第10話:白峰美鈴
「白峰さん、来月号の表紙、決まりました」
マネージャーの言葉に、白峰美鈴は、小さく頷いた。
「ありがとうございます」
短い返事。それ以上、何を言えばいいのか、白峰にはまだ分からなかった。
*
単独の仕事が増え始めたのは、2ndシングルが発売されてからだった。
雑誌の巻頭ページ。化粧品のウェブ広告。ファッション誌の読者モデル企画。
どれも、白峰一人に向けられた仕事だった。
最初のうちは、戸惑いの方が大きかった。十一人で立つステージと、一人でカメラの前に立つ現場は、まるで違う緊張感を伴っていた。
誰かと目を合わせて、その反応から次の動きを決める。ステージでは、いつもそうしてきた。
単独の現場には、その誰かがいなかった。カメラのレンズだけが、白峰をまっすぐに見つめていた。
それでも、白峰は一つひとつ、丁寧にこなしていった。
*
仕事帰り、駅の改札を出たところで、白峰は声をかけられた。
「あの、白峰美鈴さんですよね」
振り返ると、二十代くらいの女性が、少し興奮した様子で立っていた。
「はい」
「雑誌で見て、ファンになりました。今度、握手会にも行きます」
「ありがとうございます」
白峰は、丁寧に頭を下げた。女性は、満足そうな顔で去っていった。
白峰は、一人、駅の雑踏の中に立ち尽くした。
誰も、隣にいなかった。
*
その週、レッスンが終わったあと、スタッフが控室に顔を出した。
「白峰さんだけ、このあと残ってください」
その一言に、他の十人が、荷物をまとめて帰り支度を始めた。
「お疲れさま、白峰さん」
「また明日ね」
次々とかけられる声に、白峰は、笑顔で応えた。
控室に一人残ると、そこからは、撮影、取材、CMの打ち合わせと、予定が詰まっていた。
すべてが終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
寮に着いたときには、もう、ほとんどのメンバーが眠っていた。
共有スペースには、明かりが一つだけ点いていた。テーブルの上には、山田が残していってくれた夕食が、ラップをかけられて置かれている。
十一脚あるはずの椅子のうち、使われているのは、白峰が引いた一脚だけだった。
白峰は、静かに椅子に座り、一人で夕食を食べ始めた。
美味しいはずの料理の味が、いつもより、どこか遠くに感じられた。
白峰は、ふと、山田が用意してくれたメモに気づいた。
「今日も遅くまでお疲れさま。ちゃんと食べて、早く休んでね」
その短い一言に、白峰は、思わず目頭が熱くなった。
誰も責めているわけではない。それでも、この空っぽの椅子たちが、白峰には、何よりも雄弁に語りかけてくるようだった。
*
数日後、仕事を終えて寮へ戻る道すがら、白峰は、たまたま隣を歩いていた美咲に、少しだけ本音を漏らした。
「最近、自分だけ、なんか浮いてる気がする」
「浮いてる?」
「うまく言えないけど。みんなと同じ場所にいるはずなのに、扱われ方だけ、違う気がして」
美咲は、少し考えるように黙った。
「白峰は、悪いことしてないよ。ただ、目立つ場所にいるってだけ」
「分かってる。分かってるんだけど」
「でも、モヤモヤするよね、それはそれとして」
美咲の言葉に、白峰は、小さく頷いた。
キャプテンとして、美咲は、いつも公平な立場を取ろうとしていた。それでも、こうして本音を受け止めてくれる存在がいることが、白峰には、ありがたかった。
*
その夜、白峰は一人、ベランダで夜風に当たっていた。
自分だけが、少しずつ前に出ている。
その実感は、決して悪い気分ではなかった。それでも、心のどこかに、小さな違和感が居座っていた。
十一人で始めたはずだった。
それなのに、雑誌の表紙にいるのは、自分一人だけだ。
街で気づかれるのも、自分だけ。
この違和感の正体を、白峰はまだ、言葉にできずにいた。
夜空を見上げる。星は、今日もあまり見えなかった。
東京の空は、いつも明るすぎる。
白峰は、小さく息を吐いて、部屋の中に戻った。
まだ、答えは出ていない。
それでも、この違和感を、いつか誰かに話さなければならない気がしていた。
誰に話せばいいのか、白峰にはまだ分からなかった。
美咲になら、キャプテンとして受け止めてくれるだろうか。
それとも、翼になら、素直な言葉で聞いてくれるだろうか。
白峰は、まだ答えを出せないまま、その夜を終えた。
*
その様子を、少し離れた部屋の窓から、翼が、偶然見ていた。
ベランダに一人立つ白峰の背中は、いつもよりずっと小さく見えた。
声をかけるべきか、翼は迷った。それでも、今の白峰には、そっとしておく時間も必要な気がした。
翼は、そのまま静かにカーテンを閉めた。
いつか、白峰が自分から話してくれる日が来るかもしれない。
その日を、翼は、なんとなく予感していた。




