人ずつ引っ張り出されて行きました。「もも、あとでね」と言い残していく子もいます。
何があとで、なのか・・・。
助けてくれた村人がひょこっと戸口から顔を見せて家の中を見まわします。桃太郎に目を止めて一瞬「あらあ!」というような顔になりましたが、「無事で何より」 そう言ってニッと笑うと、まだあたりにたむろしている娘っ子たちを追い立てるようにしながら去って行きました。
集まっている村人たちも一目桃太郎を見て行きたいようですが、まあ、これからいくらでも見られるだろうということで、とりあえず解散してくれたようです。
「桃太郎、大丈夫か?」
おかあが腫れ物にさわるかのように声をかけてきました。
「わからん・・・何もかも」
桃太郎は、本当にここから逃げ出したいような気分になっていました。




