第4話 リベンジ?
「千尋に仕返しがしたい」
放課後の教室。
誰もいないこの場所に、集まるのは三人の少女。
私と、茉陽瑠ちゃんと、美惚ちゃん。
委員会で千尋がいないこのタイミングを見計らって、私はふたりに切り出した。
「仕返しって、千尋ちゃんになにかされたの?」
こてん、と首を傾げる茉陽瑠ちゃん。
──なにかされたかだって?
されたに決まってるでしょ!
恥ずかしいところも見られたし。
キスだってさせられたし。
泣き顔だって見られた。
……うん。普通に最悪。
かわいい私の尊厳が、これだけ傷つけられたんだ。
これはもう、やり返さないと割に合わない。
「やりたい! 私やりたい!」
元気よく手を上げる美惚ちゃん。
「千尋の困ってる顔、見てみたい!」
おお、同志。
美惚ちゃん、わかってるじゃん。
「で、なにするの?」
美惚ちゃんが身を乗り出してくる。
目をキラキラ輝かせて、完全に楽しむ気満々だ。
「えっと、とにかく困らせたい」
話題を出しておいて、肝心な案はなにひとつない。
「じゃあさ、黒板消し落とすやつやろうよ」
「それ、古くない」
思わずツッコむ。
「えー、でも絶対びっくりするじゃん」
「千尋が?」
「……しないかも」
自分で言って、自分で否定した。
だよね。
あいつ、ああいうので驚くタイプでもないし。
「というか、危なくないかなぁ……」
茉陽瑠ちゃんが不安そうに言う。
「当たったら痛そうだし……」
「うっ」
それはちょっと、申し訳ない。
いくら千尋相手でも、それは無しだ。
傷つけるとか、かわいくないしね。
「じゃあ、別のにしよ!」
美惚ちゃんは全く気にせず、話を進めた。
──切り替え早い。
「ねえねえ、びっくりさせるのは? こう、扉のところで待ち伏せしてさ!」
美惚ちゃんは実演するみたいに、扉の横で体を小さく縮めた。
「でも、千尋ちゃん気づきそうだよね……」
茉陽瑠ちゃんの言葉に、私は少し考える。
……確かに。
あいつ、妙に勘いいし。
「じゃあさ、気配消せばいいじゃん!」
「できるの⁉」
「うん」
なんということだ。
美惚ちゃんにそんな特技があったとは。
──これは、本当に千尋の驚く顔が見れるんじゃないか。
「じゃあ、見てて!」
そう言って両手を合わせて、目をつぶる美惚ちゃん。
「何してるの?」
「気配消してる」
「出来てないじゃん!」
「えっ、今めっちゃ消えてたよ?」
「存在感ありありだよ!」
なんでちょっと自信満々なの、この子!
「じゃあ、どうするの? 他に気配消せる人はいるの⁉」
「いるわけないでしょ!」
「忍者とか……?」
「茉陽瑠ちゃん!」
急に茉陽瑠ちゃんが、とんでもない話題を投げてきた。
「忍者は気配消せるけど、そういう事じゃないよ」
「忍者! 会いたい!」
「いないよ!」
「いるよ! どこかには!」
なんだこの話。
なんで忍者の話でこんなに盛り上がってるの。
「忍者どこにいるかな?」
「ねぇ、どこだろうね」
だめだ。
このままだと、本当に忍者を探しに行きかねない。
「はい、おしまい!」
ぱん、と軽く手を叩いて、強引に会話を切る。
「忍者の話は置いといて、今は千尋のことを話そう」
ふたりは素直にこちらを見る。
……よし、ちゃんと聞いてくれる。
「じゃあ、唯恋は何かいい案ある?」
美惚ちゃんが小さく首を傾げる。
「うーん」
顎に手を当て考える。
──けど、なにも浮かばない。
「とりあえず、今日は時間ないし、驚かすやつやってみよう」
「美惚ちゃんが言ってたやつ?」
「そう。扉の近くに隠れて、入ってきたところを驚かせるの」
「忍者のやつ!」
「忍者じゃないよ」
美惚ちゃんはまだ忍者に夢中みたいだけど、ひとまず話を続ける。
「みんなで扉の横でしゃがんで、開いたらわって飛び出すの」
説明をしながら、私は扉の横にしゃがみ込む。
