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斯くして、彼女たちはアイドルになった。  作者: 黒髪
第2章 黎明――届かない光

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第9話:二枚目

 2ndシングルの制作が始まったのは、デビューから二ヶ月ほど経った頃だった。

 新曲のコンセプトは、デビュー曲よりも、少しだけ大人びたイメージだと聞いていた。翼は、その説明を聞きながら、自分たちがどんな衣装で、どんな振り付けを踊ることになるのか、まだ想像がつかずにいた。

「今度も、私がセンターなんですね」

 フォーメーション発表の場で、白峰(しらみね)は、静かにそう確認した。

「はい。今回も白峰さんにお願いします」

 プロデューサーの言葉に、白峰は小さく頷いた。

 その声には、驚きも、戸惑いもなかった。ただ、事実を淡々と受け止める、いつもの静けさがあった。

 雨月翼(あまつきつばさ)は、自分の名前を、今回も後列に見つけた。黒瀬(くろせ)の名前も、同じく後列にある。

 驚きはなかった。むしろ、当然のことのように、翼はその配置を受け止めていた。

 一枚目のときのような、期待と落胆が入り混じった複雑な感情は、もうなかった。今の自分の立ち位置を、翼は、静かに受け入れられるようになっていた。

 それでも、心のどこかには、小さな期待があった。

 1stシングルがオリコン一位を獲ったことで、2ndへの期待値は、自然と高くなっていた。スタッフの間でも、「今度はもっと」という空気が漂っている。

 その期待に応えられるだろうか。

 翼は、まだ見ぬ結果を思いながら、小さな不安を抱えていた。

     *

 1stシングルのときと、明らかに違うことが一つあった。

 振り入れの速さだった。

「今日で、もう完璧に覚えたね」

 振付師の舞坂蘭(まいさからん)が、驚いたように目を見開いた。

「あら、あなたたち、ちょっと見ない間に、ずいぶん逞しくなったじゃない」

 蘭は、そう言いながら、満足げに頷いた。1stのときは、この振り付けを覚えるのに、何日もかかった記憶がある。

 今回は、初回のレッスンだけで、大まかな流れをほとんど掴めていた。

「みんな、上達してる」

 黒瀬も、隣でそう呟いた。

「うん。前は、何度も止まってたのに」

「今日、一回も止まらなかったよね」

 二人は、顔を見合わせて、少しだけ笑った。

「じゃあ、今日はここまで」

 舞坂蘭が、そう言ってレッスンを締めくくろうとした、そのときだった。

「あの、もう一回、通してもいいですか?」

 美咲が、蘭に向かって、そう申し出た。

「あら、珍しいこと言うじゃない」

「せっかく揃ったので、感覚を忘れないうちに」

 美咲の言葉に、蘭は、少し驚いたように目を見開いた。

「私も、もう一回やりたい」

 黒瀬が、そう続けた。

 1stの頃なら、疲れ切って、誰よりも早く「もう無理」と言っていたはずの黒瀬だった。

 その変化に、翼は、思わず黒瀬の横顔を見た。

「じゃあ、やってみようか」

 蘭が、面白そうに頷いた。

 もう一度、曲が流れ出す。

 誰も乱れることなく、隊列は、最初から最後まで、綺麗に通った。

「……できた」

 誰かが、小さく呟いた。

 それは、誰か一人の力ではなかった。

 十一人全員が、それぞれの場所で、当たり前のようにできるようになったことの証だった。

 翼は、その光景を見ながら、ふと気づいた。

 1stの頃、翼はいつも、白峰の背中ばかりを見ていた。

 今は、違う。

 隣にも、前にも、後ろにも、見るべき人がいる。

 振り入れを終えたあと、スタッフが、完成した音源を初めて聴かせてくれた。

 スピーカーから流れ出したメロディは、デビュー曲より落ち着いたテンポで、サビに向かって静かに盛り上がっていく構成だった。

「私たちの成長に合わせて、曲調も選んでくれたみたいですね」

 美咲(みさき)が、そう言った。

「デビュー当初の私たちには、この曲は歌えなかったかもしれない」

 白峰が、静かに呟いた。

 翼にも、同じ感覚があった。デビュー曲の弾けるような明るさとは違う、少し大人びた歌詞とメロディ。今の自分たちだからこそ、歌える曲のように感じられた。

 歌唱レッスンでも、同じことが言えた。才賀奏(さいがかなで)の圧倒的な歌唱力は相変わらずだったが、それ以外のメンバーの声量、音程の安定感も、明らかに底上げされていた。

