【三章第八話】 unravel
「これも止めますか」
彼女の刀とこちらの刀が重なり合った。
「斬撃も狙いもそして殺気の消し方も初陣兵じゃこんなことは出来ん。お前素人じゃないな。膨大な数の人を殺してきているだろう」
彼女は刀を引いた。
透かさず彼女に向かって斬撃を飛ばす。しかし既に俺の間合いの外に彼女は存在して居た。
「それは貴方もですよ草薙中尉。貴方のその剣捌きも私への切り返しへも命を奪うことに何の造作も、躊躇いも感じられない」
彼女は見上げながら見下すような視線で俺の覗いた。
「貴方も確実にそして狙って何人か人は殺していますね……」
彼女は首を横に捻った。
「あれぇ? おかしいですね、英雄さんが人殺しに手を染めているなんて。もしかして貴方の元班長も貴方が殺したんではないですかねぇ?」
彼女は地を蹴って再び間合いを詰める。
「鬼が殺したさ。バクバクムシャムシャと班長は鬼に喰われていたさ」
可能な限りまで引き付けて……。
ココッ、斬。
彼女はいとも簡単にその刃を自らの刃で防いで見せた。
「じゃぁ貴方が見捨てたんですね、班長さんの事を。貴方はその班長さんを喰らった鬼を殺せるくらいの力は持っているのに。何と無慈悲な事を」
そんなこと言っている彼女の口角は上がっている。
勢いの止まった刀の峰を手で掴み取りそのまま彼女は俺の心の臓に向かってその穂先を突き立てて……。
「それはお前の勘違いじゃないのかにゃぁ」
彼女の得物は空を切った。
刺突を回避されたとみるや、体を持っていかれるのを避けるために彼女は俺の刀を解放していた。
「キモッ、男の子が一体何の真似ですかねぇ」
ええ、そんなこと言われても。
「いやいやこれ尾張弁だから。つい癖なんだよ、身内にそーゆ人が居たから」
刀を一気に薙ぎ払う。
「それはそれは私の周りにはそんな人いませんでしたよ」
彼女は身を屈めて刀を躱しその落下の力を用いて止まってしまった刀に命を吹き込んだ。
「ソウカイッ」
足を数歩ずらして彼女の斬撃を回避する。
「うーん。ほんとならここで貴方は死んでいた筈なんですが。流石にこれじゃ駄目ですね」
そのまま彼女の間合いから完全に外れる。
此奴は強い。俺と同じで躊躇しないのだ。命を奪うことに。いや何だかんだでちょっとでも考えてしまう俺よりも躊躇していない。
彼女は人を殺す為だけに作られている。
俺の指揮下に置かれたあの部隊の人間だってそうだが、彼らはイチイチ自らのした行動に疑問を抱き、時には恥じていた。
きっと彼女は彼らの発展型。彼らの教育の到達点ではないだろうか?
つまりだ?
此奴を派遣してきたのは俺の部下か?
「お前どこの所属だ? 何故に俺の命を狙っとるん」
「そんなこと言うわけないじゃないですか」
彼女はニヤリと笑った。
「そうだよねぇ、うんう……」
頷くとみせかけて彼女に向かって刀を投擲する。
勿論対応される、対応されることは分かっている。
だがここは俺の間合いの範疇。剣士としての間合いからは外れているが剣の間合いの中には入っているってなッ。
刃と刃が当たり合いそして少し遅れるように一本の刀が地に突き立った。
すぐさま手の内の中に山城と言う次弾を装填して俺の神剣を迎撃した彼女の刀の腹に向かって影を振り払った。
それは無音で、そして一瞬だった。
音がしたときには刃がぽきりと折れていた。
彼女の刀の端くれは、もう武器でも何でもないただの残骸は宙を舞い、世の理に従って地面に突き立った。
彼女は顔を引き攣らせた。
地を踏み抜き彼女に向かって本身による斬撃をッ……。
カ イ ヒ ッ
地面へ伏せて超々広範囲への横薙ぎの斬撃を避ける。
「見破られちゃいましたか。割と手詰まりっぽく演技をしましたが貴方も案外鋭いみたいですね。貴方も幾度となく敵との対面を繰り返してきたっぽそうですね」
彼女の周りに風が生まれた。
スカートをふわりと浮かせながら彼女は、目の前の悪魔は本性を現した。
「それにその武器はかなり鬼の力が強いですねぇ。一体それをどこで拾ったんですか、悪い英雄さん」
