第28話 タケ物語
タケルの誘いを受けて、タケはタケで支度していた夕餉の煮物を器に盛り、裏庭の柿の木からとっておいた初物の柿をザルに盛って持参しました。
ちゃんと話は済んだから、もう、子のことは言うな、と釘を刺されたのですが、『人の子でない』というのがどう伝わっているのか不安でした。
それでも、久しぶりにおかあと並んで土間に立つと、やっぱり四人揃って暮らすのが一番自然なことのように思えて仕方がありません。おとうもおかあも、まるで何も聞いてないかのようにいつも通りです。タケルと夫婦になるために兄妹という形を捨てたタケでしたが、それでもやっぱり自分の母はこのおかあしかいないと思うのです。
楽しげに並んで支度をするふたりに、タケルは外に出て薪割りを始めました。いまだにどうも斧には馴染めません。木工などをするときは、薪用や大工の所で出た端材などすでに割られているものをもらい受けてくるのです。
台所の格子窓から危なっかしそうな様子を見たタケは、おかあとクスッと笑うと外へ出ました。
「タケル、代わってやってもええぞ」 両手を腰に置いて言います。昔のタケの仁王立ちのようです。
タケルは、助かった、というような顔になると素直に斧を渡し、「んじゃ、頼むわ」と言って土間に入りました。格子の窓におかあとタケルの姿が動いています。
やがて、タケルの軽快なまな板を叩く音が響いてきました。
タケが語り物で村人たちの『役者』になって以来、何事もなくても誰彼となく薪割りをしてくれたり雑用をしてくれたりするので、ここしばらく斧を手にしてはいませんでした。
タケは薪を一本取って切り株に乗せると、一刀のもとに割り落としました。二本目を取ると、遠くから声が聞こえてきました。
「あー! 珍しゅう金太郎が斧振うとるぞ!」
見ると、伝太とつるんでいた悪ガキの一人です。今や背中に二歳ばかりの子をくくりつけ、傍らに小カゴを抱えた身重の姿の女房が連れ添っています。家の前を少し離れて通っている道を歩いていました。一緒に山菜取りにでも行っていたのでしょう。
タケはその姿を眩しげに眺めると言い返しました。もう、割り切るしかないのです。自分は『人とは違う』のだと。
「おう、まだまだクサッとらんでのう。腕が鳴りよるわ!」
「さすが金太郎じゃて!」
夫婦は楽しげにキャハハと笑いました。タケにふたりして手を振りながら歩いて行きます。
まわりの何もかもが昔に戻ったようで、タケは何だか胸が熱くなり、いつの間にか、こんなにいるか?と思えるほど薪を割り尽くしていました。
四人揃っての夕餉のあと、おとうもおかあもどうしても今日は泊まっていけと言うので、久しぶりに四つの床をとっていました。といってもやはり特に話が出てくるわけでもありません。そしてやはり、いつぞやの夜のようにタケは寝つくことができないでいました。おとうもおかあもあまりにも何も言わないので、どうなっているのか返って心配になってまた妄想が渦巻き始めたのです。
「タケル・・・寝たか?」 タケはタケルの布団に潜り込みました。
「やっぱり来たか。来るんでないかと思うとった。また渦巻いとんのか?」 タケルも眠ってないようです。
お互いひそひそ声で、布団に隠れて抱き合うようにして語り合います。
「うん・・・考えたんじゃ。これは自分のことじゃから、おとうとおかあに面倒かけるのは違うんでないかと」
「それは違う・・・育てたのはおとうとおかあぞ。それに亭主はわしじゃ。わしらで何とかする。タケはなんも気にするな」
タケルにしっかりと抱きしめられて、タケはその胸の中で思わず訴えていました。
「捨て子じゃから、余計に気い使うてくれとんのか?」
「そんなこと⁉︎」 思わずタケルは声を上げてしまいました。
二人して布団の中で縮こまります。今は外を伺う気にはなれません。
しばらく、ふたり、震えるように抱きしめ合っていました。タケルがタケを不憫に思うところは確かにあるかも知れません。
やがて、タケがぽつりと言いました。
「自分のこと、書いてみようかのう」
翌朝、タケはおとうとおかあに、しばらく考えたいからまだ何もしないでほしいと言い残し、タケルと共に家へ戻りました。どうやら、任せてほしい、という三人の思いはタケの望みとは少し違うようです。といっても三人にもまだどうする、という案が浮かんでいるわけでもないのですが。
やがて考えがまとまると、タケはタケルと共に覚悟を決めて再びおとうとおかあを訪ね、次回作は自分の物語、と告げて、おとうとおかあからこの家の前に置かれていた時のことなど、もっと詳しく、ありったけの話を全部聞きました。
おとうもおかあも心配そうでしたが、本人のたっての願いなのですから、そちらも覚悟を決めたようです。幼い頃に、捨てた者の関わりの医者が無事を確かめに来たこと、しかし捨てた経緯までは言えませんでした。その医者自身も確かめたわけではないことだし、事実として話すことも、あやふやなことではあるが、と前置きしてまで話すこともできないと思えたからです。それに何よりもタケに新たな心労の種など与えたくはない・・・。
タケは文庫の部屋の壁に『篠坂タケ、新作考案中』といういつもの張り紙をして、大量の紙を持ち帰りました。張り紙をしておくと、タケが文庫に姿を見せなくても誰も心配しないし、遠慮して家にも訪ねてこなくなるのです。その代わり、村のみんなに新作を期待させてしまうことになり、何かは発表せねばならなくなるのですが。タケはそれをトチったことはありませんし、期待を裏切ったこともありません。そうして、作品づくりと称して、家にこもるのです。
今度はタケルもそばにいました。自分も一緒に話を聞いたので、タケが自身の半生をしたためようとするときに、自分が何かの手助けになるか、思い出して辛くなった時に少しでも癒してやれるか。そう思ったからです。タケは一文一文、タケルに読み聞かせるようにして書き進めていきました。タケルに聞いてもらっていると、おとうとおかあの元に捨てられた時の話も悲しいばかりの文章にならずにすみそうです。後半にはタケルとの兄妹から夫婦へと変わっていく恋物語も暴露することになりそうですが・・・もちろん、タケルの許す範囲で、脚色もあり、です。あくまでも『読み物』なのですから。
しかし、自分は一体、どこから来た何者なのか・・・?
