【三章第七話】 信者よ盲目であれ
威勢よくどっかの少佐のようなセリフを吐いて軍議の場を出ていったがあれから直ぐに別室の司令部に呼ばれて作戦の確認を行った。
流石は一名は渋々だけれども四大派閥と総大将である市長公認の戦術。こんな子供が発案した戦術などやれるか的な声は一切上がらずに之をもとにより良い作戦にしようと軍の参謀と自衛隊の左官が意見を出し合った。
あらかた作戦の予定は決まったが発表は二時間後との事。それに俺はこの二時間の間で一つやらねばならぬ事がある。
一先ずそれを行う前に莉乃やハリマ達と合流する必要がある。
道をぞろぞろと徘徊しながら二人のいる場所を探していた。
ああ、いたいたぁ……。 誰彼奴?
冷たい目の莉乃といつも通りのハリマが一人の男と会話をしていた。
俺が名前を忘れているんでは無くて本当に名前が分からないい人だ、これ。
「あっ大和君だ」
向こうもこちらに気が付いたらしくしきりに手を振って合図を飛ばしてくる。
「それでは莉乃お嬢様私はここらへんで」
莉乃たちの近くに行くとそんな言葉を男は一言呟き去ろうとしたとき……。
「おい、私をその名で呼ぶな。私は明智梨奈、お嬢様でも何でもない、私はただの狂人だ。お前の知っているお嬢様などこの場に居ない」
言葉だけは荒いが怒りが全く感じられない。
多分梨奈はこの老人を心配してそう言い放ったんだろう。
今の彼女はあくまで莉乃ではないのだ。彼女の中では土岐家の人間が居るところでは梨奈に徹している。
きっとその名で呼ばれると、その名を読んでしまった人間は意味の分かる土岐家の者に消されてしまうだろう。
だから彼女は突き放したのだ。これ以上そのリスクを負わせないために。
「申し訳ありません准尉殿、では御武運を」
一人の老人は流れるままに美しく綺麗な敬礼をして去っていった。
「はぁぁ、大佐にあのような口をきいてしまいました……」
莉乃は男の背中が明らかに話が聞こえないってとこまで離れたところでそう一言言葉を漏らした。
「あっ、お帰りなさい。滝川様」
莉乃は俺の顔を見るなり目を輝かせながら口に手を当ててそう呟いた。
てか何で知ってんだよ、あれ一応機密事項の話だよね? 一般人がそう簡単には知ってちゃいけないカテゴリーの話し合いの筈だったんだが。
「お疲れ様です。滝川殿」
ふざけてか大真面目にか法師をその名を読んできた。
「何故お前ら知っているんだよ……」
莉乃が俺の質問に答えず歩き始めた。
多分これはこんな人通りの多いとこでは話せない話なんだろうな。
真清田神社の敷地を出て裏道に入ったところで莉乃は足を止めた。
「あーここさっきも来ましたね」
そうハリマが呟いた。多分あの老人と人に聞かれたくないような話をしたのを此処だろう。
「で、あれ誰なんだ?」
「私の教育係です。お嬢様だったころの」
莉乃は顔をうつ向かせながら呟いた。
「つまりはあの騒動の生き残りってことか?」
やはり莉乃の関係者だったか……。
莉乃はぶんぶんと首を振りながら口を開いた。
「あれは私がまだ幼かったころに色々と私に教えてくれた教育係ですよ。ほんの一時だけでしたが。そのお陰で土岐家には目を付けられずに生き延びられている訳ですが」
莉乃が言うには幼い頃にそしてほんの一時だけ、莉乃の父のコネでの入った職場なので表向きな天童家の記録には彼の痕跡は何も残っていなかったと。
しかし彼は莉乃の父との大親友、莉乃が生まれるずっと前から裏ではいくつもの天童家が依頼した仕事を自身の仕事とは別口で受け持ってたというのがあの老人である。ただし莉乃の教育係になっていたころには家業を引退していたらしいが。
