第123話 『物語』たち
私たち三人は文庫の中へと入りました。桃太郎さんのお陰で、このような貴重な場所にも入れて頂けたのでございます。
私は、吹き抜けを中心に周りを回廊の如くに取り囲み、遥かな天井まで立ち上がる圧倒的な書物の壁に、まさに『圧倒』されました。これほどの書物の量は京でもどこでも見たことがございません。私は軽く眩暈すら覚え・・・
「式部様」
不覚にも、さぎりに支えられてしまいました。
桃太郎はそんな二人の様子にちらりと目をやると、一つの小部屋のようになっている所に入って行きました。
「ここが『篠坂タケ』の部屋じゃ」
後からついて来る二人に背中越しに言います。
一段、段を降りて、紫式部とさぎりはその部屋に入りました。突き当たりの壁には引き戸の窓が設けられ、ここでも読めるように明かりが取られています。部屋の真ん中には畳が二畳と、その上に文机が置かれています。まわりの壁は全面が飾り棚になっており、タケが書物に書いた限りの、生涯の全ての作品が並べられていました。ほんの一、二枚の、思いつきの書き散らしのようなものから、『竹取の姫の物語』まで。
「まるで・・・タケさんが今でもここで筆を執られているかのようでございますね」
私は、まさにタケさんの『書斎』とも思えそうな佇まいに感じ入っておりました。筆を執るその姿を、ただただ心に追い求めるばかりでございます。
「そう思う?」と言われると桃太郎さんは早速、『原本』を手に取られました。その棚には一列に、舞台の再演でも使われた『タケル』さんの大絵皿と・・・
何でしょうか? あの品々は・・・?
私は桃太郎さんの隣に立ち、品々を眺めました。
問いかける前に、私は原本を確認なさっている桃太郎さんの言葉を待ちました。待っている間にも・・・その品々は、『かぐや姫』が要求した品々ではないのか・・・? と思い当たりました。なぜ、そのようなものが、現実に? 百年たった今も・・・? これらは本物なのか・・・? それとも物語に合わせて作られたのか? この大絵皿のように・・・?
疑問は一気にあふれ出て来ました。それにしたら、見れば見るほど、その品々は生き生きと生気に満ちあふれるが如くに光り輝いています。果たして、人の手でこのようなものを作り出せるものであろうか・・・?
「あの時の『戦』がこんなふうにしてしもたんか」
私は桃太郎さんの突然の言葉に、はっと我に返りました。はっきりと、落胆したような声音です。
確かめ終わったのか、桃太郎さんは原本を元の場所に戻されました。
「返す言葉もございません。そこまで修復するのが精一杯でございました」
私は顔も上げられずにそう申しました。実際に修復の場にいたのではありませんが、今は京に代わる者として、そう申し上げるしかないのでございます。
「確かに・・・『竹取の姫の物語』の最初の書物が辿った運命としては、悲惨すぎる・・・」
私はまだうつむいたままでした。
「でも・・・もしかしたら、それも『物語』の一部なんかもしれん」
私は顔を上げました。桃太郎さんと初めてまともに目が合いました。美しい笑みが飛び込んできました。しかし、その言葉の真意は測りきれず・・・
私の目は自信なげなものだったかも知れません。
「この世は、物語であふれとるんじゃなあ」
桃太郎さんは両手を広げて、部屋の中をくるくると回られました。四方の作品群や、所々の飾り物を見渡すようにして。
「これらも物語の印じゃ。その原本や、いっぱいの書物とおんなじように」
私が不思議に思っている五つの品々の方に両手を差し出しながら言われました。
「本当に、これは『かぐや姫』の出来事の中で現れたものなんですか?」
私はようやっと問いかけることができました。
「そう伝わっとる。誰にもわからん。実録書にもどうやって現れたんかは書かれてない。ただ、中納言が古寺で見つけたとかでまとめて持ってきただけじゃ。何で百年超えてもそのまんまあるんかも・・・考えてわかるもんでもないんじゃろ。皆、諦めとる。あるもんはあるんじゃから仕方あるまい、てな」
桃太郎さんはどっかりと畳の上の文机の前に座られました。そして体を捩って背後の棚の一番下にある引き出しを開けられると、中から一枚の紙と筆記具を取り出し、文机の上に置かれました。
「聞くところによると、あんたも作家さんなんだって?」 立ったままの私を見上げて言われます。
「まあ・・・そんなところでございますが」 私は戸惑いながら応えました。
「まあ、座んなよ」 桃太郎さんは机の端をポンポンと叩きながら言われました。
私が遠慮がちに桃太郎さんの斜めの場所に座ると、桃太郎さんは紙と硯と筆を私の方に押しやりました。
「オレが京を出てから帰り着くまでに遭遇した出来事っちゅうのは・・・天然の人にとっちゃあ不思議な、ええ物語になるんじゃなかろうかのう」 何だか嬉しそうに言われます。
「・・・てんねん?」 桃太郎さんは訳のわからない言葉を出されます。
「いや・・・気にせんでええ。とにかく」 片手を振ってそう言われると、私に向き合うように姿勢を正されました。「話するから、オレの冒険を『物語』にしてくれんか?」
今度ははっきりと私の目を見つめられます。私は・・・まるで『光る君』に見つめられているような・・・
「なに、赤くなってんのん?」 桃太郎さんは一転、キョトンとされました。
「いえ・・・もう、そんな歳ではございませんわね」 私は咳払い混じりにあたふたしてしまいました。
「????」 桃太郎さんはますます不思議なものを見たようなお顔をされました。
私はとりあえず、取り繕うかのように紙や硯を自分の前にきちんと揃えました。久しぶりの、執筆の形・・・。同時に、私にまだ書けるのかしらという不安も押し寄せて参ります。
「よかった! これで『かぐや姫』みたいに『桃太郎』にも物語ができる! 村のみんなも喜んでくれる〜」 桃太郎さんは天井を仰ぐように両手を上に伸ばされました。「〜ふわあ〜〜」 ついでにそれは大きなあくびに変わっていきました。
全く、『光る君』とは似ても似つかないのでございます!




