第48話 道を開く
いよいよ先遣隊が出発する日になりました。
弥作も何日間にもわたる牢暮らしからすっかり回復し、放免につけられた顔の傷もミミズ腫れのような二本の線となって残っているだけです。
正直、先遣隊といってもどんな準備をして行ったらいいのかよくわからず、ただ山越えに必要と思われる体勢しか取れていません。弥作も自分の山越えの経験からただただとんでもない難所であるとしか言いません。今はただ弥作の言うことを当てにするしかないのです。
京からは遥か遠くに霞む南の荒ぶる山々を目指して、先遣隊十名と弥作の一行は都大路を発ちました。大人数なのは、何か事が起こると京に伝令に走る者が必要なのと、急造りながらある程度の道を開きながら進むことを命ぜられているからです。そして実際に村に入るのではなく、弥作の言う「頂上から村を眺めることができる」所から村の様子を観察して報告するだけです。そこから村へ降りるのは「難所を一つ切り崩せばあとは楽々」と弥作が言うので、そこまで片づけば、あとは本隊を一気に送り込もうという算段でした。
道を開くための道具を荷車に積んだ一行は三日近くかかってようやく山越えとなる麓に到着しました。途中に弥作の故郷の村もあったのですが、弥作は何も言わずただ通過しただけです。村は静まり返っており、誰に出会うこともありませんでした。もっとも、役人らしき一行が通っていくのですから、皆、余計なことにならないように、その姿を見かけただけで家の中に身を潜めてしまったのでしょう。少なくとも中からのぞき見ている者がいたら、弥作の姿に気づいた者もいるかもしれません。が、先遣隊にしても目的外の面倒くさいことにはなりたくないので、どの村も道中よりは足早に進んでいきました。
どこから登り始めればいいのか・・・。
まずそれ自体が問題で、一行はただ木々に埋め尽くされ、立ちはだかる急斜面を見上げるばかりです。弥作にしても「このあたりから登った」など思い出せるものでもなく―――。
「案内役ならばしっかりせい!」とどやされるばかりです。
それでも一行を連れて、登り口を求めて山裾をさまよううち、弥作には何となく、ここだったかも? と思える場所を探し当てることはできました。確かかどうかはわかりません。
ふと見ると、目の先の地面に何やら四角い物が転がっています。まわりの景色に対してどうにも不自然な塊りです。弥作はとりあえず自分勝手なことはしない方がいいと思っているので、振り返って役人たちに声をかけました。
「ところであれは何じゃろう?」 指差しながら言います。
一人がそこまで行って拾い上げようとした時、「おおっと!」 その男が拾う前にそこを飛びのきました。「長殿! これは・・・」
『長殿』と呼ばれた隊長を勤める髭面の大男が「何だ?」と言いながら隊列を抜けてそこへやって来ました。「これは・・・」 地面にある物を見て同じようなことを唸ります。
それは古びて朽ち果てたような布に包まれていました。そのそばに同じように朽ち果てた白骨のようなものが半ば土に埋もれるように見え隠れしています。布の一方はその白骨に結ばれていたかのように絡まっています。隊長は白骨に合掌すると、白骨から身を遠ざけるようにして両手をぐっと伸ばして物体を確かめるべく締まり切った結び目を解こうとしました。が、固いのですぐに諦めて小刀で布を切りました。
中から現れたのは木箱でした。抽き出しが三段重ねになり、一番上は蓋が両側に分かれる開きになっています。中には何やら道具らしき物やドロドロのような物がいっぱいに詰められており、それらは水たまりとなって溶け腐り、異様な臭いが漏れ広がりました。
隊長はうっと鼻を押さえつつ、開き蓋の裏に汚れを透かすと何やら文字が書きつけられているのを見つけました。
「とい・・・げん・・・あん・・・所蔵・・・とい・・・・」
隊長は何かを思い出そうとするかのように繰り返しました。そして、
「戸井弦庵殿か⁉︎」 驚いたように叫びました。
もうかなりな昔、陰陽師に逆らって京を追放されたが、その後、帝から許されて下された帰還命令を無視して行方不明になったと言う。「病を得た」などのような正当な理由を伝えてくることもなく、その行為は帝に対する謀反とまで言われ、悪名を後に残すことになってしまいました。そして事あるごとに悪行の見本のように語り継がれることになったのです。それは宮中での正式名ではなく、巷で勝手に名乗った『戸井弦庵』で伝えられていました。その件でその一族自体が没落してしまったのですからわざわざ言う必要もなく、直接的なことは差し控えるが良い、と。それが帝の寛大なる処置でした。自分が流行り病に伏せったことがこの件の原因になったという、幼いながらに覚えておられた思いがあったのでしょう。
隊長はまさか自分がこんな所で、その結末を発見することになるとは思いもしませんでした。とりあえず、その箱を布切れと一緒に一人に持たせて内裏への一報に走らせることにしました。思いもかけぬものを発見したと言う取り急ぎの報告の書状と共に。
そして、放置するのも心苦しいものを感じた隊長は、白骨を丁寧に地面の中に埋めて少しばかり盛り土をさせると、改めて全員で合掌しました。何のことかわからないまま土掘りをさせられ、合掌させられたのは弥作一人でした。できれば白骨なんかに近寄りたくなかったのですが。
弥作はもう自分はどうなってもいい、と半分は思っていたので、先遣隊もどうなろうが知ったことではありませんでした。
伝令を送り出し、過去の重要人物と思われる白骨死体発見のあわただしさが落ち着くと、弥作は改まったように隊の誰にともなく言いました。
