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かわいい子には地獄見せろ  作者: 鶴ヶ友護


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8/24

第8話 夏は地獄が遠のく季節です

 一学期が終わり、夏休み。

 窓の外では容赦ない日差しが街を焼いているのに、部屋の中は冷房で満たされていて、ひんやりとした空気が肌に心地いい。

 その温度差さえ、なんだか特別なものに感じる。

 ソファに寝転がりながら、アイスを口に運ぶ。

 冷たさが舌の上でゆっくり溶けていく感覚に、思わず息が漏れた。

「……最高」

 ピコン。

「ん?」

 そんな快適な時間を過ごしていると、スマホが小さく音を鳴らす。

 画面を確認すると、美惚ちゃんからメッセージが届いていた。

「なんだろう?」

 疑問に思いながら、メッセージを開く。

『海行こう!』

「海?」

 一瞬考えて──

「……いいじゃん」

 自然と口元が緩む。

 夏、海、水着。

 つまり。

「かわいい私をいっぱい見せるチャンス!」

 誰に?

 もちろん全人類に。

『行く』

 上がったテンションのまま、短く返信する。

 スマホをベッドに放り投げ、鏡の前へ移動する。

 髪を軽く整えて、角度を変えてみる。

 右。

 左。

 正面。

「うん」

 どこから見ても、とってもかわいい。

 これなら、海でも一番かわいいこと間違いなし。

「むしろ、目立ち過ぎちゃうかも」

 くすっと笑って、海の光景を思い浮かべる。

 人混みの中でも自然と目立って、気づけば周りがざわついて。

「ふふ、ありえる」

 ピコン。

 妄想に夢中になっていると、再び通知音が聞こえてきた。

「美惚ちゃんかな? ……なっ!」

 画面に表示された送り主の名前は

 ──千尋。

 予想外の相手に驚き、ピタリと動きが止まる。

 なんでこのタイミング?

 なんだ?

 なんの用だ?

 少し考えて、メッセージを確認する。

『唯恋、海行く?』

 同じ話題。

 偶然……なんてことはないか。

 まあいいか、と深く考えず返信を打つ。

『行くよー。千尋も美惚ちゃんに誘われた?』

『うん』

 短い返事に続いて、もう一度メッセージが送られてきた。

『かわいい水着姿、期待してるね』

 なに言ってんだこいつ?

 かわいい水着姿って、揶揄ってるつもりなのか?

「まあでも……」

 ふっと小さく笑みが零れる。

「ちょうどいいな」

 この前、変な勘違いで千尋に揶揄われたこと、すごい悔しかった。

 その屈辱を晴らすチャンスが、向こうからやってきたのだ。

「後悔させてあげる」

 かわいい水着姿、だと。

 よくもまあ、この私にそんなことを言えたものだ。

「今回の海で絶対やり返す!」

 にやりと口角を上げ、右手を高く突き上げる。

 覚悟しろ千尋──

「あんたの余裕な顔、真っ赤に染めてやる!」


   ***


 心地いい日差しと鼻を刺激する潮の香り。

 空はどこまでも青くて、白い雲がゆっくりと流れている。

 足元の砂はじんわりとした熱を持っていて、波の音が心地いいリズムを奏でる。

 ──まさしく、海!

 そして、そこにいる私は──

「とってもかわいい」

 日差しに照らされて、きらきらと輝く金髪。

 今日のために選んだ特別な水着──ピンク色の水着にあしらわれたフリルが、風になびいてひらりと揺れる。

 その水着に負けないために、体だってがんばって引き締めてきた。

 かわいく見える角度も、家でたくさん練習してきた。

「うん」

 これなら──。

 ちらりと周囲を見ると、何人かがこちらを見ている。

 ……うん、そうだよね。

 そりゃあ、目立つよね。

 かわいいもんね!

