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かわいい子には地獄見せろ  作者: 鶴ヶ友護


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15/23

第15話 夏祭りに地獄はありますか?

 ──千尋のことは好きじゃない。

 昨夜出した答えを頭の中でなぞる。

 大丈夫。

 普通にしてればいい。

 それでいい。

 そう言い聞かせて、スマホの画面を見る。

 待ち合わせ時間までは、あと少し。

 駅前は人通りも多く、すでに祭りの気配でざわついていて、浴衣の人もちらほらいる。

 その中に紛れて私も佇む。

 淡いピンク色の浴衣。

 その中に小さな花を散らしたデザインにえんじ色の帯が、いつもより少しだけ大人っぽくしてくれている気がする。

 慣れない浴衣は少し動きにくくて、帯の締め付けも落ち着かない。

 なんとなく周囲を見渡していると、

「唯恋」

 聞き慣れた声がすぐ近くで落ちた。

 その声にビクリと肩を震わせ、振り返ると──

「……千尋」

 見慣れているはずの顔なのに、言葉が詰まる。

 時間が姿を消したように、呼吸すらその存在を忘れたような感覚が、ほんの一瞬訪れた。

 夜空に溶けるような深い黒色の浴衣。

 そこに輝く黄色の帯が満月のような存在感を放っていて、やけに目を引く。

 ──こんな色似合うんだ。

 そんなことを思いながら送る視線は、縫い留められたように動かず、ただ千尋の美しさを刻むことしかできなかった。

 普段よりも明るい色彩に目が離せなくなっていると、千尋はくすっと笑った。

「なにその反応」

 慌てて目を逸らしても、もう遅い。

 千尋が逃がしてくれるはずもなく、またいじられ──

「似合ってるね、浴衣」

 ることはなく、素直な感想を言うだけだった。

「ありがとう……」

 軽く返す。

 けれど、少しだけ胸の奥がくすぐったい。

 なんで。

 なんでいじってこないの。

 そんなこと考えていると、千尋は再び口を開く。

「そっちは」

「え?」

 短く発された言葉に疑問を浮かべると、千尋は少しだけ小さな声で言葉を続けた。

「そっちは、なにか言うことないの?」

 そう言われてハッとする。

「千尋も浴衣似合ってるよ。すごく綺麗で、思わず──」

 言いかけて止まる。

 見惚れていた、なんて言えるはずもない。

 固まってしまった私に、千尋は軽く首を傾げる。

「思わず?」

「ううん、なんでもない。とにかく綺麗で素敵だなって」

 手をブンブンと振りながら誤魔化すように言うと、千尋は笑って答えた。

「ありがとう。今日のために選んだから、唯恋にそう言ってもらって嬉しいよ」

 予想外の言葉と笑顔を向けられて、私の体は再び固まって声が出なくなってしまった。

「じゃあ、行こうか」

「……うん」

 千尋の声になんとか返事を絞り出す。

 並んで歩く。

 いつもと変わらない行動。

 そのはずなのに──。

 お祭りという特別な日だからか、隣にいるのがなんだか落ち着かない。


   ***


 ぎこちない空気のまま歩いていると、周りには様々な屋台がずらりと並んでいる。

 駅前で感じた以上の人混みで、その流れに混ざるようにして私達も屋台を見て回る。

「唯恋、なにか食べたいものある?」

「うーん……あ」

 千尋に尋ねられて周りを見回していると、一軒の屋台が目についた。

 小さな明かりに照らされたその屋台で、転がる小さなきつね色と立ち上る甘い香り。

「ベビーカステラ……」

 ぽつりと零れた声に千尋がこちらを見る。

「気になる?」

「うん」

「じゃあ、行こうか」

 千尋に促されて屋台へと足を向ける。

 屋台には思ったよりも人が並んでいて、列の最後尾に並びながらなんとなく前を向いていた。

 並んでも先程のぎこちない空気が解消されることはなく、どこか距離の測り方がわからなくなっていた。

 なにか話した方がいい気がする。

 それなのに、言葉が浮かばない……。

「……結構並んでるね」

 なんとか絞り出した声は、普段よりも少しだけ固く不自然なものだった。

「そうだね。人気なのかね?」

 千尋はいつも通りの調子で返してくる。

 そのなんでもない返事に、なんだか心が落ち着いて少しだけ肩の力が抜けた。

 前の人が受け取った袋から湯気がふわりと立ち上り、ぼんやりとそれを眺めていると、私達の順番が回ってきた。

「いらっしゃい!」

 店主から威勢のいい声が放たれる。

「どうする?」

「えっと……二十個入りのを」

「了解」

 短いやり取りの後、千尋が財布を出す。

「出すよ」

「別にいいよ。私が食べたいんだし」

「ううん。私も食べたいし、ここは出させて」

「でも……」

「なら、後でなんか奢ってよ」

 店の人を待たせるわけにもいかず、それ以上言い返すことができなかった。

「……わかった」

 小さく頷くと、千尋は満足そうに笑ってお金を払った。

 紙袋に入れられたベビーカステラを受け取ると、ほんのりと温かさが手に伝わってきて、思わず袋の中を覗き込んだ。

 その中から、ひとつ摘まみ上げる。

 丸くて艶のある表面をほどほどに眺め、口の中へと運ぶ。

「熱っ!」

