蛇足・シンママになった幼馴染の憂鬱
久しぶりに入った、地元の喫茶店。
そこで、十数年ぶりに再会し——あっさりと私を見限り去っていく幼馴染、成田 悟朗の背中を見て、はあ、とため息をついてしまう。
落胆はある。
けれど心のどこかで納得もしていた。
(……まあ、当たり前か。
何をどう考えても今更だし)
それでも、縋ってしまったのは、懐かしさもあった。
お金の事がまったく頭になかったか……と聞かれれば、嘘になる。
でもそれ以上に、これからずっと一緒に人生を過ごせる伴侶が欲しかった。
今まで……関わってきた男の中で、一番誠実な相手が、彼だったとつくづく思い知った、というのも本音ではある。
……そう。この十数年で思い知らされた。
昔は鼻で笑っていたが、今では痛いほど理解できてしまう言葉。
クズはモテる。
……私が、いや私たちが、特に若いときに魅力を感じていた男というのは、基本的にろくでもない。
それを認めたくない、少なくない数の同類が、主語をやたら大きくして、男全体に、自分で選んだ相手のそれをおっかぶせようとするのは良く見るが……あれは良くないと思う。
耳障りのいい言葉で、自分を誤魔化し続けても、何一つとして状況は変わらないどころか、性根が腐れて、とんでもない化け物になっていくだけだ。
(まあ、私だって若い頃は似たようなものだったし……
中年になってからこんなこと言っても、虫が良すぎるけどね)
ずず、と、テーブルの上のカップに残っていた……未だ湯気の立つコーヒーを啜ってから、再びため息をつく。
多分、高校生なら、まだ受け入れてくれる余地はあったのだろう。
あの時の私にはまだ若さが、未来があった。
一緒に過ごした時間がまだ意味を持っていた時期で、そこからさらに同じ時間を積み重ねていける余地があった。
——では、今は?
何もかもが劣化した上に、子連れと来たものだ。
三十路なんてまだ若い、とか何とか宣っているおめでたい人達のように、開き直ることが出来れば、ある意味で幸せかもしれない。
けれど……若さというのは、失ってしまえばそれだけ取り返しがつかないものなのだ。
実際、昔のように……誰も私をちやほやなどしてくれない。
それも当然だ。だって今の私はもう中年なんだから。
もう私のような人間は、誰かを見定めて選ぶ側ではなく、誰かに見定められて選ばれる側なのだ。
だから、悟朗は今の私を選ばなかった。
……選ぶ理由が何一つとしてないのだから、当然なのだ。
それに傷ついたと文句を言う資格など、ありはしない。
(にしても、茂樹……いや、苅茂とも会ってたって……
あいつが今更、悟朗に関わる理由って、何?
いや……多分私には、関わりのない事なんだろうけど)
苅茂 茂樹。
私が最初に付き合った男で……最終的には、浮気されて別れた男。
浮気が発覚したのは発覚したのは大学に入ってからで、当時はかなり傷ついたものだけど……今振り返って見れば、驚くような事でもない。
魅力的に見える異性慣れした男が、誰か一人だけに愛情を注ぐ?
……あり得ない。
異性に慣れているという事は、遊んできたという事だ。
他の誰かの席を奪ってきたという事だ。
誠実さとは真逆のそれを繰り返してきたという事だ。
甘やかされきった私たちの本能を利用する事に……長けているという事だ。
そんな相手に裏切られたと嘆くのは……目に見えていた事だろうと、他人に嗤われても仕方がない。
本当の意味で誠実な振る舞いが出来るのは、私たちが、つまらないと斬って捨てた男……つまりは、昔の悟朗のような人。
私は、そういった幼馴染を……若い頃に選ばなかったし、選べなかった。
だから、こうなった。
はあ、と三度ため息が漏れる。
つくづく、見る目の無い女だ。私は。
結局のところ、次もハズレを選んだ挙句が、シンママなのだから。
カップに残った、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干してその苦みに顔をしかめる。
もう少し砂糖を入れておけばよかっただろうか。
……嫌になるくらいに、苦い。
そして、ここまで思考を整理して……何となく、だけど受け入れる。
悟朗は、いろいろな物を見限り、青臭さを捨て……とっくの昔に大人になっている事を。
多分、その切っ掛けは、他でもない私のせいだろうけれど……この十数年の間にも、何かしらあったのは想像に難くない。
もう今更、過去の事など、欠片も興味がないのだ。
(だから……悟朗と深く関わる事は、無いんだろうな。きっと)
年月は人間は変える。良くも悪くも。
私だって変わった——変わらざるを得なかったのだから。
これは、それだけの……話なのだ。
もう一度ため息をつきそうになり、止めた。
ほんの少しくらいは……自身の愚かさを自覚し、悔いる事くらいは出来るようになったのだ。
だから、今も口の中に残る苦みを、明日への糧に変えられるように……私は深呼吸して、見苦しく自分勝手な未練に蓋をした。
もう二度と、同じ間違いを犯さないように。
今更でも、これからも、年相応の内面へと成長していけるように。
……今を生きる我が子の、きちんとした親になれるように。
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