高校時代、幼馴染と付き合っていた男と再会した話
約八千字程度を三分割した短編となります、
久方振りに休日を満喫していた昼下がり。
僕は、偶然再会して呼び止められた……ある意味で懐かしい相手と、喫茶店で対面していた。
「まずは……その、何だ……すまなかった、成田」
「いや――再会早々、いきなり謝られてもね。
というか……何の話だい?苅茂君」
何せ、目の前の男と最後に会ったのは高校一年の頃の話だ。
あれから、十――五、六年は経っているだろうか。
その顔には、少なくない皺が刻み込まれており……体形は崩れ、小太りのそれに。
今では、すっかり三十路の中年となった男の姿がそこにあった。
昔は結構なイケメンで通ってたんだけど、こうなるとなあ。
……いや、まったく。
お互い随分と老け込んだものだ、としみじみ思う。
あまり考えたくはないけど……僕もこいつも、ここから、もっともっと老けていくのか。
「ああ、あれかな。ひょっとしてだけど」
思い当たる事は、無いでもない。
かつて幼馴染だった女――鏡花の事か。
当時は僕も思春期だったから、まあ、好意のようなものを、抱いていた時期もないではない程度には、奇麗な容姿をしていた。
それも昔の話で、多分今は、目の前の苅茂よろしく、立派な中年になっているだろうけど。
「高校の時、君が鏡花に先に告白して付き合った時の話?
それとも、その後の……自分語りをしてくれた時の話かな。
いやあ、懐かしいね。あの頃は――思えばお互い若かったよ」
「……すまん」
こちらが責めているとでも思ったのだろうか。
苅茂はバツが悪そうに、また頭を下げてくる。
君は何も悪い事をしていないんだから~とか何とか言えばいいのかな、これ。
……アホらしい。
お互い、もういい歳なんだし、今更気にするような話でもないと思うのだけど。
今思えば学生時代は、下らない事で悩んでいたものだと苦笑する。
暴力的な男は、クズはモテる。
誠実さなんて鼻で笑われるし、口先でそれらしいことを言って誉めそやしつつ、内心では相手を馬鹿にしきっているくらいの奴の方が女ウケはいい。
当時の僕は、上っ面ばかりを追いかけて、そんな内面を見ない女ばかりであることに、一々憤りを覚えていた訳だが……いやはや、まったく青臭い話だ。
所謂、アオハルというやつになるんだろうか。どうでもいけど。
その事について、何というか高校時代、一席ぶってくれたのが目の前の彼――苅茂 茂樹だ。
曰く、自分たちは見てくれを取り繕うのに努力しているとか何とか。
お前の中身なんて大したものじゃないとか。
上から目線で実に中身のないお説教をかましてくれたっけ。
いや――よく当時の僕、こいつのことぶん殴らなかったなあ。
まあ、暴力沙汰起こして停学とかなっても馬鹿らしいし、結果的にはそれで正解だったのだろうけど。
「あの後……結局、大学入ってひと月くらいで、鏡花とは別れたんだ。
その、フラれたというか……他に乗り換えられたというか」
「はあ。それはそれは」
まあ、そうだろうなあ、と内心で考えつつも。
適当に頷きながら相槌を打っておく。
今であればはっきりと言える。
……幼馴染に男を見る目はまったくない。
より、良さそうな誰かを見つけたなら、あいつはあっさりと乗り換えるだろう。
事実、最近……実家と連絡を取った際、幼馴染が子連れのシンママとなって親元に帰ってきた、みたいな話を小耳にはさんだが、まあアホとしかいいようがない。
「……俺が馬鹿だったんだ。
上っ面じゃなくて、中身を見るべきだった」
学生時代とは、全く逆の言葉を絞り出すように吐きだす苅茂。
まあ、結構な時間も過ぎているし、人生観の一つや二つ、変わったところで可笑しくないのだろうけど。
とはいえ……いくら何でも、まさか鏡花にフラれた事を未だに引きずってる、とかではあるまい。
「……何かあったの?」
どうにも聞いて欲しそうな態度だったので、社交辞令で尋ねてやると、苅茂は、ぽつりぽつりと語り始めた。
糞長ったらしい上に、心底どうでもいい内容ではあったが――要約すれば、どうも社会人になってから知り合った女性と結婚して――子供が出来たところまでは良かったのだが、
「元妻に……子供が、連れ去られたんだ。
つい先日……出張から帰ってきたら、いなくなってた」
「話がまた随分飛んだねえ。
