第27話 天の采配
何もかもわからないことだらけだけど、とにかく、自分が『人の子でない』と言われていることだけはタケルに伝えないと・・・。それでタケルが変わるなら、それでもいい。
朝になり、タケは浅い眠りから覚めて、まだまどろみの中にいるタケルがはっきり目覚めるのを寝床の中で待ちました。
やがてタケルは二、三度まばたきして目を開け、日の射し込んでくる方に眩しげに手をかざすと、いつものようにタケに向かってニコッと笑いながら「さ、起きるべ」と身を起こしかけました。
「待って」 タケはタケルの寝巻きの袖をつかんで引き止めました。
「起きる前に聞いてほしいことがあるんじゃ」
タケルは寝床の上に起き上がり、まだ横になっているタケに向かってあぐらをかいて座りました。「何じゃ? 改まって」
タケも同じように起きて向き合いました。
「夢を見た」
「またタケルノカミに何ぞ言われたんか?」
タケはギクリとしました。もう何年もタケルに夢の話などしたこともないのですが、タケルは覚えていたようです。
タケは覚悟を決めました。
「言われたんじゃ。『おまえは人の子ではない』と。『人の子でないもんに人と子が成せるわけはなかろ』と」一気に言い切りました。
一瞬、間があきました。
「人の子でないなら、何の子なんじゃ?」 いつもどこかしらほころんでいるようなタケルの顔が真面目なものになっていました。
「・・・え・・・?」 タケはいきなり核心に突っ込まれてような気がして固まりました。確かに・・・。
「タケルノカミもそれは知らんと言う。教えてはくれん」 タケはうつ向きました。
「あのな、タケ」
タケルはほんの時々、タケに説教みたいなことをしたりしますが、その時につく枕詞が出ました。
「タケルノカミとどんな話をしとるんか知らんが、わしゃ、小っさいときからタケは『タケ』ちゅう一つの生きもんみたいに思うとった。何の子であろうがタケはタケじゃ。その生きもんに惚れたから兄妹じゃろうが夫婦じゃろうが一緒におりたいだけなんじゃ」
「子は欲しゅうないんか? おとうとおかあに孫を抱かしてやることも叶わんに」 タケが上目遣いに聞きます。
「タケがそういう生きもんなら、そういうふうにするだけのことじゃて」 タケルの声に迷いはありません。「おとうとおかあのことを言うんなら、今度はわしらが話をする番じゃな」
タケルはタケの肩に両手を置き、
「タケ・・・もしかして、川にはまって一緒に風呂に入った時、タケが言うとった『秘密』いうのはそういうことやったんか?」
「ああ・・・」 タケも思い出しました。「でも、あの時は何でそんなこと言うたんか自分でもようわからんかった。自分に秘密なんかない思うとったし」
タケルの手に力がこもります。
「今、おまえにわかることが出て来たんなら全部話してくれ、どんなことでも」 タケルは真っ直ぐにタケの目を見つめました。
タケルは昔からどんなことだろうとタケの言うことは疑いもせず頭から丸ごと呑み込んでくれるのです。他の子たちから笑われるようなことでも。もちろん、タケがタケルに嘘など言うはずはない・・・タケル自身がそう信じているからのことかもしれませんが。
タケルはタケを伴わず、一人で実家を訪ねました。『人の子でない』としてもタケが子を持てる体でないことは確かなようなのです。タケの言うタケルノカミの言葉を受け取るなら。そして、タケがこれ以上子のことで苦しまないようにするためにも、そう決めるしかない。今までの暮らしからしてもこれからもそうだろうと予感できることでもあるのですから。
そして取りも直さずそれはおとうにもおかあにも、村の衆にも『タケとタケルを継ぐ者』への期待を捨ててもらうことでもある・・・。もちろん、子が親と同じことをするもしないもその子に委ねるしかないのですが、何を選んだとしてもタケとタケルのような『千両役者』級になってくれるかもしれない、という想いがあるのです。