そして彼は天童家としてではなく彼自身の仕事として鬼の討伐を行ったが為にそれを知らぬ人々から評価され引退後に起きた鬼の襲来時には軍に相談役として佐官の階級を貰い呼び戻されたそうな。
「でなんであの会議の話の内容を知っている訳?」
「それはあの会議の記録係を統括している平手の爺が会議の内容を横流ししてくれたお陰です」
「そうか」
「そうですよ、我が家臣滝川。いっそ正式に与えてあげましょうか? 滝川姓を。ねっ、大和君」
「おいおいちょっとは素直に喜べよお嬢様。俺はお前の家の復権の機会を勝ち取って来たんだぞ」
「まぁそれは感謝していますけど……。何故織田姓を出しました? 一応私たちの一族は何かと揉め事を防ぐためにその姓は名乗らないようにしてるんですよ」
そう頬を膨らませながら呟いた。
「なこと言われてもなぁ、あそこで堂々と天童なんて言えないから。そうなるとなんか内乱が起きそうな気がしたから」
きっとあそこで天童なんて言葉を呟いていたらこの軍は土岐家VSその他の勢力と言う敵地での仲間割れが発生していただろうな。
だからおれは織田家の名を使った。
天童家の名を使うと多分あの場で皆一斉に瀬戸中将の味方になるだろう、そうして運が良ければ瀬戸家が莉乃の存在を祭り上げて土岐九十九を倒してくれる。だがそんな復讐の終わりはあってはならない。それに瀬戸家にそれをやらせたところでまた瀬戸家一家だけが力を伸ばし土岐家の位置が瀬戸家に変わるだけだ。
それに今この状況で内乱などやっている暇などない。
特に土岐家と瀬戸家が争い始めたのを良い事に額田家か村木家が撤退を開始して手取川状態になるのも嫌だ。
だから俺は必要最低限の者だけに伝わるように言葉を選んだ。誰かと誰かの対立という状況を作らいないように。
莉乃が土岐家からまるまる奪い返す前に当の土岐家が弱体化しているというわけではいかん。
土岐家を殺す時は一撃で息の根を止めねばならない。
「これからは私が織田姓を名乗るまでは明智姓を使って下さいよ。まぁそんなことはいいとしておめでとうございます滝川中佐」
「おめでとうございます殿」
二人が即座に敬礼をした。
「ああ、これでお前らよりも完全に立場が上になった。そしてあの班の指揮権も正式に俺に移ったが、しかし俺が率いるのでは班ではなく隊だ。班はここで解散だ。この後の配属先だがお前達もそこに移って貰いたい。それが俺の希望だ」
「ハッ」
法師はそう声を上げて同意した。
「では諸君たち、諸君たちはここで俺から離れることも出来る。しかしこれからも俺についてきてくれるか?」
莉乃が俺の肩をぱんぱんと叩いた。
「何を言っているんですか大和君。私達は大和君について行きますよ」
「何を当たり前な事を。殿私は地獄の果てまでお供仕る」
「そうか、なら行くぞ。ついてこい」
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あの軍議が終わり、一時間もしないうちに俺の指揮する部隊が決まった。
事前に軽い説明は受けたがどうにも訳の分からない秘密の集団だ……。この部隊も軍の上層部が撤退をする時だけに動く部隊だと俺は考えている。
「俺が諸君らの隊長になることになる、草薙大和だ」
――神帝軍零番隊……。
古来から鬼狩りを家業としてきたもの達が集う、歴史の表舞台にも出れず決して日の当たらない集団。
