表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かわいい子には地獄見せろ  作者: 鶴ヶ友護


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/28

第6話 私の好きな人

「「え?」」

 思わず声を漏らし、顔を見合わせる。

「え? ちょっとまって」

「今、好きな人って……」

 ひそひそ声のはずなのに、全然抑えられない。

「唯恋ちゃん、今の……好きな人って言ってたよね」

「うん。言ってた」

「……」

 興奮する私達の横で、美惚ちゃんだけがじっと見つめていた。

「美惚ちゃん! 今の聞いた!」

 背中を軽くたたいても、こちらを振り向くことはなく。

 指を唇へと動かし、小さく声を漏らした。

「しー」

 そうだ。

 千尋に気づかれないように、静かにしないと。

 改めて、身を潜めて様子を窺う。

「……そっか」

 先輩は寂しそうに笑って、それでも千尋を見つめる。

「答えてくれて、ありがとね」

「いえ。こちらこそ、気持ちを伝えてくれて嬉しかったです」

 そのやり取りは穏やかで、変な気まずさも、引きずる空気もない。

 そのまま、平穏に終わるかと思ったら──

「それで、愛浦さん。好きな人ってどんな人なの?」

 とんでもないことを聞いてきた。

「あ、でも、答えたくなかったら答えなくても大丈夫だからね」

 そう言って、先輩は一歩だけ千尋に近づく。

「うーん。そうだな……」

 千尋は顎に手を当てて、ほんの少しだけ考える素振りをして──

「すごいかわいい子かな」

 え……。

「自信満々でなんでもできるって顔してるのに、少し揶揄うだけで困ったような顔してね。それがすごく面白くて」

 それって……。

「そのくせ負けず嫌いでね。私が何度困らせても、張り合ってきて」

 もう……。

「そうやって何度いじわるしても、ずっと私の隣にいてくれる。」

 うるさいくらいに心臓が波打つ。

「近くにいるから、ずっと視界に入って。いないと、つい探しちゃって」

 呼吸をするのも忘れて。

「優しくて、面白くって、頼りになる」

 千尋の声だけが、やけに鮮明に聞こえる。

「そんな……」

 ほんの一瞬、世界が息をひそめたみたいに静かになって。

 静寂の中で──千尋と目が合った。

「かわいい子が、私の好きな人」

 これ……。

 これって……。

「わた──」

「ねえ、唯恋ちゃん」

「えっ!」

 予想外の声に、思わず声が漏れた。

 完全に千尋しか見えてなくて、隣にだれかいることすら忘れてた。

「今のって……」

 茉陽瑠ちゃんの声が、すぐ近くで響く。

 わかる。

 なにを言おうとしてるのか。

 私も、同じことを思ったから。

 でも、聞けなかった。

 その言葉を聞く覚悟が私にはなかった。

 感情に任せて、体を動かす。

 地面に張りついたように重い足。

 その足を、無理やり前へ。

 いつものように動かそうとして、つんのめる。

 ほとんど転ぶようにバランスを崩して、それでも無理やり足を動かして。

 千尋にバレるとか、気にしている余裕はなかった。

 騒がしい足音を上げながら

 ──逃げるみたいに走り出した。


   ***


 五時間目と六時間目の授業はサボった。

 教室に戻る気にはならなかった。

 ──千尋と、顔を合わせたくなかったから。

 保健室のベッドに沈んだまま、ぼんやりと時間だけが過ぎていく。

「はぁ……」

 重い息が自然とこぼれる。

 目を閉じると、さっきの光景が浮かんでくる。

『かわいい子が、私の好きな人』

「……っ」

 思い出しただけで、顔が熱くなる。

 千尋の好意、感じていないわけじゃない。

 私にだけ距離が近かったり、やけにスキンシップが多かったり。

 名前を呼ぶ声だって、どこか特別優しくて。

 キスを要求してきたこともあった。

 でも、そういうのは冗談だと思ってた。

 幼馴染だから、距離が近いのは当たり前で。

 そういうことも、からかいの延長だって。

 ずっとそう思い込んでいた。

 違ったのかな……。

 もしかして、本当に好きでやってたのかな。

「千尋……」

 どこにいるんだろう。

 もう、帰ったのかな。

 帰っててほしいな。

 今は、まともに顔が見られないし……。

 外から聞こえる明るい声に、現実へ引き戻される。

「……帰ろ」

 ここにいても、どうにもならないし。

 考えるなら、自分の部屋の方がいいだろう。

 そう決めて、体を起こした。

 保健室の先生にお礼を伝え、退室する。

 靴を履き替えようと下駄箱へ向かうと──

「遅かったね、唯恋」

 千尋がいた。

 思わず心臓が止まりかけた。

 どうして。

 なんでここにいるの。

 生じる疑問が言葉になるよりも早く体が動いた。

