第13話:十一人で行きたい
「白峰さんのグループなんですよね、暁ノ柱って」
取材の合間、記者にそう聞かれ、白峰美鈴は、一瞬、言葉に詰まった。
この日の取材は、ファッション誌の単独インタビューだった。質問の多くは、白峰自身のことに集中していた。好きなブランド、休日の過ごし方、将来の夢。
カメラマンが、次のカットの準備をする間、記者は世間話のつもりで、その質問を挟んだのだろう。悪気はまったくなかった。むしろ、白峰への好意から出た言葉だった。
どの質問も、丁寧に答えた。それでも、この一問だけは、白峰の胸に、小さな引っかかりを残した。
「……いえ、十一人のグループです」
白峰は、そう答えた。記者は、特に気にする様子もなく、次の質問に移った。
それでも、白峰の中には、小さな棘が残った。
同じような質問を、この一ヶ月で、何度も受けていた。
最初の頃は、そのたびに「十一人です」と、はっきり訂正していた。それでも、聞かれる回数が増えるほど、訂正する声にも、少しずつ疲れが混ざるようになっていた。
撮影後、マネージャーが、次の仕事のスケジュールを確認しながら、何気なく言った。
「白峰さんのソロ企画、来月からさらに増える予定です」
「……そうですか」
白峰は、短くそう答えた。
喜ぶべきことのはずだった。それなのに、胸の奥に広がるのは、素直な喜びとは少し違う感情だった。
*
寮に着いてからも、白峰は、しばらく自室で一人になった。
鏡の前に立ち、今日撮った写真の何枚かを、スマートフォンで見返す。
どれも、丁寧に作られた、綺麗な写真だった。それでも、その中の自分だけが、まるで他の十人から切り離されているように見えた。
誰かに、この気持ちを話したい。
そう思いながらも、白峰は、しばらく部屋を出られなかった。
*
寮に戻ると、雨月翼が、一人でリビングにいた。
「あ、白峰さん。お帰りなさい」
「ただいま」
白峰は、翼の隣に、静かに腰を下ろした。
「今日、取材だったんですよね。どうでした?」
翼の何気ない質問に、白峰は、少し迷ってから答えた。
「また、聞かれた。『白峰さんのグループなんですよね』って」
翼の表情が、わずかに曇った。
「……そうですか」
「翼も、聞いたことある?」
「あります。この前、街で。知らない人たちが話してるのを聞いちゃって」
翼は、少し言いにくそうに、その日の出来事を話した。
白峰だけのグループ、という言葉。
黒瀬が、少し傷ついていたこと。
白峰は、黙ってその話を聞いていた。
*
「ごめん」
話を聞き終えたあと、白峰は、そう呟いた。
「え、白峰さんが謝ることじゃないですよ」
「分かってる。分かってるけど」
白峰は、膝の上で、指先を少しだけ握った。
「私だって、十一人で始めたはずなのに。気づいたら、自分だけが前に出てる」
その声には、これまで誰にも見せたことのない、率直な戸惑いがあった。
「白峰さんは、悪くないです」
「うん。それも分かってる」
白峰は、小さく息を吐いた。
「でも、分かってることと、嬉しいかどうかは、別なんだよね」
翼は、黙って白峰の言葉を待った。
*
「私、見てるんだよ」
白峰は、ゆっくりと続けた。
「黒瀬が、誰も見てないところで、歌詞の練習をしてること。奏が、自分の声にどれだけ真剣に向き合ってるか。美咲が、みんなのスケジュールを一人で調整してること」
白峰の声に、少しずつ熱がこもっていく。
「みんな、ちゃんと頑張ってる。私と同じくらい、ううん、もしかしたら、私よりずっと」
白峰は、翼の方を見た。
「それなのに、世間からは、私しか見えていない」
「……」
「私は、それが嫌なの」
その言葉は、これまでの白峰からは、想像もつかないほど、剥き出しだった。
「私だけのグループになるくらいなら、私は」
白峰は、少し息を吸って、続けた。
「私は、十一人で行きたい」
その一言に、翼は、しばらく何も言えなかった。
白峰は、自分の言葉を、もう一度、確かめるように繰り返した。
「これから先、もっと大きな話が来ても、私は、この気持ちを変えないと思う」
その言葉が、いつか、もっと大きな意味を持つことになるとは、この夜の白峰にも、翼にも、まだ分からなかった。
*
「白峰さんが、そんな風に思ってたなんて」
翼が、やっと絞り出した言葉だった。
「言わなかったから。言う機会も、なかったし」
白峰は、少しだけ笑った。
「でも、今日は言えてよかった」
「私も、聞けてよかったです」
翼は、まっすぐに白峰を見た。
「白峰さんが、そう思ってるって知れて、なんか、安心しました」
白峰は、その言葉に、小さく頷いた。
「翼にだから、話せた気がする」
「私に、ですか?」