その一番肝心なところが何もわからないままなのです。その部分だけは曖昧なままにするしかなく・・・。
タケルは横笛を秘密にしましたが、タケの秘密はそんな生やさしいものではなく、生涯明かすことができないままになってしまうかも知れません。
もちろん、タケルノカミも出すことはできません。他にも赤子を亡くした夫婦はいるからです。タケだけがそういう魂と話ができるようなことにはしたくありません。
拾った者にまた捨てられて・・・その二度目に捨てた理由もわからないままです。医者もそれは明かさなかった、と。が、そのせいで赤子の時に何かが狂ってしまったのだろう、子を持てぬ体になった・・・夫婦となって初めてわかった・・・ということにしたのです。これで村の衆からの期待を終わらせよう・・・そう期待しました。
タケルと何度も読み返し、推敲を重ね、おとうとおかあにも読んでもらい、「ええ物語じゃ」と賛同をもらいました。一つの物語の準備に、ここまで時を費やしたのは初めてです。
そして、この物語は語らずに、一冊の書物に書き記すに留めました。
ある夕刻、タケは文庫の部屋に誰もいなくなるのを見計らって、文机の上に新作本を置きっぱなしにしておきました。
翌日、最初にそれを見つけた女があわててタケの家に駆け込んできました。皆に「何じゃこれ⁉︎」と聞いてまわるより、これが待っている新作なのかどうか、まず本人に確かめようと思ったのです。
「おまえさんのことか?」 表題を指し示して聞きます。
「『タケ物語』と書いてあるんじゃから、タケしかおらんじゃろ」 上がりがまちに置いてある文机に頬杖をついて座っていたタケが真面目くさって言います。
「新作が、おまえさんの話・・・ネタが尽きたんか?」
タケはガクッと肘を文机から滑らせました。そう来るか・・・。
「全部読んだんか?」
「いや・・・まだ始めの方だけじゃ」
「そうか・・・最後まで読んでもらえたら、何で自分のことを書いたかわかると思うんじゃ」 タケは遠い目をして言いました。
今まで土間に立っていた女が、タケのそばに腰を下ろしました。
「捨て子じゃから兄妹やめて夫婦になったとは聞いとったが・・・二度も捨てられとったとはのう・・・」
「・・・それが、災いしとるんかも知れんのう・・・」 タケは言いながら、結末を語ったような気がしました。引き戸の締められた隣の部屋にはいまだ赤子の品々がもらった当時のまま積まれています。そして、今も時に家を訪ねるときの手土産代わりに新たなものを持ってくる者もいるのです。事情を知らせない限り、断ることはできません。苦肉の策で編み出したこの物語が頼みの綱です。
「これは・・・語らんのか?」 女が聞きます。
「声に出して語るほどの話ではないべ。ただ・・・」 タケは間をおきました。
「ただ・・・何じゃ?」
「皆に読んでもらえたら、助かる」
じっくりと、女の家の者みんなで読んだのでしょう。翌日になってから『タケ物語』はゆっくりと、村の一軒一軒に読み回されていきました。その間、村の話題は『タケ物語』で持ちきりになり、語りで聴きたいと家にやってくる者たちも現れました。しかし、タケは物語についての話はしますが、『語り』にはしませんでした。そうするうち、それでも半年近くかかって、ようやくタケの事情は村の誰もが知るところとなりました。というのも、やはり、タケが妹であることをやめ、兄妹から恋する者同士へと変わっていく流れなど、物語として面白おかしくは書いてあったので、一人で何度も読み返す者もいたからでしょう。といってもみんな実際のタケとタケルとは少し間を置いて読んでいるようですが。最後の意図は、みんな汲んでくれたようです。
タケの手元に物語が戻ってきた時にはいつの間にか表紙が萌黄色の美しい布で装丁され、『タケ物語』と文字が刺繍された白布も表と背に縫い込まれていました。
「おんや、こんなに立派になって・・・」
中を開いてみても、村人たちが、この一冊しかない、と、丁寧に読みつないでいったことが伺えます。タケとタケルは今になってこの村に暮らせたことを幸せに思いました。他の村の、他の人々がどうなのかは知るよしもありませんが、少なからず感謝したいと素直に思うのでした。
今までタケは多くの作品を書物に書き上げ、それらを多くの者が写本し、手元に置くようになっていました。特に『竹取の姫の物語』を家宝とする者もいます。文庫に行かないと読めないものにしておくのはもったいない、と村人たちが思ったからです。何度も読み返したとしても、雨の日にはまた手に取ってしまいます。
『タケ物語』を写した者がいるかどうかはわかりませんし、タケとタケルにはそれはどちらでもいいことでした。とりあえず物語は人々に届いたようなのですから。
それでも、赤子の品を引き取りにくる者はいません。贈った品は贈った品、ということなのでしょう。そして、確かに新たに持ってくる者はいなくなりました。訪ねてきても、もうそういう話題が出ることもありません。
やがてタケとタケルの家にあったたくさんの赤子の品は、おとうとおかあによってそれらが用を足す家々に配られ、家には何もなくなりました。