 また、逃げた。

 けれど、今回はダメだった。

「なんで逃げるの?」

 千尋に掴まった。

 握られた手首を振り払おうとするけど、うまくいかない。

「離して……」

 目も合わせずに、なんとか声を絞り出す。

「やだ。離さない」

 迷いなく否定される。

 指先に力が込められ、手首を強く圧迫される。

「唯恋、もしかして聞いてた?」

 その言葉で心臓が大きく跳ねた。

 わかってる。

 なんのことを言っているのか。

「……うん」

 僅かに視線を下げ答える。

「そっか……」

 短く言葉を発して、手が離される。

「なら、わかってるよね」

 真剣な瞳が私を睨む。

「う、うん……」

 それと、視線が交わることはなく。

「えっと……」

 口を動かそうにも、上手くいかない。

「どう思った?」

 ──思いを聞いて、どう思った?

 そんなの、素直に答えたら……。

 ちらりと顔を見る。

 真剣な瞳は、私以外見えていないみたいにこちらを向き続けている。

 逃げられない。

 そんなことは、とっくにわかっている。

 この状況を解決するには、私が答えなければいけないことも。

「あ、あの……」

 勇気を出して、震える口を無理やり動かす。

「嬉しかったよ……千尋の気持ち……」

 右へ、左へ、視線を彷徨わせて。

「で、でもね」

 胸が苦しくて、一度息継ぎをする。

「千尋にそう思われてるって……知らなくて……ずっと、幼馴染だと思ってたから……」

 うまく言葉にならないまま、頭に浮かんだものを必死に紡いでいく。

「だから、好きとか……考えたことなくて……」

 真剣な気持ちに対して、失礼なほど動揺してる。

 それでも、確かに気持ちを伝える。

「ごめん。千尋のことは、幼馴染としか……見れない……」

 私の気持ちを聞いて、千尋は一度大きく息を吐き、吸い込む。

 そして、しっかり私を見つめて──

「何の話?」

 首を傾げた。

「え?」

「好きだのなんだのって、なんのこと言ってるの?」

 本気でわかってないみたいな顔の千尋が、すぐにハッとした表情を浮かべる。

「もしかして、私の好きな人のこと?」

 さらりと告げられる言葉に、心臓が大きく跳ねる。

「う、うん」

 答えを聞いて、千尋は納得したように息を漏らす。

「あー……」

 そのまま、あっさりと口を開く。

「あれは、断るための方便だよ」

「……は?」

 あまりに衝撃的な事実に、思考が一瞬停止した。

「好きな人がいるって言えば、みんな大人しく諦めてくれるから」

「…………」

 頭の中で、昼休みの光景が呼び起こされる。

『ずっと私の隣にいてくれる』

『優しくて、面白くって、頼りになる』

『かわいい子が、私の好きな人』

 ──全部。

「え……?」

 私のことだと思ってたのに。

「え、え?」

 違うの?

 今の、全部違うの?

 フルフルと体が小刻みに震え出す。

 ゆっくりと顔を上げて、千尋をしっかりと見据えて──

「なんじゃそりゃああああ!」

 爆発した。

「え、なに急に?」

 千尋はきょとんとした顔のまま。

「なにそれ! 全部それっぽいこと言っといて!」

「それっぽい?」

「かわいいとか! 隣にいるとか! 完全にそれだったでしょ!」

「それって?」

「だ、だから……!」

 言いかけて、言葉に詰まる。

 それって。

 つまり。

 ──私のことが好きだって。

「……ふーん」

 千尋が、少しだけ口元を緩める。

「唯恋、自分のことだと思ったんだ」

「ち、違っ……!」

 反射的に否定する。

 でも、言葉が続かない。

「思ってないなら、あんなこと言わないよね」

「うっ……」

 完全に詰んだ。

 顔が熱い。

 逃げ場がない。

「で?」

 千尋が一歩近づく。

「なんで、そんな顔してるの?」

「してないし!」

「してるよ」

 間髪を容れずに返される。

「……ほんと、わかりやすいよね」

 くすっと、小さく笑う。

 その笑い方が、なんか悔しくて。

「うるさい!」

 思わず言い返す。

「……でも、惜しかったかもね」

「え?」

 ぽつりと落とされた言葉に、思考が止まる。

「なにが?」

「さあ」

 千尋は肩をすくめる。

「秘密」

 そう言って、くるりと背を向けた。

「じゃ、帰ろっか」

 何事もなかったみたいに歩き出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 慌てて追いかける。

 さっきまでの感情が、ぐちゃぐちゃのまま。

 結局、千尋の弱点はわからなかった。

 それどころか、私の新たな弱みを握られて、揶揄われる始末。

 悔しい。

 あの余裕ぶった顔、絶対に崩してやるんだから!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