「さあ、ふたりとも。作戦開始だよ!」
「おおー!」
美惚ちゃんは元気よく手を上げ、こちらに駆け寄ってくる。
「ほら、茉陽瑠ちゃんも!」
「う、うん」
呼びかけると茉陽瑠ちゃんもこちらに近づく。
「じゃあ、私二段目!」
「二段目⁉」
困惑した次の瞬間。
ぐい、と頭頂部に顔が乗った。
後ろから、美惚ちゃんが体を預けるようにしてくっついてきた。
「ちょ、乗るなー!」
「ほらほら、茉陽瑠も~」
「え、ええ……」
戸惑いながらも、美惚ちゃんに促されて──
「えい!」
さらに、上から重みが増えた。
「ちょ、おも──」
言いかけて、慌てて飲み込む。
ダメだ。
女の子に重いとか言うのは、絶対ダメ。
「……」
無言で耐える。
「あはは、楽しいね!」
上で、美惚ちゃんが愉快そうに笑う。
「唯恋ちゃん、大丈夫?」
一番上から、茉陽瑠ちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「う、うん……大丈夫だよ」
引きつった笑顔で何とか答える。
……全然、大丈夫じゃない。
二人分の重さだよ。
普通に無理でしょ。
それに──。
「楽しー」
上ではしゃぐ美惚ちゃんが体を揺らしてる。
「ちょ、動かないで……」
その揺れが伝わって、体がぐらりと傾く。
やばい。
倒れ──。
……いや、まだ。
足に力を入れて、無理やり踏みとどまる。
「セーフ……」
危なかった。
なんとか持ち堪えた。
ランニングで鍛えた脚力がこんなところで役立つとは。
いや、そういう問題じゃない。
今は上の子を止めさせないと……。
「ちょっと、美惚ちゃん。危ないから──」
言いかけた、その時。
美惚ちゃんがぐいっと身を乗り出して──
「今のやばかったね!」
「えっ──」
バランスが大きく崩れた。
踏ん張る間もなく、支えきれずに──
「わあ!」
「きゃ!」
「うぐぅ……」
三人まとめて崩れ落ちた。
「いたぁ……」
「ご、ごめん……」
倒れたまま、ふたりが声を漏らす。
私も床に転がったままふたりを見る。
「もう、美惚ちゃんはしゃぎすぎだよ! 千尋にバレちゃったらどうす……あ」
ガラッ。
教室の扉が開いた。
見計らったような、最悪のタイミングで。
「なにやってるの、みんな?」
そこにいたのは、千尋だった。
「えへへ……」
こちらに向けられる唖然とした表情に、思わず笑って誤魔化した。
……まあ、誤魔化せてないよな。
そんなことより、千尋はまだ状況がわかってないみたいだし、ここは適当に流してあとで仕切りなおそう。
……って思ったのに。
「わあ!」
美惚ちゃんが勢いよく起き上がって、両手を上げた。
「……」
いや、今じゃないでしょ!
どう考えても、その「わあ!」は今言う事じゃないでしょ。
なんなの、そのタイミングは⁉
静けさもお構いなしに、美惚ちゃんは一度手を下ろし、千尋に近づき──
「わあ!」
もう一回やった。
なんで⁉
なんでまたやったの⁉
さっきので、間違えたってわからなかったの⁉
ほら見て。
千尋も「なにやってんだこいつ」って顔してるよ。
美惚ちゃん気づいてる?
ねえ、気づいてる?
あ、これ気づいてないな……。
だって今、すごい「ドヤ!」って顔してこっち見てるもん。
うん。なにもわかってないんだなこの子。
「美惚ちゃん」
呼びかけると、ドヤ顔のままこっちに駆けてきた。
「ねえ、私すごい? ちゃんとできてた?」
キラキラした目で見つめてくる。
……ダメだ。
これは怒れない。
純粋な視線に心打たれ、思わず抱きしめて頭を撫でる。
「うん。美惚ちゃん上手だったよ」
「わーい! やったー!」
「ふふ、美惚ちゃんすごいよー」
そうやって、甘やかす私と喜ぶ美惚ちゃんを見て、千尋は──
「……なにこれ?」
困惑した表情を浮かべた。




