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かわいい子には地獄見せろ  作者: 鶴ヶ友護


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20/23

第20話 好きの行方②

 そのまま松下さんの席でいくつか他愛もない話をしていると、先輩メイドさんに声をかけられた。

「りこちゃん、ちょっといい?」

「はい」

「あそこのご主人様から、りこちゃんのご指名が来てるよ」

「かしこまりました。すぐに向かいますね」

 軽く笑って、先輩の指さす方向をなにげなく見ると、

 ──千尋が手を振っている。

 その微笑みに、体が段々と重たくなっていく。

 目が合うだけで、心臓の音もやけに大きくなる。

 でも、行かないなんて選択肢はない。

 だって私は〝りこ〟だから。

 メイドとして、ご主人様に失礼なことはできない。

「すみません松下さん。呼び出されちゃったので、私行きますね」

 頭を下げ、その場を離れる。

 ゆっくりと千尋の元へ歩き出す。

「ご主人様、どうなされました?」

 私がやってくると、千尋は嬉しそうに頬を緩める。

「じつは、りこがお客さんとチェキを撮っているの見て、私も撮りたくなってね」

 その言い方は、いつも通り。

 あまりにも自然で、ただの思い付きみたいに口を開く。

「そうだったんですね、ご主人様。では、早速準備いたしますね」

 すぐに笑顔で返事をする。

 考えるよりも早く定型的な言葉を並べ、近くにいたメイドさんに声をかけ、撮影場所へと向かう。

「では、ご主人様。なにかご希望のポーズはございますか?」

 できるだけ平静を装って尋ねると、千尋は少しだけ考えるそぶりをしてみせる。

「うーん……なら、さっきやってたみたいにハートをお願いしようかな」

「かしこまりました」

 声を出して片手でハートを作ると、それに合わせるように千尋も反対の手を上げハートを作った。

 そのままふたりで近づいて、触れ合うギリギリの距離へ。

 触れそうで、触れられない距離。

 少し伸ばせば届く距離なのに、届くことは許されない。

 ──触れられない。

 この距離の理由はお店の決まりだからで、私に勇気がないとかそんなんじゃない。

 心の中で言い聞かせてみるけれど、すぐ隣にある体温を意識してしまうと──胸がドキンと大きく跳ねる。

「はい、それでは撮りますよー」

 メイドさんの声がかかる。

 すぐ傍から伝わってくる気配に引き寄せられるのをグッと堪えて、カメラを見ながら笑顔を作る。

 ──今は〝りこ〟でいないと。

 胸の奥で呟くのと同時に、シャッター音が大きく響く。

「ありがとうございました、ご主人様」

 ポーズを解いて一歩下がると、自然と空気が体の内側へと入り込む。

 それから少しして、現像されたチェキに私たちの姿が浮かび上がる。

「それではご主人様、なにかご希望のメッセージはございますか?」

 いつも通りの問いかけを口にする──はずなのに、今は少しだけ声が固い。

「じゃあ」

 千尋は軽く口を開いて。

「はい」

「千尋愛してる、でお願い」

「は?」

 思わず、素の声が漏れた。

 ──今なんて言った。

 耳の奥でその言葉が何度も反響する。

『千尋愛してる』

 そんな……。

 そんなこと言われたら……。

『私、唯恋のことが好き』

 どこからか湧き上がった言葉が頭まで昇り、体中に響き渡る。

 バイトに集中して、考えないようにしていたのに……。

 無理やり閉じ込めていたものがこじ開けられて、私は困惑することしかできなかった。

「ふふ」

 そんな私を見て、笑い声がすぐ傍からこぼれた。

「あははっ、唯恋固まりすぎだよ」

 顔を上げると目が合った、その千尋の表情──楽しそうな瞳とにやりと歪んだ口元──を今まで何度見てきたことか。

 ──こいつ、揶揄ってるな。

「もう!」

「あははっ、ごめんごめん」

 口元に手を当てながら軽い謝罪を口にする千尋は、一度息を吸い込んで優しく笑う。

「今日のりこ、ちょっと冷たいからさ、つい意地悪したくなっちゃってね」

 反省の色なんて全くないその顔に、たまらず溜息がこぼれる。

「はぁー、まったく……そうやって意地悪ばっかするから、ダメなんだよ……」

「え? なに?」

「なんでもない!」

 漏れ出た小さな呟きを、千尋は耳に手を当てて聞き返してくる。

 詳しく聞かれても困るので、大きな声で話を流す。

 …………。

「ねえ、千尋」

 ふと、頭にひとつの考えが浮かんだ。

 そんな訳ない、最低な考え。

 もしこの考えが当たっていたら、千尋は本当に最低なやつだ、と一蹴できたのかもしれない。

「この前の好きっていうのも、冗談じゃないよね」

 小さな声で不安げに告げられる問に、千尋はまっすぐとこちらを見て、

「もちろん。あれは本気。唯恋への気持ちに嘘なんてないよ」

 迷いなく言い切った。

「そ、そっか……や、それなら……いい……うん……」