自衛隊の発足する遠の前から活動しており、一応でも自衛隊の名を借りて活動をしていた清和軍とは違い、彼らの存在自体が違憲の軍隊……。
彼らの存在を公開しようにも、清和軍をよく思っていない政治結社と化したマスコミに叩かれるのを恐れているのだ。
あの事件以降、マスコミが何度クーデター計画を立て、軍に見つかり警察に連行されていったことか。
軍は未だに恐れている、彼らが宗教のように信者を増やし立ち上がる事を……。
「お話は重ね重ねお聞きしています。先の戦いの英雄らしいですね」
眼鏡をかけ、手元に資料と思われる紙の束を抱えた俺より年上だろうけれども、まだ大人とはいえそうにない感じの顔だちをした女性が頭を下げた。
はぁ……。
どうしてこうなった。
肩書だけは一人前のネタ部隊じゃねぇか……。
そこにいる人の八割以上は二五歳も超えていない若い者たちの寄せ集めのような部隊であった。
もしやひょっとしたら。というか、まんま俺より年下のような感じの人もいる。
「わかっつ! 貴方たち一体いくつなのですか?」
莉乃が驚きのあまり大きな声を上げた。
おいおい失礼だろうがそんなにストレートに声を出しちゃ。
しかしどんな歴戦の猛者たちが集うおっさん衆を率いるかと思ったらこれだなんだよこの若者共の集まりは。
まぁ若い隊長にはお似合いかもしれないよ。年齢差もないし、変な偏見なども受けなさそうだ。
「ハハハ、よく言われます」
集団にいる一人の青年が声を上げた。
「まず部外者である俺達にこの部隊についての説明をして欲しいんだが。軍から渡された資料とはだいぶ違うんで」
「そうですねぇ。私達は神帝軍零番隊。明治より鬼を打ち倒すことを生業としてきた一族で作られた対鬼用の最強の部隊」
説明を始めた眼鏡の彼女がほんの少し言葉を止めた。
「だった集団です。正直な事を言うと私たちは戦場になんて出たことがありません。これが初めて、初陣です」
「しかし何で軍はお前らを温存してるんだ?」
「中尉失礼ながら貴方は軍の学校で量産を行っていない暗器の扱いを習うのかと疑問に思ったことはありませんか?」
俺は首を横に振った。
しかし大体予想はついた。
「つまりはそーゆ―ことです。私達の今現在、いえあの平和な時代からの役目の一つはいわば知り過ぎてしまった者の暗殺です」
影で鬼を相手にしていた軍隊が、鬼が別の世界に放逐されると同時に今度は人を相手に陰で戦うなんて本当に皮肉な話ですよねと彼女は呟いた。
「しかし何故諸君らの中に年長の者が居ないのだね?」
「それは……」
彼女は言葉を詰まらせた。
「鬼に皆殺しにされたからです」
彼女はそんな事を呟いた。しかし対鬼用最強部隊が皆殺しにあっているって割と詰んでいる状況なような。
「皆殺しと言うと?」
彼女は言葉を詰まらせた。これ以上は無理だと言わんばかりに彼女は冷えた視線を此方に向けた。
「ここからは私が」
彼女は縁に除けさせ多分この部隊で一番年を取っているであろう二五歳位のまだ青年と呼べる分類の男が口を開いた。
「中尉殿はコード、エデンって知ってますか?」
なんだそれ? 初めて聞いたんだが。
「あのー私はその言葉聞いた事あるんですが」
莉乃がおずおずと手を挙げた。
「流石は大将の一族の明智様」
男は莉乃に向かってお世辞を飛ばした。
「鬼襲来時に発令される作戦名ですよ。軍の一部にしか行きわたっていない悪魔のような作戦。その内容について簡単に説明するならば楽園を作り上げてそこに人類を皆閉じ込めると言う感じですね」
は?