「多分、ここらあたりからじゃったと思う」
弥作は他よりは木々の間隔の広い、道になりそうな隙間となっている場所を指差しました。
いよいよとばかりに一人一人が道具を荷車から取って背負ったり担いだりし始めました。
本隊が通れるようにまずは道を広げるべく木々の伐採が始まりました。隊長を始め、土木に詳しい者たちが集められた先遣隊は表面に見えている岩石を利用したり、切り倒した木を短く切って斜面に階段状に埋め込んだりして登山道を造って行きます。急にならないよう、斜面を横切って蛇行させるような形をとったりもします。弥作も一員であるかのようにこき使われました。そうやって斜面で夜を明かしながら日に少しずつ、上へ上へと登って行きます。
そうしてようやく最初の頂上に辿り着きました。そこはほとんど禿山ですが、そこからはまだ何も見えません。連なる山並みを眺めるだけです。それなりに良い眺めではあります。
隊長は、もう夕刻近いこともあり、皆も疲れているので少し早めながら今日はこれまで、と比較的平坦な頂上で夜営することに決めました。宮中では今か今かと道の完成と偵察の結果を待ち望んでいるはずですが。白骨死体の一件はすでに届いていると思われるので、どんな返事を持って帰ってくるか一応気にかけていました。しかし、第一報が何の関係もない報告だとは宮中が落胆するところが目に浮かぶようです。戸井弦庵の末路がわかったところで、今は昔のことなのですから。
弥作は弥作で密かに先遣隊から逃れてこの状況を『村』に知らせることはできまいかと、機会をつかむべく画策していました。
夜半から雨が降り出し、明け方にようやく上がった中で、朝から皆泥だらけになりながら頂上からの下りの道を造っていきました。といっても必要な所にだけ木の段を埋め込めばいいので、比較的早く進みます。登りのためにはまた帰りの時に足りない所を造ればいいと。が、二人、泥と積もる木の葉で滑って落ちていきました。
そういう者たちも助けながら、次の頂上を目指します。
同じように道となる場所を探し、木を切り、段を作り・・・
険しさは増し、更に時がかかりました。夜を明かし、また夜を明かし・・・。
そして、疲労困憊しながら、ついに二つ目の頂上に到達しました。
昼を過ぎたまだ高い日差しの中で、村の姿が一望に広がります。眩しいほどに美しく、豊かさが心にしみわたるような・・・。
まさに、こんな村は他にはない―――。
労苦の後の褒美とも思えるほどの・・・。
皆、それだけで目的を達してしまったような気持ちになり、同じように樹木の絶えた広場に倒れ込みました。疲れが押し寄せてきて、どうにもたまらず眠り込んでしまうしかありませんでした。
隊長だけはがんばっていましたが、全員が倒れてしまったのでどうしようもなく、とにかく体力を取り戻さねばどうにもならぬと自分も休むことにしました。
その時、「長殿ぉ!」と呼ぶ声が下の方から湧き上がってきました。伝令に出した兵が戻って来たようです。
兵の姿が見えるようになると、隊長はまず「どうじゃ! 道の出来具合は!」と下に向かって呼びかけました。兵は造られたばかりの段を伝って易々と頂上まで登って来ました。隊長のそばに控えると、頭を下げて報告しました。
「は! 上首尾でございまする! あの麓からここまで、何と一日とかからずに踏破いたしました!」 息を切らせながら言います。
「そうか! それならば内裏にも堂々と完成を報告できそうじゃな」 満足そうに応えます。まだこの頂上からの下りが少し残っているのですが、もうほとんど出来たようなものでしょう。
「して、内裏は何と?」 隊長は真顔になって問いかけました。
「第二報を待つ、とのことでございます」 かしこまって言いました。
「・・・それだけか? 書状もないのか?」
「は!」
何か一言でもあるかと思ったが・・・。
隊長は髭の顎を掻きながら、やはり無関係は無関係なのか? と思いました。書状もなく口頭のみというのも・・・。
もともと内裏の意向など自分たちに推し量れるものではないのです。
村では『弥作を追わない』ということにはなっても、ただじっとしているわけではありません。とりあえず山の向こう側の様子を探るべく、『隠し山道』から出て山裾の様子を見張る若い者たちが何人も送り出されていました。逆に崖登りをして遊んでいるような、まわりの山々を制覇することを楽しみとしているような、山々の形状を知り尽くした若者たちです。もちろん、それより先へ行くようなことはしません。何日間も交代で見張り続け、山裾の斜面の木の上から先遣隊がやってくるのを見つけていたのです。弥作の姿も認めていました。樹木の間を辿り、彼らを下に見ながら野ウサギが駆けるように音もなくその後をつけ、彼らが登り始める場所まで突き止めていました。
若者たちは大急ぎで『隠し山道』を戻って行きました。
弥作がどういういきさつで彼らを連れてくることになったにせよ、『隠し山道』は教えていない―――。
村では、そうなればどのみちあの崖から落ちることになる、と予想し、身構えていました。登り始めた場所からしても、よほど変な方向へ曲がらない限り、崖を避けることはできません。弥作が崖を避けられるほどあのあたりを知っているとも思えないのです。十人はいたという若者たちの報告によって、薬草庭園の病室も開け放たれています。あとは転げ落ちてくるのを待つだけ。
しかし、彼らをどうするか? 何者かによってもそれは変わってきます。今はまだその先の予測は立ちませんでした。