 真剣な顔で純粋な好意を恥ずかしげもなく伝えられて、なんだかこっちが恥ずかしくなってきて、耐えきれずに視線を逸らした。

 そんな私を千尋が逃がしてくれるはずもなく、真剣な顔はどこへやら、表情をにやりと歪め口を開いた。

「え~、唯恋そんなこと思ってたの~? ひどいな~。私真剣だったのにな~」

「そ、そんなことない! 私も真剣なものなんだって思ってたし、どう答えようか真剣に考えてたんだから!」

 揶揄われてるとは知りながらスルーすることもできず、勢いのままに吐き出した言葉を聞いて、千尋は穏やかに笑った。

「そっか……なら、嬉しいよ」

 優しい笑みの中に、少しだけ鋭い眼差しを宿して。

「それで、答えは出た?」

「……」

 その質問に、思わず口を(つぐ)んでしまう。

 でも、なにも言えないわけじゃない。

 今なら、普段通り──とはいかないけれど、伝えることはできる。

「ううん。まだ」

 少しだけ視線が下がる。

「ごめんね。またせて」

「大丈夫だよ。唯恋が真剣に考えてくれてるなら、いくらでも待てる」

「そっか……」

 またしても、恥ずかしげもなくそんなことを言われて、じわりと頬が赤らんでいく。

「ありがとう」

「うん」

 小さな囁きも聞き逃さず、千尋は満足そうに頷いた。

 頷くだけでそれ以上に口を開くことはなく、沈黙がふたりを包んだ。

 心地いい静寂に身を預け、ゆったりとした時間が進んでいく──

「おふたりさん! 他の方もいるので、そこまでにしてもらってもいいですか?」

 こともなく、先輩メイドさんに肩を掴まれ、圧のある声でふたりの時間は容赦なく断ち切られた。

 その声に反応して、顔を上げ辺りを見渡せば──全員の視線がこちらに集まっている。

「ッ!」

 千尋の言葉よりも何倍も強烈な恥ずかしさが一気に襲ってきて、顔が一瞬で真っ赤になった。

 隣にいる千尋も、少しだけ頬を朱に染めていた。

「えっと……」

 必死に頭を回すけれど、この状況を解決する妙案なんて思いつくことはなく、

「とりあえず、席戻ろっか」

 逃げることを選ぶしかなかった。


   ***


「それで、メッセージはどうするの?」

 恥ずかしさを誤魔化すように明るい声を上げると、千尋は席に腰を下ろし考えるそぶりをする。

「千尋愛してる、で」

「だからそれは無し!」

 そう言うと、千尋は少しだけ残念そうに笑った。

「なら、りこのおまかせでおねがい」

 おまかせか……。

 また難しいことを言うな。

 ラブはさっき松下さんに書いたし、なにかほかの……。

 好きとか愛してるは、今の千尋に書きたくないし。

 ……まあ、これかな。

 すっと浮かんできた言葉をペン先でなぞる。

 ペンは止まることなくすらすらと動いて、ピンクのインクがチェキの上に乗っていく。

「はい」

 書き終えたチェキを差し出すと、千尋はそっと受け取って静かに目を落とした。

「…………」

 柔らかく目を細めて、

「ありがとう、か」

 小さく笑った。

「私こそありがとう」

 その声が耳に入るのとほぼ同時に、千尋は穏やかな視線を上げ、私を見つめた。

「すごく嬉しいよ」

 その言葉と一緒に向けられる表情は──いつもの意地悪なものとはまるで違っていて、喜びの色を一段と濃く滲ませた──とても綺麗な笑顔だった。

 思わず息をのみ、気づけば目が逸らせなくなっていた。

 そのまま、吸い込まれるように見つめ合い、ふたりは──

「ほら、りこちゃん。お呼びですよ」

 なにか起こることはなく、またしても先輩の声で我に返るのだった。


   ***


「ありがとう、りこちゃん」

「いえいえ」

 あの後、先輩には色々と注意を受けた。

「お客様の前で、あんな風にイチャイチャするのは禁止!」とか言われて、「イチャイチャじゃないです」と反論しても、まともに取り合ってもらえず

 結局、その後はなるべく千尋とは関わりすぎないようにしながらメイドとしてのお仕事に集中して、バイト終わりまであと三十分。

 今は松下さんのお会計をして、お見送りをするところだ。

「行ってらっしゃいませ、ご主人様♡」

 いつも通りかわいく笑い手を振れば、松下さんも手を振り返して扉を開け、店を出ていった。

「ふう」

 あと少し。

 気の緩んだ声をあいつが聞き逃すことはなく。

「りこ」

 振り返ると千尋が立っていた。

「私もお会計お願いしていい?」

「うん……あ」

 頷いてから、思い出して声が漏れる。

「私もうすぐでバイト終わりだから、もしよかったら一緒に帰んない?」

 私の声を聞いた千尋は残念そうな顔をして軽く首を横に振った。

「ごめん。今日は用事があるから、一緒に帰れそうにないんだ」

「そっか……」

 そう返した瞬間、自分でも驚いた。

 胸の奥が、不思議と重くなっていたのだ。

 用事があるなら仕方ない。

 そんなこと、わかっている。

 なのに──。

 なんでこんなに残念そうな声を出してるんだろう。

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