 嬉しくなって、少しだけ胸を張る。

「唯恋ー!」

 元気な声に振り返る。

 手を振りながら、駆け寄ってくるのは美惚ちゃん。

 その後ろには、茉陽瑠ちゃんと千尋の姿も見えた。

 美惚ちゃんの水着は明るい黄色のタンクトップビキニ。

 日焼けした肌がよく映える水着は、動きやすそうで、いかにも泳ぐ気満々って感じ。

 茉陽瑠ちゃんは落ち着いた白の水着にパレオを巻いている。

 ふわりと広がる布が、露出を柔らかく包んでいて、どこか大人っぽい雰囲気を纏っている。

 そして、その隣にいる千尋はシンプルな黒の水着を纏っている。

 飾り気なんてほとんどないのに、視線が吸い寄せられる。

 すらっと伸びた手足に無駄のないライン。

 水着のシンプルさが、スタイルの良さを余計に際立たせている。

 ……綺麗。

 いや、違う。

 今日は私の番だ。

 軽く息を吐いて、気持ちを切り換える。

「お待たせ」

 千尋は軽く手を振って、余裕の笑みを浮かべる。

「え! 唯恋めっちゃ可愛い!」

「でしょ」

 目を輝かせる美惚ちゃんに、当然とばかりに頷く。

「ふふ、本当だね。すごい似合ってるね」

 茉陽瑠ちゃんが、ふわりと微笑む。

 そう。

 そうだよ。

 そういう反応だよ。

 ふたりの言葉に満足感が広がっていく。

 そのまま一歩前に出て、首を傾げる。

 練習してきた角度で、千尋に見せつける。

「どう?」

 千尋はじっと私を見て、一瞬目を細める。

「へぇ……」

 軽く口を開き、

「似合ってるね」

 さらりと言った。

「うん」

 短く返事をして、そのまま見つめる。

「「…………」」

 不自然な沈黙が、ふたりの間に落ちる。

「それだけ?」

 堪らず、声を漏らすと千尋は少し首を傾げた。

「それだけって?」

「いや、もっとあるでしょ! 驚くとか、見惚れるとか」

「してたけど」

「してたの⁉」

 よくわからない幼馴染に、軽く肩をすくめる。

「それで、なにか言うことは?」

 千尋は理解したような表情を見せ、一度頷く。

「かわいいよ」

「もっと」

「かわいい」

「もっと!」

「かわいい!」

「よし」

 軽く満足すると、隣からくすっと柔らかい笑い声が聞こえてきた。

「唯恋ちゃん、千尋ちゃんに褒めてもらいたかったんだね」

 茉陽瑠ちゃんが口元に手を当てて、優しく言う。

「そんなことないし!」

 思わず、大声で否定する。

 ……図星だけど。

 別に、千尋が好きで褒めてもらいたいとかじゃないからね。

 今日のために頑張ってきたから、その努力を褒めてもらいたいだけだからね。

 それだけだからね。

 誰に聞かせるわけでもなく、頭の中で言い訳を並べる。

 それにしても……。

 千尋が来てから、明らかに私を見てる視線が減った気がする。

 それどころか、千尋の方に視線が集まってる。

「ちょっと、千尋」

 声をかけると、千尋は軽く首を傾げた。

「なに?」

「なんか、凄い見られてない?」

「いつものことだよ」

 千尋は軽く周りを眺めて、なんてことないように言う。

 ……なにそれ。

 こっちは、頑張って準備してきたのに。

 見られるために、かわいく見せるために、全部やってきたのに。

 それを、当たり前みたいに。

 そこにいるだけでいいみたいな顔して。

 知ってたけど。

 千尋が美人で、みんなから見られてることは知ってたけど。

 それでも──。

 たくさん頑張った私よりも、千尋が視線を多く集めるなんて。

 ……ムカつく。

「それじゃあ、みんなで泳ごう!」

 パッと手を上げ、美惚ちゃんが海へと駆けていく。

 その背を追って、私は歩き出す。

 まあいい。

 今日は、周りの視線なんてどうでもいい。

 欲しいのは──千尋の視線だ。

 あいつの視線を奪って、私から目を離せなくしてやる。


   ***


「えいっ!」

 手を振り上げると、パシャッと水しぶきが弾ける。

「きゃ!」

 その水を受けて、柔らかい悲鳴が上がる。

 目の前で繰り広げられる美惚ちゃんと茉陽瑠ちゃんの戯れ。

 無邪気に笑って、水を掛け合っている。

 あれ、いいかも……。

 うまくやれば、いい反応が引き出せるかもしれない。

 視線を横に滑らせると、相変わらず余裕そうな顔の千尋。

 よし。

「ねえ千尋」

「うん?」

 返事をし、こちらに顔を向けた瞬間、狙いを定めて──

 思い切り、水をかける。

「冷たっ!」

 派手な水しぶきを受けて、千尋は軽く目を細める。

「どう?」

 こてんとかわいく首を傾げ、ほんの少し距離を詰める。

「びっくりした?」

「ちょっとね」

 ……それだけ?

「もう一発!」

 再び腕を振り上げる。

 さっきよりも大きく、派手に水しぶきが上がり、千尋の全身を濡らす。

 それを受けた千尋は手で軽く顔を拭い、にやりと笑う。

「やったな」

 そう言って、海の中に腕を沈め、勢い良く振り上げる。

「きゃあ!」

 激しい水しぶきを全身に受け、かわいい悲鳴を上げる。

 濡れた髪が頬に張り付く。

 光を受けた水滴がキラキラと輝きながら頬を伝って、首筋をなぞる。

 うん……。

 これ、絶対かわいいでしょ。

 どうだ千尋。

 水に濡れた私。

 まさに、水も滴るかわいい女。

 これならさすがに、見惚れるでしょ。

 赤くなった千尋の顔を拝んでやろうと視線を向けると──

「えい!」

 さっきよりもずっと大きな水しぶきが襲ってきた。

「ぎゃあ!」

 それを正面からまともにくらい、体勢を崩し、そのまま後ろに倒れ込んだ。

「唯恋大丈夫?」

 心配そうな声をあげ、近づいてくる千尋。

 水面から顔を上げると、右手がこちらに差し出される。

 私を覗き込む表情は心配の色のみで、赤色なんて全くなかった。

 くそー。

 今の、絶対かわいかったのに。

 それを、見る前に潰して。

 ……まあいい。次だ。

 次こそ千尋をドキッとさせてやる。

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