「英雄と勝手に持て囃しているのはお前らの方だ。別に英雄と呼ばれるから英雄らしい行動をしなきゃいけない訳でもないだろ」
「それでも鬼の武器の所持はご法度ですよ。これで貴方は暗殺ではなく正式に軍法違反で処罰できそうですが」
彼女はその彼女の体躯には全く合っていない巨大な武器の動きを止めた。
「ばぁか、敵の力を知らぬものが、敵の武器の凄さを体感していないものが敵に勝てるものかよ。これが無ければ敵と戦えんぞ」
「本当に悪いお人ですねぇ。貴方は即刻死ぬべきですよ、貴方みたいなのを生かしておくロクな事にはならない。そう貴方は私の大好きな人を変えちゃっていますからねぇ、悪い方に」
うす暗い闇を纏った彼女は自らの大鎌の反射の光に照らされながら微笑んだ。
彼女は大鎌を体の周りでくるりと回しその遠心力を殺すための力に変えて此方に向かって振り払ってくる。
ハヤッ……。
だが所詮敵は重量系の鈍重な武器。刃の軌道さえ見切れば何てことはない。
彼女の大鎌の進路をあらかじめ予測し、俺は数歩後ろに後退した。
「アハッ。良いですねぇ、良いですねぇ」
彼女の鎌が光が俺の体目掛けて伸びてくる。
音もない光と影の衝突。
敵の攻撃が重い。刀が手の内で暴れる。
こりゃぁこんな大振りの攻撃は何度も受けきれそうにないな。
「あぁ? こちとら対大鎌への心得なんて持ってねぇんだよ」
そのまま地面を踏みしめ、重みを捨てた手数を意識した攻撃を彼女に向かって放つ。
「ハハ、それを分かって私はこれを使ってるんですよ。手数で押そうとしても無駄ですよ、此方は刀使いと幾度も戦ったという場数がありますから」
彼女は自分の眼の前で鎌をグルグルと回して此方の攻撃を完全に受けきってくる。しかも隙あらば此方に向かって致命打となるようなところにその穂先を突き立ててくる。
「それに大鎌を使っている女の子って小悪魔的で可愛くないですか?」
そんな小言を挟みながらも攻撃だけはしっかりと此方を断ち切るような力の籠った一撃を加えてくる。
「知らんなぁ。俺に可愛いって言ってもらいたいなら一度紙の世界に行ってこいや」
まださっきみたいな大振りの一撃でないだけましだ。
この攻撃でも刀が折れそうで心配だがだいぶましだ。
「ハハハ、面白い事を言いますねぇ英雄さん。私が向こうの世界に行ったらそりゃもうこの世のちょーっと可笑しな人間達が皆萌え死んでしまいますよ」
見事なまでのそして本当に器用な彼女の鎌使いがじわりじわりと俺を壁際に追い詰めていく。
「その自信何処から湧いてくるんだよ」
重心を下におろして彼女の間合いの内側に入り込む。
彼女はスカートをふわりと浮かせながら軽く宙に飛び上がり空中で鎌の持ち方を変えそのまま地面に向かって振り下ろした。
「ふう危ない、危ない。大鎌と戦うには弓か槍が欲しいとこだな」
互いに距離を取り合って小休憩と。
「それもう二対一でやる事前提じゃないですか。英雄さんの癖して結構考えていることは卑怯な事ばかりですね」
「いやいや、兵法、へーほう」
「兵法? 詭弁ですね」
少しばかし此方の言っていることが理解出来ぬと言わんばかりに彼女は首を横に傾けた。
「仏の嘘を方便と言い、武士の嘘を武略と言う。兵士の卑怯を兵法と言い、策士の卑怯を戦略とも言う。つまりは物事いいようなのさ」
「何です? 明智光秀の真似ですか? 明智光秀にでもなった積りですか」
うーんどちらかと言うとその親族の人かな? 俺が好きなのは。
「ああ、あれですか。高校生にもなってまだあの病気に罹っている方ですか?」
「そりゃそうだ。あの病気は不治の病さ。医者にも治らんといわれてしもうた」
影を彼女の首目掛けて付き放つ。
ガードか。
一気に間合いを詰めて彼女に連続攻撃を放つ。
彼女も負けじと鎌特有のステップを踏みながら次々に俺の攻撃を防いでいっている。
此方の攻撃の頻度を弱めてっと……。
さすれば反撃に出る為に此方にあの鎌が飛んでくる。
おお、御身事。予想通り。
光も影もだが飛ばせるのは刃からの縦軸のみ即ちここで姿勢を低くして躱せば……。
