第14話:十一人のクリスマス
クリスマスイブ、白峰美鈴の仕事は、夜まで詰まっていた。
雑誌の撮影、ラジオの収録、そして急遽決まった挨拶回り。気づけば、外はすっかり暗くなっていた。
撮影の合間、スタイリストの彩城玲司が、コートを羽織らせながら言った。
「クリスマスなのに、こき使われて可哀想に」
「大丈夫です」
「強がっちゃって。今日くらい、みんなとゆっくりしたいでしょ」
玲司の言葉に、白峰は、曖昧に微笑んだ。
マネージャーの車で寮まで送ってもらいながら、白峰は、窓の外を眺めていた。
街のイルミネーションが、やけに眩しく見えた。
今日くらいは、みんなも別々に過ごしているだろうか。
あの夜、翼に「十一人で行きたい」と話してから、白峰の中で、何かが少しずつ変わり始めていた。
単独の仕事が減ったわけではない。それでも、その仕事の一つひとつを、以前より、少しだけ前向きに受け止められるようになっていた。
そんなことを考えながら、白峰は、疲れた身体を引きずるようにして、寮の玄関をくぐった。
*
「おかえりー!」
扉を開けた瞬間、大きな声が飛んできた。
共有スペースには、小さなツリーが飾られ、テーブルには、料理とケーキが並んでいた。
「……え」
白峰は、思わず立ち尽くした。
「白峰さん、遅かったね! もう待ちくたびれたよ」
桃花が、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「今日、みんなだけでやろうって、美咲が言い出して」
千里が、得意げに付け加えた。
「山田さんは、今日は完全にお休みにしてもらったの。十一人だけで過ごしたくて」
美咲が、そう説明した。
白峰は、テーブルを見渡した。
手作りらしい料理。少し不格好なケーキ。壁には、誰かが用意したらしい、簡素な飾り付け。
豪華ではない。それでも、そこには確かな温かさがあった。
理沙が、ケーキを切り分けながら、みんなの皿に取り分けていく。
*
食事が始まると、テーブルには、次々と料理が並んだ。
「これ、誰が作ったの?」
白峰が、色鮮やかなサラダを指さして尋ねた。
「私!」
玲香が、少し誇らしげに手を挙げた。
「外仕事の現場で、料理が得意なスタッフさんに、コツを教えてもらったの」
「すごい、本格的」
「でしょ? もっと褒めていいよ」
玲香の冗談めいた言葉に、テーブルに笑いが起きた。
「玲香、そういうところも、ちゃんと外の世界で吸収してきてるんだね」
白峰がそう言うと、玲香は、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「白峰さんに言われると、なんか嬉しい」
その短いやり取りの中にも、この一年で積み重ねてきた、十一人それぞれの成長が、確かに滲んでいた。
*
「疲れたでしょ、座って座って」
翼が、白峰の分の席を空けてくれた。
「ありがとう」
白峰は、その席に腰を下ろした。
久しぶりに感じる、身体の力が抜けていく感覚があった。
「プレゼント交換しようよ!」
桃花の提案で、急遽、プレゼント交換が始まった。誰が用意したのか分からない、安価だけれど心のこもった品々が、次々と手渡されていく。
白峰の手元に渡ったのは、小さな刺繍入りのハンカチだった。
「これ、誰が?」
「私!」
黒瀬が、少し照れくさそうに手を挙げた。
「不器用だから、下手だけど」
「……ありがとう」
白峰は、そのハンカチを、大切に握りしめた。
*
プレゼント交換のあとは、誰かが持ち込んだトランプで、簡単なゲームが始まった。
「負けた人、罰ゲームね!」
桃花の提案に、何人かが悲鳴を上げる。
「罰ゲームって、何するの?」
「サンタ帽被って変な顔で写真撮られる、とか?」
結局、最初に負けたのは千里だった。
「うわー!」
みんなに囲まれながら、千里は、渋々サンタ帽を被って変顔をしてみせた。
その写真を、誰かがすぐに確認して、また笑いが起きる。
白峰も、いつしか声を上げて笑っていた。単独の仕事では、決して見せることのない、素の表情だった。
その様子を、少し離れた場所から、才賀奏が、静かに眺めていた。
「奏、混ざらないの?」
白峰が声をかけると、奏は、小さく首を振った。
「見てるのも、好きだから」
「そう?」
「うん。みんなが楽しそうにしてるの見てると、私も嬉しくなる」
奏の静かな言葉に、白峰は、少しだけ微笑んだ。
「この間の話、ありがとう」
「この間の話?」
「私が、十一人で行きたいって話したとき。奏、ちゃんと受け止めてくれたから」
白峰の言葉に、奏は、少し照れくさそうにした。
「当然のことを言っただけだよ」
その一言が、白峰には、何よりも心強く聞こえた。
少し離れた場所では、美咲が、片付けの合間に、一人でメモを取っていた。
「美咲、今日くらい休んだら?」
白峰が声をかけると、美咲は顔を上げた。
「今日は、良い一日だったから、忘れないうちに書いておこうと思って」
「相変わらずだね」
「これが、私のクリスマスプレゼントみたいなものだから」
美咲は、そう言って、小さく笑った。
二回戦は、玲香が負けた。
「うそ、私?」
「玲香ちゃん、油断しすぎ!」
