第21話 好きの行方③
夏の終わり。午後八時。
日中の暑さとは対照的なひんやりとした風が、バイト終わりの疲れた体を吹き抜けて、ゆっくりと夜が入り込んでくるような心地がした。
「ふう……」
思わず小さく息を吐く。
ようやく終わったという解放感と、どこか気の抜けたような感覚。
しかも今日は千尋のこともあって、普段よりもそれらを強く実感する。
──告白の件。
千尋とのぎこちない空気が、少しだけ和らいだ。
完全に元通り、とは言えないけれど──それでも、確かに変わった。
『唯恋が真剣に考えてくれてるなら、いくらでも待てる』
そう言ってもらえて、ずいぶんと心が軽くなった。
軽い心のまま、千尋のことを思い浮かべる。
あんなに真剣な顔で、私のことを考えてくれて。
思い出すだけで、じわりと頬が熱くなる。
………なに考えてるんだ、私。
気恥ずかしさを感じ、頭を軽く振る。
けれど、頬の熱はなかなか引いてくれない。
帰り道。
隣に千尋はいない、ひとりの時間。
だからこの顔は、誰にも見られることはない。
赤い顔を隠す必要がないと思うと、なんだか気が楽だ。
千尋がいたら、こんな気分味わえてなかったんだろうな。
またしても千尋を思い浮かべながら、見慣れた帰り道をまっすぐと歩く。
少し汚れた止まれの標識も、斜めに生えるカーブミラーも、八十円のサイダーを売ってる自動販売機も、全部知っている帰り道。
いつも通りの道を寄り道もせずにしばらく歩いていると、
──コツ。
自分の足音と一拍遅れて別の足音が聞こえてきた。
──コツ。コツ。
ひとりだと思っていたけど、他の人もいたのか。
そんなことを思いながら歩いているが、足音は鳴り続ける。
夜の道。
女の一人歩きだ。
足音のひとつにも過剰に不安に思えてきて、足を止めると──足音がピタリと止まる。
「……?」
振り返ってもそこに人影はなく、街灯に照らされた道が静かに伸びているだけ。
「……気のせい……だよね」
小さく呟いて再び歩き出す。
──コツ。
またしても音が鳴る。
──コツ。コツ。……コツ。
歩けば鳴り。
止まれば止む。
不安定なリズムが、私に呼応するように鳴らされる。
もしかして……。
想像から浮かびあがる恐怖が私の足を速くする。
考えすぎだ。
そうに違いない。
そう思いながらも、振り返る勇気なんてなかった。
ただただ前だけを見て歩き続ける
歩いて、歩いて、歩き続けて──。
ようやく、視界の先に見慣れた景色が浮かんできた。
──家だ。
見慣れた外観から漏れ出る明かりを見た途端、張り詰めていたものが自然と解けた。
よかった……。
なにもなく、帰れるんだ。
あと少し……あと少しで。
──コツ。
家を目の前にして、気が緩んでいたのか。
それともどこかで、この音の正体を知りたいと思っていたのか。
家を横目に捉えたまま、足を止めて振り返ると──
誰もいない。
静かな夜。
不思議なものはなにもなく。
違和感があるのは、胸の内だけ。
「気のせい……だったんだよね……」
自分に言い聞かせるように小さく呟いて、私は玄関へと足を進めた。