「つまりは見捨てる場所と救う場所をはっきりと決めていたってことですよ軍は昔から」
莉乃はそうさらりと述べた。
「よくご存じで」
ん? 意味が分からんのだが。
つまり軍はあらかた救う場所を決めていてそれ以外の場所は全て鬼のするがままにさせたと、意図的にそのような場所を作り出したと。そーゆ―ことか。
「中尉殿は未だ理解されていないご様子で」
「ああ、すまん。そんな事初めて聞いたからな」
「私達も幼い頃にですがこの計画を聞かされたときは全くと言っていいほど理解できていませんでしたよ」
そういって男は笑った。
「先人は考えました。群衆をコントロールするには群衆を上手く操るにはどうするべきかと。どうするかはいとも簡単です。大勢の人間に一度に怖い思いを沢山させ傷心の彼らに一筋の優しさと逃げ道を与えるのです。二度と戻れないような」
「つまりそれがコードエデンの中核か。群衆を皆さも楽園に居る様な気にさせる。自分たちは安全だ。外は危ないけどココは安全。ぬるま湯でも冷たすぎる地獄に置き去りにされるよりは格段にマシだとそう思わせる為の作戦」
そう見捨てられる彼らはその為の生贄。
そう逃げて来た、そして助け出された彼らはそんな空気を作り上げる為の手駒。
「しかしこの作戦は破綻し失敗に終わりました」
「今の状況から見て十分成功しているように感じるのだが」
「いいえ、この作戦の本来の目的は愛知の独立です」
しかし愛知にバンバン兵を送り込まれて当初の目的よりもだいぶ酷い状態になっているな。
「あの襲来の日に軍も愛知の独立の為に動きました。しかしそこで予想外の事件が起きてしまった為にこの作戦は破綻してしまいます」
「天童家当主の急死によって起こった騒動」
莉乃はそう隣で呟いた。
「そうです。土岐家関係者の明智さんがいる中で騒動について私の見解を言うつもりはありませんがこれだけは確かな事です」
男は小さく息を吸った。
「天童家が本来せねばならぬ職務を放棄したことによってこの作戦は、我が父たちは、先代の零番隊は壊滅しました」
天童家が本来皆に配給するはずだった神器性の武器を騒動によって配給しなかったことによって軍は電撃的な出陣と作戦展開が出来ずに先手衆として県境で戦っていた元からの神器を持つ集団たちは援軍や増援が来ずについには撃滅したという。
彼らはあからさまに天童家と土岐家に敵意の目を向けていた。
親の仇でも見る様な眼で、正しく莉乃にそれを見ていた、少なからずこの男はその眼の奥に敵意を抱いていた。
「そうか」
「親の戦死を聞いた後すぐさま我々は親から家業を継ぐことを認められることも無いまま新生零番隊に組み入れられました」
気が付いたらこの男以外にも皆の顔が俯いていた。
「私たちの代の零番隊の役目は完全に鬼と戦うという事ではありません。避難民に紛れて色々な煽動・工作を行ったり。図書館を襲撃したり、軍に敵対する者の家や職場に強盗殺人に入ったり、私達と同じくらいの年の子に近寄り心を開かせ誘拐したり、知り過ぎたものを殺したり……」
目の前の男はこの軍隊の者は明らかに恥俯いていた。
「しかしそれがお前たちの家業なのであろう? ならば仕方ないではないか。いちいち殺した相手に苦しむな、諦めろ」
「中尉は変わった考えの持ち主ですね。普通の人が聞いたら流石に不信感の一つや二つが出てくるはずですがねぇ」
仕方ない、仕方ない。
俺んちは普通で良かったよ。生まれたその瞬間から人殺しをするために育て上げられるってのもなぁ。
彼らには幾百の可能性があったんであろう。しかしそれは生まれたその瞬間に消えてしまった。
俺んちって普通だったんだなぁ。うんうん。
「私達を残虐な人殺しだとは思いませんか?」
と言われてもなぁ。
「別に? お前たちはお前たちなりの忠義と正義があってやった事なんだろ。それに殺した相手にイチイチ頭抱えてんだからお前たちはまだ正気や良識を捨ててない普通の人間ってことだ」
しかしその正気が戦場では命取りとなる。人間が定めた理想の人間像。人間としてのやっていいことやっていけないこと。人が決めた正しい価値観。
そんなものは全部いらない。そんなものは有るだけ無駄だ。
「私達の事を普通の人間とは貴方はやはり変わっておられる」