桃花が、はしゃぎながら言う。
結局、玲香もサンタ帽を被る羽目になり、共有スペースには、さらに大きな笑い声が響いた。
*
誰かが用意した、サンタの帽子とトナカイのカチューシャが、順番に回されていく。
「白峰さんも、着けて着けて!」
桃花に押し切られる形で、白峰の頭に、赤いカチューシャが乗せられた。
「似合わないと思う」
「似合ってるよ! 可愛い!」
周りから、口々に褒める声が上がる。
白峰は、鏡を見なくても分かった。きっと、いつもの自分らしくない顔をしている。
それでも、不思議と、悪い気分ではなかった。
*
夜が更けていく中、誰かが提案して、十一人で写真を撮ることになった。
「もっと詰めて! 全員入らない!」
「押さないでよー!」
わいわいと言い合いながら、十一人は、なんとか一枚の写真に収まった。
カメラのシャッター音が響く。
白峰は、その瞬間、自分の顔が、自然に笑っていることに気づいた。
誰に見せるためでもない。誰かに評価されるためでもない。
ただ、十一人でいることが、楽しかった。
*
写真を撮ったあと、誰からともなく、来年の抱負を言い合う流れになった。
「私は、もっとテレビに出たい」
千里が、真っ先に手を挙げた。
「私は、歌番組に、単独で呼ばれるくらいになりたい」
奏が、静かにそう言った。
「私はクイズ番組、絶対出る」
「千里、それさっきと同じじゃん」
桃花に突っ込まれ、千里は、少し照れくさそうに笑った。
「私は、雑誌のレギュラーページ、欲しいな」
玲香が、そう続けた。
「私は、もっと歌いたい。ソロでも、みんなとでも」
黒瀬が、控えめに、それでも、はっきりと言った。
一人また一人と、それぞれの夢を口にしていく。
最後に、桃花が、勢いよく立ち上がった。
「私は、武道館!」
その一言に、部屋中が、一瞬静まり返った。
「気が早いよ」
千里が、すぐに突っ込む。
「気が早いのは分かってるけど、言うだけならタダじゃん」
「まあ、それはそう」
誰も、本気にはしていなかった。それでも、その一言は、なぜか誰の記憶にも残った。
白峰は、その言葉を、心のどこかにそっとしまった。
武道館。
今の自分たちからは、あまりにも遠い場所だった。
それでも、こうして声に出すことで、少しだけ、その場所が近づいた気がした。
*
抱負を言い終えたあと、桃花が、みんなに提案した。
「これ、絶対どこかに残そうよ。ずっと大事にしたい」
「アルバムにしよう」
理沙が、真剣な顔で頷いた。
「私、後で綺麗に印刷してくる」
その言葉に、何人かが「お願い!」と声を上げた。
白峰は、その様子を眺めながら、この瞬間が、いつか特別な記録になることを、なんとなく予感していた。
少し離れた場所では、灰原楓が、いつものノートに、何かを書きつけていた。
「楓、こんな日まで書いてるの?」
白峰が声をかけると、楓は少し照れくさそうに顔を上げた。
「今日は、特に書きたいことが多くて」
「どんなこと?」
「まだ売れてないのに、こんなに幸せそうな十一人がいたこと」
その言葉に、白峰は、少しだけ胸を打たれた。
「いつか、これを読み返す日が来るのかな」
「来ると思う。だから、書いてる」
楓の静かな言葉に、白峰は、小さく頷いた。
*
消灯前、白峰は、共有スペースに一人残って、テーブルの上の食器を片付けていた。
今日という日を、白峰は、静かに振り返った。
まだ、暁ノ柱は売れていない。世間は、まだ十一人のことを、ほとんど知らない。
それでも、今夜だけは、そんなことは関係なかった。
十一人全員が、同じ場所で、同じ時間を過ごした。
この記憶は、いつか、大きな意味を持つ日が来るのかもしれない。
白峰は、そんな予感を、なんとなく抱きながら、部屋の明かりを消した。
廊下を歩いていると、まだ起きていた黒瀬と、ばったり出会った。
「白峰さん、まだ起きてたんですか」
「片付けしてただけ。琴葉こそ」
「なんか、眠れなくて。今日が楽しすぎて」
黒瀬は、そう言って、少し照れくさそうに笑った。
「今日みたいな日が、もっと増えるといいね」
白峰の言葉に、黒瀬は、静かに頷いた。
「うん。絶対、増やしましょう」
二人は、それぞれの部屋へ向かいながら、同じ夜空を見上げていた。
その頃、リビングでは、理沙と陽菜が、後片付けをしながら、今日一日を振り返っていた。
「今年のクリスマス、忘れられないな」
陽菜が、しみじみと言った。
「うん。来年も、こうやって過ごせたらいいね」
理沙も、珍しく感慨深そうに頷いた。
「理沙、今日は勉強しなかったんだね」
「今日くらいは、いいかなって」
理沙の柔らかい表情に、陽菜は、嬉しそうに笑った。
自室に戻った白峰は、ベッドに腰掛けながら、黒瀬からもらったハンカチを、もう一度手に取った。
不器用な刺繍。それでも、そこには確かな気持ちがこもっていた。
単独の仕事で手にする、どんな高価な贈り物よりも、白峰には、このハンカチが、特別なものに思えた。
窓の外では、まだ小さく、街のイルミネーションが瞬いていた。
来年のクリスマスも、この十一人で迎えられるだろうか。
白峰は、そんな未来を、静かに願いながら、目を閉じた。