タケルはタケルノカミのことを話しました。タケに『人の子でない』『人と子を成せない』と宣告したこと、生きている者の守り神として名づけられたことで天に帰れず、今もこの地に留められていること、そしてタケルよりも、後に連れてこられたタケのことを見ている、人の子でないからそっちの方が興味があるのだ、と。そう打ち明けました。
タケを色々質問されるような目に会わせたくない。タケがどこからともわからぬ捨て子であるからこそ、本人にもわからない真実はそのまま守ってやらねばならない・・・。タケルはこの件は自分の所で堰き止めるつもりでした。
「片割れがまだそこらにおる、ちゅうんか? おって、タケルではのうてタケを見守っとると?」 おかあが聞きます。
「そうじゃ。人のすることは天のしたいことと一緒とは限らんらしい」
「何でわしらに話しかけてくれんのじゃ」 おとうも悔しそうに言います。
「そら、人は天とは話せんじゃろ。タケでさえ夢の中でしか話せんのじゃから」
「人の子でないから、タケは夢ん中としても話せるちゅうことか」 おかあはもう疑問ではなくつぶやきました。「そういや、昔からタケはなんか不思議な子じゃった・・・ようそこら擦りむいて帰ってきよったが・・・ちっと膏薬貼っただけで妙に早うに治っとった。跡形もなくきれいにな。元気な印じゃとただ喜んどったんじゃがのう」
「魂が見えとるみたいな様子もあったのに・・・タケルノカミは見えんのか?」 おとうが聞きます。
「見とる場所におらんもんは見えんみたいじゃ・・・その辺は人とおんなじじゃ」
「んで・・・人の子でないから、赤子は無理じゃと?」 おとうは質問を重ねます。
「片割れのあとの赤子が来て喜んだはええが、あとが続かん赤子じゃったと・・・」 おかあが答えるように言います。「お天道様の采配とは・・・こういうこともなさるのか」
おかあの目に涙が滲んできました。
「タケルよ・・・タケを村の他のもんの嫁にせんでよかったかも知れんのう。おまえが引き受けたんも、タケにこの世を全うさせる采配なんかも知れん」 おとうが諦めたように言いました。
「お天道様は・・・何で『人の子でない』ちゅうようなもんをこの世に送り出してきたんじゃろ・・・タケは、どっから来た?」「それは」 タケルが手の平を向けて押し留めるようにおかあの言葉を遮りました。「それだけは忘れてくれ。タケにもタケルノカミにもわからんこと。聞いても詮ないことじゃ。ただ、今までずっと一緒におったタケが今もこれからも一緒におる・・・それだけで十分じゃろ。それだけ忘れたら、あとはなあんも変わらん」
そのまま三人に沈黙が降りました。ただ、お茶をすするだけです。
しばらくたって、おかあがタケルに言いました。
「タケも呼んできてやらんね。久しぶりにみんなで夕餉をとらんか」
「何も聞かんよな?」 タケルはまだ不安でした。特におとうはふっと話を出してしまいそうで・・・。
「タケに何か聞くことあったかのう、おとう?」 おかあがしれっとおとうに聞きます。
「さあ・・・? 聞いても詮ないことぐらいかのう」
何だか安心していいのかどうかよくわからないまま、タケルはタケを呼びに戻りました。
タケルが出て行ったあと、おとうとおかあは深刻な顔をお互いに見合わせました。
「タケルノカミがまだそこらにおるんなら、墓石ももう元に戻してやって、度々参ってやらんとなあ。かわいそうなことしてしもうたのう。まさか守り神の名前つけたら天に帰れんようになるとは・・・」
「人の習わしがほんまに天に役目を背負わしとったんか。今までもそういうのはおったんじゃろうなあ。皆に言うて改めんとなあ・・・わかってもらえるじゃろうかのう?」
「そうよ、その村の衆よ。タケに子ができんとなると、落胆するじゃろうなあ。芸達者すぎるのも考えもんじゃ」
「今度は話するのに年寄りに手助け頼むわけにもいかんぞ」
「赤子の品を返してまわるんもなあ。まだ三年ぞ。三年で諦めるんかちゅう話じゃ」
「人の子でないから何年たっても無理じゃとは・・・何とも言いにくいのう。タケルの妹でないっちゅうのとは訳が違うぞ」
ふたりはますます深刻になるばかりでした。




