第62話 物語の行方
中納言は迷いに迷い、山の中をさまよっていました。元々あまり方向感覚のよろしくない中納言は、一人で遠出をしたような経験もありません。村支給の食糧も尽き、今日中に辿り着けなければ明日は飢え死にする、と思いながらだんだん重くのしかかってきた背中のカゴに押されるようにふらふらと山の斜面を下っていると、ぱっと開けた場所に出ました。
うっと中納言は目を見開いてあたりを見まわしました。
ここは・・・
確かに、村を出るときに案内人と別れた場所です。目の前には竹林も広がっています。
・・・帰ってきた・・・
そう思っただけで、中納言はその場にへたり込んでしまいました。安堵のあまり力が抜けてしまい、しばらく動けませんでした。
しばらくぼんやりして、やがて、これではならぬ、と立ち上がって歩き始めました。とりあえず・・・姫の家に転がり込むしかないでしょう。全てを持ち帰りました、と報告して・・・。
やがて人家がある所まで来ると、中納言はすぐに村人に見つかってしまいました。三人がだだっと近寄ってきます。中納言は覚悟を決め、立ち止まりました。
「例のお一人ですかな?」 一人がそばまで来て尋ねます。
五人の素性は知れ渡っていましたが、顔まで知る者はほんの一部です。ほとんどの者はこの一件には関わっていませんでした。状況が共有されていただけです。
「はい・・・中納言石貝麻呂足にございます」 中納言は丁寧に答えました。
「どちらへ行かれるので?」
「差し当たって、かぐや姫様のもとへ」
「ご苦労様ですな。荷物をお持ちしますで」 中納言の背中の方に目をやります。
「いや、これは、大事なものゆえ」 中納言は肩ひもを両手で握りしめて少し後ずさりしました。
「んじゃ、まずは姫の所へ知らせましょうかな。中納言様が大事なものを持って戻られたと」
中納言はびっくりしましたが、言うが早いか一人が駆け出していました。
「ささ、ご案内しますで」
中納言は二人の村人に両側を挟まれて、言われるままに歩き始めました。ゆっくりとした足取りで。歩きながら、思いました。
・・・連行される、とはこういう気分か・・・
いち早く、竹職人のおじいの家に中納言の帰還が知らされました。
囲炉裏を囲んで姫とタケとおじいとおばあがお茶菓子を楽しんでいる最中でした。五人が出立したとなって自宅に戻っていたタケが「お菓子を作ったから」と再び姫を訪ねた矢先のことです。おばあが活発ながら大人の女らしくなってきた姫のためにと新しく仕立ててくれたばかりの、ほんのりとぼかしのある淡い若草色に染め上げられた優雅な小袖を、今しも着替えて光ゆらめくその姿を披露しようとしていたところだったのです。
「えー⁉︎ 早すぎない⁉︎ 三年先じゃないの?」
「一体、何を持って帰ってきたと言うんじゃ」
タケと、小袖を胸に抱えた姫はあわてて隣の部屋に入り、御簾を下ろして引き戸をピシャリと閉め切りました。おじいとおばあは嵐の如くに団欒の場を片付けます。
部屋がすっきりと片付いて、おじいとおばあが中納言を迎えるべく戸口の外に控えた時に、三人連れの男たちがやって来ました。
「まあま、お早いお帰りで」 おばあがその場で声をかけます。
「ささ、どうぞどうぞ」
おじいも二人の男たちから解放された中納言を中へと招き入れました。
「わざわざお出迎え頂き、かたじけのうございます」
中納言は土間へと入ると、どっこらしょと上がりがまちに背中のカゴを下ろしました。
「大層なお荷物でございますな」 おじいが驚いたように言います。
「かぐや姫様のお題にございます」
「お疲れでございましょ。まあ、ごゆるりと」 おばあが盆にお茶を持ってきます。
「そんなことより、よろしいですかな?」
自分の答えを受け流されたような気がした中納言は草履を解いて床に上がると、カゴに両手を差し込んで鉢のようなものを取り出しました。上の方に被せられている手ぬぐいを丁寧に、広げるように取り去ると、真珠の輝きが散りばめられたような黄金色の木の枝が現れました。さらにカゴの底から何やら怪しげな毛皮のようなものと、紙に包まれたものを取り出すと、毛皮を鉢の横に置き、その上に紙包みから取り出したものを乗せました。
とりあえず中納言がそれをしている間に、床に上がって中納言に向かい合うように座っていたおじいとおばあの方に、改めて中納言は正座してその品々を押しやりました。
「どうぞ、お納めくだされ」
「これは・・・?」 おじいが訳がわからず問いかけます。
中納言はこれを見つけたいきさつを話し始めました。山の中で迷って行き当たった古寺にあったとするなら、他の四人とはぐれたことも言わねばなりません。もう中納言は姫を守るために京の側を迎え討つつもりになっていたので、何もかもぶちまけても仕方がないと思っていました。
そして、自分たちは黄金の袋の出どころとして、弥作と名乗る男からもたらされた『伝説の村』を疑って黄金の摘発隊としてここへ来た。他の十人はその先遣隊で、山越えの道を造るための要員、だが、結局共に崖から落ちて、この村の世話になることになった。ここを出てから摘発隊で任務を続けるかどうか意見が割れ、自分は隊を抜けたが残りはお題を放り出して京へ戻ったと思われる。その後、彼らがどうするかはわからないが、最悪大軍を率いてここへ攻め込んでくるかもしれない―――。
そうまで言ってしまいました。
おじいもおばあも、引き戸の向こうで聞き耳を立てているタケと姫も真っ青になっていました。弥作が話していたのは先遣隊のことと、五人の目的が黄金であることだけです。まさか、お題がないがしろにされるなど―――! そして、軍が月からの迎えに対するのではなく、村そのものに攻め入ると⁉︎
「と・・・とにかく、よう話してくだされたが・・・とりあえず、わしらだけではどうにもならんで」 おじいはそう言うのが精一杯です。
「ともあれ、これは、その古寺に置かれていた、逃げた四人の分も打ち揃うたお題の品と思われます。なぜにそんなことが起こり得るのか、わたくしにもとんとわかりませぬが、この品々の真贋も含めて、姫様にお確かめ頂けるならありがたき幸せにござります」
本物であるとは言いません。五品とも持ってきたから姫をよこせとも言いません。中納言は今から姫にとって良き『男』でありたいと思っていました。
「とにかく、これはお預かりしまして、後ほど、かぐやに見せまする」
「何とぞ、よしなに」
中納言は、二人に向かって頭を下げると、姫がいるだろう引き戸に向き直りました。
「かぐや姫様、お聞きの通りにござります。かかる事態に相成りし上は、姫様のお心一つにお任せ申し上げまする」と言って深々と頭を下げました。姫がいるかどうかは定かでないまま。
なんということ・・・!
姫はタケの胸に顔を埋めて泣いていました。まさか、あの食わせ物を企むはずの五人の中にこんな人物が現れるとは・・・! その心は本物?
そして、大軍が攻めてくる? 攻める相手は村ではなく『月からの迎え』ではないのか?
タケも震えていました。一体、『物語』はどうなるんじゃ!
―――ああっ、タケル! タケルはいつも事あるごとに面白いことを言う。タケルならこの事態をどう見る?
「タケル呼んでくる」
タケは姫の両肩を力を込めて握ると、立って引き戸を少し開け、おじいしかいないことを確かめると御簾を押し開いて部屋を出ました。
「待って、おタケさん・・・」
姫の、ようやく上げた後を追う声は苦しげで、再び閉じられた引き戸の向こうには届きませんでした。




