蛇足・久しぶりに里帰りした際、シンママとなった幼馴染と再会した話
正直なところ……現代も、まだ営業を続けているとは思わなかった、地元の喫茶店。
そこで僕は、かつての幼馴染、鏡 鏡花と対面していた。
(……いや、なんでこんなことになってるんだろ)
久方ぶりの帰郷、久方ぶりの里帰り。
しばらくぶりに顔を合わせた両親は、まだまだ元気だったし、働いてもいる。
それは自体まあ、良い事だと思う。
ただ、それで浮かれたというか、色々と感傷的になってしまったのが、拙かったのだろうか。
実家に一晩だけ泊まって……今の住まいへ帰るついでに、懐かしさから未だ変わり映えしない、駅前の商店街を見て回っていた際に、ばったりと鏡花と顔を合わせてしまったのが、今こうしている切っ掛けになってしまったのだから。
「えっと、その……改めて、久しぶり。
……悟朗」
「そうだね。大分久しぶりになるのかな……鏡さん」
名字で呼んで返すと、何故か鏡花の表情に影が差した。
「名前で、呼んでくれないんだ」
「そりゃあ、高校時代、君にそう呼ぶ様に言われたからね。
もちろん……お互い、いい中年だっていう事もあるけれど。
もう、そういう距離感は考えなきゃ駄目じゃないかい?」
大人なんだからさ、と続けると、鏡花の表情がさらに曇った。
……いや、僕、何もおかしなことは言ってないよね?
「ところで鏡さん。
僕に一体、何の用事だい?
もう明日からは仕事だからさ。そんなにゆっくりもしていられないんだけど」
気は進まないが、呼び止められた理由を鏡花へ尋ねる。
兎にも角にも、話を進めない事には、ここから立ち去ることもできそうにない。
そうして……いくらかの間をおいて、おっかなびっくり、といった調子で、鏡花は口を開いて、
「その……私たち、やり直せないかな」
と、返してきた。
いやいや……おいおいマジか。
テンプレってレベルじゃないんですけど、と内心で辟易しながら、なるべく、平静を装って、記憶の奥底から、無理やりに言葉を絞り出す。
「まず聞いておきたいんだけど。
一体何をやり直すの?
だいぶ昔の話を持ち出すようで恐縮だけど……えーと、『ただの幼馴染で恋人でも何でもない』、んだよね?」
牽制の為に引っ張り出したのは、かつて、高校時代投げつけられた言葉。
見る見るうちに鏡花の表情から、血の気が引いていくように見えたのは、僕の気のせいだろうか。
「いや、その……悟朗」
何かしら、弁明しようとしていた鏡花へ畳みかけるように、次の話題を投げつける。
「あ、そういえばこの間、苅茂君にも会ったよ。
まあ……いろいろとトラブルも抱えてたみたいだけどね。
体壊してないといいんだけど」
捨てた(らしい)元彼の名前を出されて、何かしら思うところがあるのか……黙り込む鏡花。
一応は、彼等を紹介する形にはなったけれど……苅茂は苅茂で、いまごろどうしているのやら。
「君も、お子さんの父親に逃げられたらしいから……心細くて頼る相手が欲しいのは……まあ、分からないでもないけどね。
鏡さんのご両親だってまだまだ元気そうじゃないか」
まあ、昔好きだった、とはいってもあくまでも思い出の中の話だ。
今のこいつは、すっかり老け込んだ、当時の面影もろくに残っていない中年で、今更、復縁を言われても……単純に困るというか、そういう対象として見れない。
おまけにシンママとまできたら、何が悲しくて赤の他人の子供の面倒なんぞ見なきゃならんのか。
いや……僕も中年だけど、それを差し引いてもこれはない。
似たようなケースで……そこそこ大きい娘さんと、年の離れた姉妹にさえ見える程に、びっくりするくらい若々しく綺麗な人と、復縁したやつの話も知っているけど。
目の前の鏡花と比べて考えると……あまりの落差に、何とも言えない気分になってくる。
まあ……あれはあれで、何からしら複雑な事情があったようだけど。
(ま、今日のこれに関しては……見る目も縁もがなかったんだろうねえ。
お互いに)
と、内心で区切りをつけて。
「僕には僕の生活もあるからね。
……何かしてあげられる事はないけど、応援はしてるよ」
相手に何かを言わせる隙を与えず、きっぱりともう深く関わるつもりはないと、告げておく。
「えっと……はい」
鏡花も、まあ……駄目で元々、くらいのつもりだったのだろう。
しつこく食い下がってくる事も無く、気の抜けたような調子で、返事を返してきた。
この分なら、少なくとも今日の失敗を引きずる事はなさそうだ。
さて……十分つきあったし、もういいか。
自分の分の伝票を取り、立ち上がる。
「じゃあ悪いけど、僕はこれで失礼するよ。
これからもいろいろ大変だろうけど、鏡さんも頑張って」
「あ……うん、悟朗も、元気でね」
お互いにね、と最後の言葉へ、社交辞令で返し、内心で大きくため息をつく。
(まったく面倒な渡世だねえ……
なんて、高校時代なら言ってたかもなぁ)
久しぶりの地元、だからだろうか。
かつての……微妙に滑った形で、格好をつけていた黒歴史《思い出》を懐かしむ一方で、奇しくも苅茂の時と似たような形になったな、とぼんやりと考えつつ……鏡花に背を向けて、歩き出す。
(今更だけど、どっか似たような所はあったのかもな、あの二人。
それだけだと、縁としては弱かったんだろうけど)
苅茂と鏡花。
アオハルをそれなりに楽しんで、現代は後悔と失敗に苦しむ二人。
世にはありふれた……どこにでもある、今となってはどうでもいい話、というやつだ。
しかし、ここまで突き放した態度をとっても何も感じないとは。
時間があまりにも経ちすぎた、ということを含めて考えても……我ながら薄情なもんだ。
ただ、流石にこんな話はこれきりだろう。
顔を合わせる事は……またあるかもしれないけど。
(まあ……うまくやって欲しいもんだよ。
僕とは関りのないところで)
怒りも恨みも初恋も、どこかへとっ散らかして立ち消えてしまって、只々面倒であるとしか思えなくなった幼馴染へ……
今後の鏡花の人生に幸運がある事を、心の中でだけ、ほんの少しだけ願い、会計を済ませて、帰りの電車に乗るために、駅に向かう事にした。
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