 黒瀬の声も、以前より力強くなっていた。

「黒瀬さん、声、前より通るようになりましたね」

 ボイストレーナーの音羽薫(おとわかおる)が、目を細めながら言った。

「震えなくなった。それだけで、ずいぶん印象が変わるものよ」

「なんで震えがなくなると、印象が変わるんですか?」

 翼が尋ねると、薫は少し嬉しそうに答えた。

「声帯が緊張してると、余計な振動が混ざるの。リラックスすると、その振動が減って、音程がまっすぐ届くようになる。人間の耳は、まっすぐな音の方を、自然と『安定してる』って感じるのよ」

「へえ……」

「緊張は、悪いことじゃないの。でも、声に出さない練習も、大事ってこと」

 黒瀬は、少しだけ照れくさそうにした。

     *

 発売週には、CDショップでのミニイベントも組まれていた。

 1stのときよりも、招待された店舗の数は増えていた。それでも、まだ大規模な展開とは言えない、地道な活動だった。

「今日は、握手会とサイン会だって」

 千里(ちさと)が、スケジュール表を確認しながら言った。

「サイン、まだちょっと下手だから緊張する」

「私も。練習しといたのに、いざとなると震える」

 理沙が、そう言いながら、小さくため息をついた。

「今日の会場、静岡だっけ」

 千里が、地図アプリを覗きながら言う。

「お土産、絶対お茶になるやつだね」

 桃花(ももか)が、笑いながら言った。

 それでも、店頭に立つと、想像していたよりも多くの人が、列を作って待っていてくれた。

 翼の前に立った一人の男性が、少し緊張した様子で言った。

「1stシングルから応援してます。あの、後列でも、いつも目で追ってました」

「ありがとうございます……!」

 翼は、思わず声を弾ませた。

「今日、また会えて嬉しいです」

「はい……! また来てください」

 短いやり取りだったが、翼の胸には、確かな熱が残った。

「1stのときより、並んでくれる人、多い気がする」

 翼が呟くと、隣の桃花が、大きく頷いた。

「うん! 絶対、増えてる!」

 小さな変化ではあった。それでも、その積み重ねが、確かな手応えとなって、十一人の中に蓄積されていった。

     *

 2ndシングルの発売から一週間後、控室にスタッフが集まり、売上の報告があった。

「1stを、上回りました」

 その言葉に、控室がわっと沸いた。

「本当ですか!」

 桃花が、真っ先に声を上げる。

「大ヒット、というほどではないですが、着実に数字は伸びています」

 スタッフの言葉には、控えめながらも、確かな手応えが滲んでいた。

「私たち、ちゃんと前に進んでるんだ」

 誰かが、そう呟いた。

 翼にも、同じ実感があった。

 スタッフが続けて説明した。

「オリコンの初動も、1stより伸びています。あと、配信ランキングも、前回より高い順位でスタートできました」

 その一言に、玲香(れいか)が反応した。

「配信も上がったんですか?」

「はい。少しずつですが」

「じゃあ、ちゃんと聴いてくれる人も増えてるってことですよね」

 玲香の声には、隠しきれない嬉しさがあった。あの日、寮でランキングを覗き込んでいた玲香の姿を、翼はふと思い出した。

 少し離れた場所では、陽菜(ひな)が、みんなの反応を見ながら、嬉しそうに手を叩いていた。

「みんな、頑張った甲斐があったね!」

 陽菜の明るい声に、控室の空気が、さらに和んだ。

 その隣で、灰原楓(はいばらかえで)が、静かにノートに「2ndシングル、オリコン初動UP」と書き込んでいるのが見えた。

「楓、また記録してるの?」

「うん。数字は、あとで振り返るときの目印になるから」

 楓の静かな言葉に、翼は、小さく頷いた。

     *

 その夜、寮に戻ってから、翼は自室で、1stシングルと2ndシングルのジャケットを並べてみた。

 写真の中の自分は、どちらも笑っている。それでも、よく見ると、少しだけ表情が違う気がした。

 1stのときは、緊張と高揚が入り混じった顔。

 2ndのときは、その緊張の中に、少しだけ落ち着きが混ざっている。

 派手な変化ではない。誰かに気づかれるような違いでもない。

 それでも、確かに、翼たちは前に進んでいた。

 センターは、今回も白峰だった。翼と黒瀬は、今回も後列だった。

 配置は、何一つ変わっていない。

 それでも、そこに立つ十一人は、一枚目のときとは、確かに違う十一人になっていた。


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