ああ、ひょっとして実子誘拐ってやつ?」
「……知ってるのか」
「まあSNSとかで、ちょっと聞きかじった程度だけどね。
今、国際問題とかにもなってるんだって?怖いよねえ」
実子誘拐。
日本では、子を連れて出た方が親権を有利に得やすいという事を利用した――社会問題である。
大体は母親によって引き起こされる事件ではあるが、父親がこれをやるケースも無いでも無いらしい。
基本的には親権では不利になりがちな父親ですら、これで優位に立つことが出来るというのだから、相当なものだ。
加えて、やれDVを受けていただのをでっちあげて、離婚を突き付けた挙句、子供との面会を盾に養育費やらなにやらを毟り取るんだとか。
あまり話題に上る事は少ないが……日本以外の多くの国では重大犯罪として扱われており、国際結婚で、日本と同じノリでこれをやらかそうものなら、逮捕、国際手配の対象となることもざら。
まあ……先ほどの台詞に、ようやく合点がいった。
実子誘拐をやらかすような女は、本当にロクでもない。
正に、苅茂も女を見る目がなかった、ということだろう。
「で、なんでそんな話を僕に?」
「……その、なんだ、成田。
昔の……高校時代の友達から、聞いたんだが。
お前が……実子誘拐から子供を取り戻せるような……探偵とか、弁護士とかにコネがあるって」
「……いや誰から聞いたのそれ」
苅茂が言う人たちには、まあ確かに心当たりがないでもない。
ただ、当時のクラスメイトが、何故それを知っているのかはさっぱりわからない。
だって、あいつらとは大した交流もなかったし、今だってそうだ。
「どんな風に聞いたのか知らないから……言っとくけどさ。
あれは実子誘拐をやらかした相手側が、ほかにもいろいろやらかしまくってたから、そこを突っついて、結果的に何とかなったって話だよ」
変に期待させて恨まれるのも面倒なので、正直に答えてやる。
「君の元奥さんがどんな人間なのかは僕は知らないけどね。
まあ、実際に、あの人たちに話を聞いてもらわないと何とも言えないだろうけど」
そもそも、依頼したところで受けてくれるかどうかすらわからない。
僕が彼らのお世話になったのは、それとはまた別件だし、先ほど口にした件については、本当に偶々関わることになっただけだ。
「それでも……いい。
正直どこの弁護士に聞いても、正直厳しいだろうって」
苅茂にとっては……藁にも縋る思い、というやつなのだろうか。
……はあ、とため息をつく。
「連絡先を教えるだけなら……まあ、いいよ。
向こうの人と話をするときに、僕の名前を出してもらっても構わないけど。
ただ、一応忠告しておくと……嘘はバレるからね」
「――っ、成田……ありが」
「繰り返すけど、向こうの人にはちゃんと全部包み隠さず、正直に言った方がいい。
……僕には言っていないこともね」
僕の言葉に、苅茂は、ぎょっとしたように眼を開いた。
……半分カマかけただけなんだけど、何かあるなこれ。
まあ僕の知った事じゃないけど。
「わか、った……気を付ける」
「はい、じゃこれ……一応、向こうの連絡先。
……用件がそれだけなら、もう帰っていいかな」
何かでもらった手帳のページに手書きで連絡先を書いて破り取り、苅茂に渡す。
手書きであること自体が、彼らへの紹介状のような役割を果たすはずだ。
「ああ……何ていうか、本当にありがとう。
それと、改めて――昔の事は俺が完全に間違ってた」
これで上手くいくかどうかは知らない。というかどうでもいい。
何かしら宣っている苅茂の言葉を聞き流し、自分の分の伝票を取って、さっさと会計に向かう事にする。
「いや、ここの支払いくらいなら、俺が」
「関係ない話だけどね。
鏡花のやつ、今シンママになって地元に帰ったんだってさ。
案外、あいつも実子誘拐でもやらかしたのかもね」
苅茂の言葉を遮って伝えた内容に対して浮かべた……微妙にひきつった――何と喩えたものか困る表情を確認し、じゃあね、と告げて改めてまた歩き出す。
つくづく無駄な時間を使ったなあ、とうんざりしつつも、改めて思ったことがある。
――やっぱり、現代は結婚なんてするものじゃねえな、と。
呆然とする苅茂を尻目に、僕は――深く深く、またため息をついた。
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