 思ったよりもずっと熱くて、慌てて口を押える。

 数歩遅れて、隣から笑い声が聞こえた。

「ふふっ」

「笑わないでよ!」

 じんわりと熱が残る口元を気にしながら睨むと、千尋は楽しそうに目を細める。

「だって、子供みたいだったから」

「そんなことないし」

 言い返すと千尋はさらに楽しそうに笑った。

「ほら、ちゃんと冷まして食べなよ」

「わかってるし……」

 今度は慎重に、ふーっと息を吹きかけた。

 そうしてからゆっくりと口に入れると、優しい甘さがふんわりと広がった。

「おいしい……」

 思わず絶賛の言葉をこぼし、更にひとつ、ふたつと手を伸ばす。

 止まることを忘れて袋へと手を伸ばしていると、

「ねえ」

 隣から声をかけられた。

「一個ちょうだい」

「え?」

「まだ食べてない」

 言われて千尋の手元を見る。

 ……確かに!

 おいしさに夢中になって、千尋にあげることを忘れてた。

 そもそも、千尋がお金を出してくれたのに、私だけで楽しんでいたって……。

「どうぞ……」

 申し訳なさげに袋を差し出すと千尋がその中に手を入れ、ひとつ摘まみ上げ口元へと運ぶ。

「ありがとう」

 そう言って、ベビーカステラを食べると少し表情を緩めて、

「ん、おいしい……」

 小さく呟いた。

「でしょ」

 自信ありげに返すと千尋は楽しげに笑った。

「なんで、唯恋が自信満々なの」

「だって、私が見つけたお店だし」

 そう返すと千尋はさらに笑みを深めて、つられて私も笑みをこぼした。

 気がつけば、さっきまでの変な緊張は薄れていた。

 完全に消えたとは言えないけれど、息の詰まるようなぎこちなさはどこにもない。

 袋からベビーカステラをもうひとつ取り出す。

 軽く息を吹きかけて、口に入れる。

 優しい甘さが胸の奥にしみるように、じんわりと広がっていく。

「次はどうする?」

 千尋の声がさっきよりも近くで響く。

「そうだねー……」

 考えるそぶりをしながら、屋台へと視線を向ける。

 たこ焼き、お好み焼き、金魚すくい──色とりどりの屋台が並んでいて、どれも楽しそうに見える。

「あ、あれおいしそう」

 そう言って、右に歩き出したら──

 ドンと後ろから肩に強い衝撃が加わった。

「っ────」

 勢いに押され、体がぐらりと傾く。

 踏みとどまろうとするけれど、慣れない下駄で足元が上手く動かせない。

 このままじゃ、倒れ──

「危ない!」

 短い声と同時に腕を引かれた。

「……っ!」

 気づけばすぐ近くに引き寄せられていた。

 触れ合えるほどの近さに、思わず息を止める。

「ちゃんと前見てないと危ないよ」

 その距離のまま言われて、心臓が一気に跳ねた。

「見てたし……」

 反射的に言い返すけど、声がうまく出ない。

 視線を逸らそうとしても、外せない。

 さっきまで普通に話してたのに

 ──急に近すぎる距離。

「ほら」

 千尋は少し体を引いて、

「またぶつかったら危ないから」

 そう言うと、私の手を握って歩き始めた。

「ちょっと……」

「なに」

「離してよ」

 たまらず声を上げる。

「ダメ。危ないし」

 千尋は振り返り、私の目をしっかりと見つめる。

「それに、この人混みだと迷子になるかもしれない」

 その言葉が揶揄っているものだと、普段ならすぐに判断できる。

 前に迷子になったこと。

 それをいじっているのだと。

 でも今は、なぜだかその言葉に、私を笑うような意図はないのだと思った。

「…………」

 言葉を返すことはできず、指先の体温だけが私達の仲を取り持つものになっていた。

 ……なにこれ。

 ただ手を引かれているだけなのに、変に意識して……。

「唯恋」

 呼ばれる声に顔を上げると、千尋の顔はすぐ近くで、

「顔赤いよ」

 楽しそうに笑っていた。

「はっ⁉」

 こいつ……。

 親切心からの行動だと思ってたのに。

 優しいんだと思ってしまったのに。

 その笑顔。

 やっぱり揶揄ってるんじゃん!

「なってないし!」

「なってるよ」

「なってない!」

 強めに否定して、手を振り払う。

 そうすると、少しだけ距離ができて、ようやく呼吸がしやすくなった。

 千尋め、やっぱり私を揶揄って……。

 じゃあさっきのは、まんまと千尋の掌の上だったってことなの!

 ……ムカつく。

 そう思いながらも、さっきまでの感触が残っている気がして、手元に視線を落とす。

 なんだか……落ち着かない……。

 そんな不思議な感覚を振り払うように視線を上げ、人波に攫われるように並んで歩く。

 さっきまでと同じ、隣同士の距離で。

「そう言えば唯恋、さっき美味しそうって言ってたのいいの?」

「あ! 忘れてた……」

 千尋に言われて思いだした。

「ちなみに、なんだったの?」

「チョコバナナ」

 店先に並んでいたチョコバナナ。

 カラフルなトッピングが散りばめられていて、見た目もかわいくて、つい目が奪われた。

 なのに、さっきはそれどころじゃなくて、すっかり頭から抜け落ちていた。

「チョコバナナかー……まあ、またすぐ見つかるでしょ」

 軽く笑う千尋に、私も思わず笑って返す。

「確かに」

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