「いやいや普通さ普通。実力試しとか言っていきなり俺に斬りかかって来る奴らよりは全然普通の人間だ」
あれおかしいな? 冗談で言ったつもりなのに笑っている人が誰もいない……。
まぁ実話っちゃ実話なんだが。
「大和君こーゆ時に笑えない冗談を言うのは止めて下さい」
「殿……」
まぁ大体此奴らのことは分かった。
ステステと歩き皆を見渡せる位置に立った。
「諸君らは普通だ。この時代ではごく普通の人間だ。俺なんかと比べたら幾分もマシだ」
そう彼らはこの目の前の狂い人よりは全然ましなのだ。
「して諸君。諸君らの親は鬼に殺されたと言うが諸君らに敵討ちのチャンスが巡って来きた。諸君らは復讐者となる覚悟はあるか? この狂人の下で」
彼らの視線が一斉にこちらに向けられた。
「影から英雄になりたくないか? 皆に祝って欲しくはないか? 対鬼最強の部隊の名を取り戻したくはないか? 父祖に認めて貰えるような人間に成りたくないか? 皆から称賛される人間に成りたくないか? 望みのものは欲しくはないか?」
「欲しい……」
彼らは声を上げながらうんうんと頷いた。
「よしならば皆で仇討ちじゃぁ、功名取りじゃ。今宵軍の命令により敵本陣に夜襲を掛ける。その魁を我々が務める」
俺は手を大きく広げた。
「これは狼煙ぞ。合図を機にどっと表舞台に出る為の狼煙ぞ。諸君らはじきに影の存在ではなく讃えられる存在へと変わっていくその為の戦よ。だから諸君たち私と共に戦ってくれ」
「応ッ‼」
彼らは立ち上がり一斉に、そして一糸乱れぬ敬礼をしていた。
「よい、良き兵士共だ。壮士なり」
そうだこんな男の掌の上で踊らされるようなちょろくて信仰心に溢れている非常に優秀な兵子どもだ。
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吹き抜ける風。
冷たい伊吹。
落ちていく太陽。
空は薄っすらと闇を纏ってこの世界に暗黒を齎そうとしていた。
神社の道沿いには呻き苦しむけが人や一時の勝利に酔い痴れガハガハと笑い合うものなどで溢れていた。
今まさに、それはまさに飯の時間だ。
皆植えた狼のように己の空いた胃袋を埋めるように。ぶつけ様のないストレスを発散するように、次の戦に備えるために出された兵糧を喰らっていた。
あんな場所に行く気になれん。と言うのが建前で正直食事を受け取る為に列に並ぶのが物凄くめんどい。
大和君はいつもけだるげなのだ、なんて。
何か法師はどっかの誰かから呼び出しを受けてここ小一時間俺の傍に居ないし莉乃には俺の飯を俺の代わりに列に並んで持ってくるというお使いを頼んでおいた。
あーあここ等辺も変わっちまったなぁ。
真清田神社の真正面にある本町のアーケード街は人に溢れているので子供の頃によく七夕とかで人が多い道を避けて通る為に使用していた裏道をとぼとぼと神社に向かって歩いていた。
日中敵味方ともにバカバカと火をつけまくったせいで空は黒煙に覆われいつもならそろそろ見え始めていい月も今日は薄っすとも顔を覗かせることは無かった。
背中に感じる神の最期。暖かな世界の終わり。
まぁ彼は数時間後にまた復活するであろう。世の中の理に則って。
道々に溢れていたカラスが、あれ程五月蝿かった黒鳥がほんの一瞬だけ鳴くのを止めた。
死人のようにとぼとぼと歩みを進める俺の事を無い者として道々に居座り続けていたカラスが羽音を響かせ風に乗って空へと上昇する。
カラスの飛び立つ音に疑問を覚えた俺はふと後ろを向い……。
それを認識した瞬間、自分の耳の中に軍靴が地を叩き音を一定のリズムで奏でた。
一帯に響き渡る鋼と鋼の衝突音。
しかしその音は一斉に飛び立つ鳥たちの羽音に掻き消された。
カラスの羽がひらりひらりと上空から重力に従い落ちて……。
地を蹴り鳥の如く飛翔した彼女の斬撃をいとも簡単に躱す。
「あれれ? 見破られちゃいましたか残念残念。じゃぁ草薙大和中尉私の為に死んでねッ」
地に足が付いた瞬間に彼女はすぐさま二刀目を間合いの範囲内に居る此方に振り払った。
彼女は悪魔の如く、まるでさもいつもの日常と変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。
俺と同じく。