躱したところでかあの持ち手は密着するように彼女の体にへばり付いて次弾をすぐさま振れる体勢に変わる……。
しかし、イマッ。
下段からの大振りの袈裟懸けを彼女に向かって振り払う。
彼女はその攻撃を回避したが影は逃さない。
彼女に向かって影が……。
クッ。
上空から振り下ろされた神の奇跡により神の理を捨てし一撃は粉砕された。
ただ剣だけは未だに無傷。そして彼女の刃は地面を向いている……。そうやすやすと直ぐには影も光も纏わせることは出来ない。
彼女の肌に向かって刀を振り払った。
カーン。
あーあ。やばい。
「ふう危ない、危ない。なーんてね」
一瞬だった。彼女の腕を軸にあの大鎌がくるりと回転した。
それは俺を狙った訳でも、俺の攻撃を防ぐために行った行為でもないがあの時の俺は分からなかった。
そうだ。あの刃の延長線上に敵を入れさえすればいいのだ。
彼女の皮膚に向かって放たれた剣は彼女から伸びる影によって防がれ迎撃され宙を舞った。
「神と鬼の二種持ちとか、卑怯だろ。お前の方こそ軍法違反じゃないか」
「男の嘘は取り繕わないと許されませーん。しかし女の子の嘘は相手が男の子だったのならゆるされちゃうのでーす。男の子だったら女の子の嘘位許そうね」
彼女はそれはもう死神の如く命を弄ばんとする子供のような笑みを浮かべた。
「私の勝ちだねっ。英雄さん」
滅する気満々の気迫と風圧を兼ね備えた大鎌の刃は此方の体に向かって迫り来ている。
ああ、俺死んだ。
ガシャーン。
んな訳ないだろ。
大鎌による攻撃を【約束された勝利の剣】で受け止め勢いを止まったとみるや、それを地面に捨てて地面に突き立った神器の柄を握りしめ彼女に向かって伸び上がるような突きを繰り出す。
「高君今よ」
彼女は鎌を捨てたが手の内は光り輝きまた一振りの刀が生み出される。
だがもう遅い。
放たれた一閃は勢いが止まることなく……。
ハッ。
「取った」
突如として背後から感じた寒気。それはもう遅かった。彼女との戦闘に夢中で世界の事なんて気にしていなかった。
俺は敵を屠るという明確な動作の前に感じられる独特の殺気を感じる瞬間まで彼を察知することは出来なかった。
「させんぞ」
聞きなれた声、一帯に響く金属音。
そして俺の刀は彼女の脇腹を貫き掠めていた。
だが彼女は透かさずと言わんばかりに刀を振り付ける。と同時に上空から刀が落下し俺と彼女の丁度中間地点位に突き立った。
後方に数歩下がり誰かの背中と隣合わせになった。
「お互い考えていたことは同じだったということで。楠木ハリマ」
「一騎討ちに水を差すとはお前随分とつまらん真似をしてくれる」
背中越しに男の嘲笑が伝わってくる。
「一騎討ち? なんですかそれ? 一体何時の時代の話なんですか」
鬼の背中は怒った。
「ああ、そうだ。一騎討ちなど古い古い、あの頃の礼儀もならいも古い。しかしお前ら我が殿の命を狙っただろ。なぁ一体どうなるか分かっているんだろうな? 分かってやってんだろうな」
後ろは此奴に任せてっと俺は刀を構え直した。
しかし目の前の彼女は依然として動かない、いや俯いたままで依然として動く兆しが見えてこない。
「血が血が血が血が血が」
ぶつぶつと彼女はそんな事を呟いている。
「ハッハッハ、アハ」
突然彼女は笑い始めた。
彼女は顔を上げた。彼女の額からは小さな小さな角が一本。そして片方の顔が生気を失い狂気に満ち溢れていた。
「鬼かお前?」
「違う、チガチガ。ソウ。いや違う」
彼女の傷口は闇に包まれた。
「ワタシハ、私は。クサナギ、クサナギ。ダイスグィ、殺す。コウノクン。高君。チカラ、チカラ。いらない。いらない」
「桔梗しっかりしろ。お前は何だ」
後方から顔も見ぬ男の声が聞こえてくる。
「わたシはニンゲンだ。ソう。そうだね。そうだよね高君。私は人間だった。私はまだ人間だ」
正気と狂気が入り混じった鬼か人かも分からない彼女は傷口に影を纏いながら剣を抜き放ち飛翔した。
ガキーン。
刃と刃がぶつかり合った。




