第30話 飛翔
タケは夜通しタケルを待ち続けました。この夜遅くに、まして雪も降り出したというのに、そこを押して松明一つで山を越えて来るとも思えません。小屋で、囲炉裏を十分に燃え立たせて、温かい汁物でもこしらえて過ごしているに違いないのです。暇に明かしてさらえたばかりの土の吟味をしながら、新たな器の案でも練っているのかもしれません。
そんなふうに考えてみるものの、布団の中で寝つくことはできませんでした。
窓の隙間からいつもと違う白い光が入り込んできます。夜が明けたようです。タケは「さぶっ」と身震いしながらも、起き上がりざま布団の上にかけていた綿入れを着込んで、いの一番に土間のかまどで湯を沸かそうと、火を入れようとしました。が、冷え切っていて湿り気も帯びているのでなかなか火がつきません。村では火打石ではなく火薬を塗った棒を擦ることで火種を作っています。より大きな火種を取れるのですが、それでも何本も使ってようやく火を移すことができました。その火を火種に、囲炉裏にも火を入れました。こちらも少し手こずりました。とにかく部屋を温めることが先決でした。汁物の鍋を囲炉裏に掛けると、タケは戸口に向かいました。雪の様子を見ようと思ったのです。せっかく温まりかけているのに、もったいないような気もしますが・・・。
タケは戸を開けようとしました。が、びくともしません。何かが引っ掛かっているようでもありませんが・・・。
タケは大きく息を吸うと、力任せに両手で戸板を引き寄せ・・・ようと思った途端、
ガタッと戸板が外れてまともにタケにかぶさってき、同時に朝の光と大量の雪が戸板の上に雪崩れ込んできました。
タケはしばらく呆然と戸板の下、冷たい土間で潰れていました。雪は戸板の半分ほどにこぼれているだけですが、全く初めての経験だったのです。
タケはようやく戸板の下から這い出し、外に目をやって、
「えー!」 タケは声を上げました。雪は戸口を半分ほども塞がんばかりに深く高く積もっていました。
「おとうとおかあの家も?」
タケは不安に身震いしました。タケルの小屋も・・・?
胸の底に嫌な熱さが湧いて来ました。
この朝、村の人々は誰も外へ出ることができませんでした。
タケは戸口を閉めることもできないまま、入り込んでくる冷気をどうしようもないまま簡単に朝餉をすませました。
戸口から見上げる限り、空は明るく晴れ上がっているようです。昨夜から今朝にかけて、天気は一変したように思えます。せめて土間に崩れた雪や戸口から手の届く限りの雪をできるだけ集めて家中のカメや桶に水になるように溜め置きます。
裏口の戸は、実家と同じように風呂場へと続く床板に屋根も架けてあるので、積雪からは何とか逃れており、すぐに開けることができました。それでも腰のあたりにまで両側に雪の壁が立っており、床板の上にも少しばかり崩れ落ちていました。屋根は水捌けのためにも傾斜をきつく取ってあるので耐えられないほどは積もっていないようです。
タケは風呂用のカメの蓋を開けました。底にうっすらと残った水は凍りついています。タケはその上に雪の壁を掻いて一杯になるように入れ込みました。タケルが帰ってきたら、きれいな雪どけ水で温かい風呂に入れてやろうと。
タケは風呂の釜にも火を入れました。今から沸かしておかなければ。いつ帰ってきてもいいように。
そうです。それぞれの家がタケのように温める努力をしていれば、案外この雪がとけ去るのも早いかもしれません。お天道様の暖かさだけではなく。
お天道様が高く上がる昼頃、ようやく人々は雪を掻き分けて外に出て来ました。思いもかけず、陽の光はほんのりとした暖かさであたりを包んでいます。雪は太ももあたりには低くなっていましたが、ほとんど経験したこともない事態に、大雪への備えも薄かった村では全員が青ざめていました。
タケも歩きやすいようにタケルの絞り袴を履いて足まわりを膝上ほどにまで布でぐるぐる巻きにし、藁ぐつで足元を固め、さらに腰蓑を巻きつけて厚手の綿入れを着込んで出てきました。まず実家まで行ってみるつもりです。そして、タケルがまだ帰ってないことも相談するつもりでした。小屋でのほほんと雪がとけるのを待っているだけならいいのですが。小屋には十分な食料や水や火の用意もあるはずなのです。何事にも妥協しない窯場の人たちが作った小屋なのですから。
人々は雪を掘って道を作り始めていました。その助けも受けて、タケは時々雪の中に踏み込みながらも実家に辿り着きました。
