第86話 旅の目的は・・・
第二弾の騒ぎが落ち着いて、変にお腹が空いたとおかあが昼餉の支度を始めた頃、おとうが大量の書物を風呂敷などに包み、小型の荷車にいくつも積んで帰ってきました。もしかしたら桃太郎が外の世界を見聞に行く先駆けになるかもしれんという話をして、文庫にいた村人たちも、書物の大量の持ち出しを手伝ってくれたのです。充分大きな文机まで誰かから貰い受けてきたようで、村人が二人がかりで運び込んできました。桃太郎はただ目を白黒させて、次々と用意されていく勉強道具を見つめていました。
ただ、旅に出たい、と言っただけで何でこんなことになるのか・・・?
桃太郎は昨日から今日にかけて天と地ほどに変わってしまった身の回りのことに呆然としていました。
寝床を敷く部屋の隅にデンと置かれた文机の上に、何冊もの本が置かれています。その隣にも床の上に何十冊となく積み上げられていました。
おとうは一仕事終わって書物の山の前に立ちながら、ニコニコと言いました。
「別に無理せんでええ。好きなのを読んだらええと思う。そう思うていっぱい持ってきたんじゃ。ただ、『竹取の姫の物語』とその『実録書』の類だけはこれからのために色々読んだ方がええと思うぞ」と、勝手に言いながら机の上の何冊かを取り上げて見せました。桃太郎は仕方なく一冊を受け取って中をパラパラとめくりました。別に難しい本ではなさそうです。
・・・と言うより、今何枚かめくっただけで、その部分のおおよその内容がつかめてしまったような気がするのです。
「え?」と、桃太郎は自分で驚きながら、本当に今読めたことが正解なのか確かめたくなり、机の前に座って改めて最初から読み始めました。
おとうとおかあも桃太郎のいきなりな態度にびっくりしました。
「早速勉強しよるのか?」
「こりゃ、本気で旅に出るつもりなんかのう?」
おとうとおかあは顔を見合わせ、これは皆と相談して真剣に旅に出る有志を募らねばなるまい、と話し合いました。となると、その有志たちにも相応の準備をしてもらわねばなりません。
桃太郎は何だか真剣になってしまい、食事もしないで・・・というわけではありませんが、食事の時もそばに本を置き、食べ終わると囲炉裏のそばでそのまま読み続けます。まるで何かに取り憑かれたかのように。桃太郎にしてみれば、読めば読むほど面白いように知識として頭の中に流れ込んでくるので、読むことにハマっている状態でした。内容の好き嫌いなど思いもしません。
おとうとおかあには声をかけることも憚られます。いきなりなくなってしまった会話に、これでよかったのかどうか不安になるばかりです。桃太郎の醸し出す雰囲気に、やはり天の遣いか何かなのか?と思うしかありませんでした。
おとうとおかあが寝床に入っても、桃太郎は机に燈台を二つも三つも置いて読み続けました。普通なら「ええ加減にせいや」と怒鳴るところですが・・・どうにも手の出しようがありません。
翌朝───。
桃太郎は朗らかな顔で書物を包んできた風呂敷に包み、家の前に置いたままの荷車に自分で積み込みました。
「桃太郎や、ちゃんと寝たんか?」 おかあが心配そうに聞きました。朝、起きた時に机の前の桃太郎の姿勢がそのまま変わってなかったからです。
「いや、でも面白かった」 晴れ晴れと言います。
「もう返すんか?」 おとうも聞きます。
「全部読んだし」
「はあ!?」
これにはおとうもおかあもあっけに取られました。これだけの本を、たった一晩で全部読破したと?
桃太郎はふと思い出したように言いました。
「『竹取の姫の物語』の原本が取られてしもうたんじゃなあ。大体、どれにも京のもんに持ち去られた、て書いてある。ほんまに持ってかれたんなら、取り返したいなあ」 北の京の方角に立ちはだかる荒々しい山々を眺めながら。
桃太郎は何だか旅に出る目的がぼんやりとながら見えてきたような気がしていました。
そうです。『篠坂タケの筆による原本』は村のみんなが取り返したいのです。挿絵入りの本がタケとタケル自身の筆として残っていますが、原本は物語としてタケが最初に完成させた本として代え難いものがあるのです。今も無事にあるのかどうか───。
誰もが知りたいところでした。
桃太郎が自分で文庫へ返しに行くと言うので、おとうとおかあもついて行くことにしました。まだまだ読み足りないようで、文庫に篭りそうな勢いです。多分、ゾロゾロついて来るだろう娘っ子たちを整理してやらないと、他の読みたい人たちが入れなくなってしまうかも知れません。
案の定、文庫に着くまで、娘っ子だけでなく、若い男も大人たちも男女関わりなくついて来ます。『タケル』そっくりというのが皆の興味を惹いているようです。
・・・何で桃から生まれてタケルそっくり・・・?
という疑問にぐるぐるしながら。
しかし、無闇に桃太郎に声をかけるのはおとうとおかあが許しませんでした。荷車を引く桃太郎の両側をガッチリと固めます。ただでさえ混乱しているようなのですから。それは『親』の役目をする者として感じることだし、桃太郎がきちんと思う通りに旅立てるように守ってやらねばならぬと決心していました。
それから数日間は村をあげて外の世界の偵察行の話し合いがなされました。桃太郎のおとうとおかあもこの際、『タケ』や『かぐや姫』が竹から生まれたのと同じように「おまえは桃から生まれたのだ」と「人の子ではないのだ」と、何もかもを桃太郎に話しました。それで人より大きくなるのが早いのも、いきなり大人になるのもわかるだろう、と。村の人々も一応そういう理屈で根拠もないまま納得してきたのですから。
桃太郎はなぜかそう宣告されても、もうさほど驚きはしませんでした。何のためにわざわざ人の子でなく桃から生まれてきたのか・・・この村で、その原本を取り返すために? それは村の他の者にはできないことなのか・・・?
何となくそういう『特別感』が誇らしくもなってきました。『タケル』そっくりになったというのも、あながち意味のないことではないのかもしれない、と。まだどんな意味なのか思い当たることなどあるはずもないのですが。
そして、偵察行に参加する有志が募られました。桃太郎が行くと言うのですから、老いも若きも希望者が殺到しました。娘っ子たちばかりとは限らないのはここでも同じようです。しかし、外でどんな目に遭うかわからないのですから、初めて、人を選ばねばならない事態に立ち至ったことを誰もが感じていました。一体、どんな人が相応しいのか・・・。
冷静で少しのことではあわてない人がいいでしょう。そして、安易に外の人の言うことを信用しないのも。村の人間としては難しいことかもしれません。旅の元手として黄金を持っていかねばならないこともあります。かぐや姫昇天の際に軍勢から守った黄金二袋が手付かずのまま残っていました。ここにきて使い道ができてくるとは思いもしないことでしたが、果たしてどれぐらい持っていけばいいのかも問題でした。現実として迫ってくると、村から出ることがこんなにも大変なことだとは・・・皆、考えれば考えるほど気力が萎えてきますが、それでも『原本のありかを探り、取り返す』という目的ができてしまった以上、それを放置することが非常に気色悪い感覚であることは誰もが感じるところでした。
もちろん、桃太郎にキャーキャー言うだけの娘っ子たちはたとえ手を挙げようと相手にされません。村としては初めて、その人が自ら持つ役割以外のものを割り振って順位づけのようなことをしたのでした。もちろん、大勢で話し合いの末、ああでもないこうでもないとすったもんだして出来上がったものでした。何日間も話し合いを繰り返した果てに、条件に合いそうな感じの者たちが、有志として最後まで残りました。