「うん。翼は、いつも誰かを見てる。誰かの頑張りに、ちゃんと気づいてる」
白峰の言葉に、翼は、少し驚いた。
「私、何も持ってないのに」
「持ってると思うよ」
白峰は、まっすぐに翼を見た。
「見る力。それって、地味だけど、誰にでもできることじゃない」
その言葉は、翼の中に、静かに、けれど確かに残った。
窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。
それでも、白峰の心の中には、これまでよりも少しだけ、明るい光が灯っていた。
まだ、この気持ちを、他のメンバー全員に伝えたわけではない。
それでも、翼という最初の一人に話せたことが、白峰にとって、大きな一歩だった。
翼は、その隣で、白峰の横顔を見つめていた。
いつも完璧に見えていた白峰の中に、こんな迷いや戸惑いがあったことを、翼は今日初めて知った。
この気持ちを、他のメンバーはまだ知らない。
それでも、いつか、白峰自身の言葉で、十一人全員に伝わる日が来るのかもしれない。
翼は、そんな未来を、白峰と同じように、静かに願った。
誰にも、この話はしなかった。白峰が、自分のタイミングで、自分の言葉で伝えたいはずだと、翼には分かっていたから。
*
それから数日、白峰は、全員に伝えるべきかどうか、まだ迷っていた。
翌日のレッスンでも、白峰は、いつも通りセンターの位置に立った。それでも、鏡越しに、後ろに並ぶ十人の姿を、何度も見ていた。
黒瀬が、まだぎこちない動きで、それでも懸命に振り付けを繰り返している。
奏が、パートの合間にも、小さく声を出して、音程を確かめている。
理沙が、休憩の合間、鞄から参考書を取り出して、数ページだけ目を通している。
美咲が、スタッフのところへ行き、次のスケジュールについて、何か相談している。
桃花が、振り付けを間違えた千里の肩を叩き、二人で顔を見合わせて笑っている。
その一つひとつの光景を見ながら、白峰は、静かに思った。
――この十人がいなければ、白峰美鈴というセンターは、成立しない。
自分一人の力で、ここまで来たわけではなかった。
その確信が、白峰の中で、少しずつ固まっていった。
*
その週末、美咲が、珍しく全員を共有スペースに集めた。
白峰から、頼まれてのことだった。
「今日は、みんなに聞いてほしいことがあって」
美咲がそう切り出すと、白峰が、静かに一歩前に出た。
「私から、話します」
白峰の声は、いつもより、少しだけ緊張していた。
「最近、単独の仕事が増えて、街でも、白峰美鈴として見られることが増えました」
全員が、静かに白峰の言葉に耳を傾けていた。
「正直に言うと、それが、ずっと苦しかった」
白峰は、一人ひとりの顔を、ゆっくりと見渡した。
「みんなが、それぞれの場所で頑張ってること、私、ちゃんと知ってる。それなのに、世間からは、私しか見えていない。それが、悔しかった」
誰も、口を挟まなかった。
「だから、はっきり言います」
白峰は、大きく息を吸った。
「私は、白峰美鈴だけのグループになんて、なりたくない。私は、十一人で行きたい」
その一言が、共有スペースに、静かに響いた。
最初に反応したのは、桃花だった。
「白峰さん……」
桃花の目に、みるみる涙が浮かんだ。
「そんなこと考えてくれてたなんて、知らなかった」
「私も」
千里が、続けて頷いた。
「じゃあ、私は歌でこのグループを知られさせる」
才賀奏が、静かに、しかしはっきりとそう言った。
「白峰一人に背負わせない」
美咲が、力強く続けた。
「十一人でいることと、それぞれの夢を持つことは、両立できると思う」
理沙も、静かに同意した。
「じゃあ、全員有名になればいいじゃん!」
桃花の、あまりにも単純な一言に、その場に、思わず笑いが起きた。
それでも、その単純さの中に、この日の答えが、確かに詰まっている気がした。
「一人だけが背負うものじゃない。私たちも、一緒に背負う」
その言葉に、黒瀬は、涙を堪えるように、俯いていた。
「琴葉」
白峰が、優しく声をかけた。
「琴葉の声は、私にはないもの。それを、ちゃんと誇りに思ってほしい」
黒瀬は、しばらく何も言えなかった。それでも、やがて、小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
その一言に、部屋中が、温かい空気に包まれた。
美咲が、最後に、静かにまとめた。
「白峰の想いは、今日から、私たち全員の想いになった。これから、みんなで、それを証明していこう」
その言葉に、十一人全員が、深く頷いた。
十一人全員が、同じことを考えていたわけではなかった。
それでも、その夜だけは、誰も、白峰の言葉を否定しなかった。