おとうとおかあは家の前に出て雪を放り上げ、まわりに場所を作っているようです。時々茅葺きの屋根からどさりと雪の塊も落ちてきます。幸いにもうまく逃れているようです。
「おとう、おかあ! 大丈夫かあ!」
タケはだいぶ手前から叫び始めました。雪にめり込む藁履を引き抜くようにして一歩ずつ進んでいきます。
「おお、生きとったか!」 おかあがかがめていた腰を伸ばして叫び返してきました。
タケは二人の無事を知ると、たまらずに叫びました。
「タケルが帰って来んのじゃ!」
「はあ!?」
二人ともタケルが出かけたことは知りません。皆で土を掘りに行ったことは聞いていましたが、その後、一人でまた出て行ったことはわざわざには伝えていませんでした。まさかこんなことになろうとは思いもしなかったのです。
タケはおとうとおかあに一晩、一人きりだったことを伝えました。
とにかく、雪がもう少しどうにかならないことには動きようがありません。採掘場までの山道は雪がとけるのも遅いでしょう。もしかしたら当分閉ざされたままかも知れません。となると、タケルも動くことはできないのです。
タケはおとうと一緒に、窯場の仲間たちの家に声をかけてまわりました。皆、あちこちに道を掘っているのでだいぶ歩きやすくはなっています。そして、仲間たちや話を聞きつけた他の村人たちも続々と窯場に集まってきました。
誰もタケルが残った土を取りに行ったことをとやかく言う者はいません。他の焼きもの職人たちの中にもわずかながら取り残したことをぐちぐち言っていた者もいるのです。これが今年の掘り納めだったので、残したのが気色悪いとはみんな思っていました。余分に掘り過ぎたとまで言う者もいます。ただ、行くなら行くと言っといてほしかったな、とは言われました。
とにかく、このまま待っていても仕方がないので、もう少し雪と空の様子を見て、採掘場へ向かってみようということになりました。タケルが帰路についたとしても、他に道があるわけでもないので、よそに入り込みでもしない限り途中で出会うはずだと言うのです。そして、タケルに他の場所へ逸れるような冒険心があるはずもないと言われてしまいました。もちろん、山深い地とはいえ、途中に崖っぷちなどはなく、歩くだけならそんなに厳しい道中でもありません。だからこそ土を運ぶ道ともなったのです。
問題は雪の状態でした。雪崩が起こらないとは誰にも言えないのです。
タケも一緒に行くと言い張りましたが、いくら丈夫で人より力持ちだとは言え、それはならんと当然の如くに却下されました。
案じたおとうは、タケを自分たちのそばにいるようにと、焼きもの職人たちの出立を待たずに半ば無理やり実家へ連れて帰りました。
タケルのことが心配のあまり、なぜか自分ならタケルを見つけられるという自信のような思いが渦巻き、タケは一緒に行けない悔しさでいっぱいになっていました。
空は相変わらず雲もまばらで深く晴れ渡っており、一転して春のような穏やかさが続いています。雪もどんどんとけてあたりは水浸しです。それを機に、職人たちは村を発ちました。この分なら山道も思うほどではなく、雪を掻き分けるようなことがあっても日暮れまでには小屋に辿り着けそうに思えました。
タケは実家でおかあに見守られながら、また窯場へ出かけていたおとうが戻ってきて職人たちが出発したことを聞きました。
「あとは任して待っとったらええ。気に病んでも仕方なかろう。そのうちケロリと皆と一緒に帰ってくるべ」
おかあが慰めます。二人ともタケ以上に心配しているには違いないのです。おかあはお勧めの薬草茶を入れてきました。気分を落ち着かせる効能のあるものです。三人分、入れていました。
タケは他と違ってほんのりと穏やかな甘みのあるお茶をゆっくり啜りながら、その甘みを味わう余裕もなく治まりそうにない胸の中の大嵐に、今にも何もかも放り出して走っていきそうになる衝動と戦っていました。
タケルの身に不安が降りかかる・・・雪ばかりではないのです。村の外の人々に見つかり、何かされるという恐れも・・・
初めての事態に、ただ胸の内にはタケルの何かを求めてこちらに手を伸ばしているような姿が去来するばかりです。気が狂うのではないかと思うほど・・・
ポトリ、
湯呑みが敷物の上に落ち、横倒しにお茶がこぼれ出ました。
それ以上に何を言うこともできず、ただうつむいて黙ってお茶を飲んでいたおとうとおかあは、ふっとその音に顔を上げました。
視界の外に感じていたタケの姿が、その場から消え去っていました。




