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かわいい子には地獄見せろ  作者: 鶴ヶ友護


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12/28

第12話 故にメイドは正義である

 みなさんは、〝かわいいお仕事〟と聞いて何を思い浮かべるだろうか。

 アイドル。大正解。

 モデル。大正解。

 でも、それらのお仕事は、私にはまだ少しだけハードルが高い。

 かわいさだけなら、私にも務まるんだけど──ちょっとだけ勇気が足りない。

 だから私は、その足りない勇気でも挑戦できる〝かわいいお仕事〟を選んだ。

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

 メイドである。

 ふわりと広がるスカートは膝上のミニ丈。

 そこから伸びる生足を包み込むニーソックス。

 かわいい衣装を身に纏い、超絶かわいい私。

 そんな私は、メイドカフェ《FANCY(ファンシー) PHOTOGRAPH(フォトグラフ)》にて、アルバイトをしている。

 働き始めた理由はもちろん、かわいい服を着れるから。

 そして、かわいい子がいっぱい居るから。

 今日が、アルバイト初日。

 人生初のアルバイトで、慣れないこともたくさんあるだろうけど──精一杯頑張ります!

 そう意気込んだのも束の間……。

「りこちゃん。これ、あそこのテーブルに運んで」

 先輩メイドさんに声をかけられた。

「はい!」

 私はそれに明るく返事をし、ドリンクの入ったグラスを受け取った。

 ちなみに、先ほど呼ばれていた『りこちゃん』とは、ここでの私の名前だ。

 我ながら安直すぎるかな……と思ったけど、かわいいからオールオッケー!

 グラスをトレーに乗せ、いざご主人様のもとへ。

 トレーを両手でしっかりと押さえて、慎重に……慎重に……。

 大丈夫、落ち着いてやればできる。

「こちら、ご注文のドリンクになります」

 あとは置くだけ──。

 そう思った瞬間、グラスの底がトレーに引っかかった。

「えっ?」

 困惑したときにはもう遅かった。

 グラスはそのまま傾き──ドリンクを盛大に溢した。

 テーブルの上に……そして、ご主人様にもかかってしまうほど派手に溢した。

「申し訳ございません!」

 ほとんど反射みたいに、勢いよく頭を下げた。

 やっちゃった。

 完全に失敗した。

 ご主人様に、思い切り失礼なことを……。

「大丈夫ですよ」

 おそるおそる顔を上げると、ご主人様は笑って許してくれた。

「う、うう……ありがとうございます」

 優しすぎる気遣いに逆に申し訳なく思い、感謝の言葉を伝えていると、近くにいた先輩メイドさんがこちらに駆け寄ってくる。

「ご主人様、申し訳ありません。お体を拭くもの、すぐにお持ちします。りこちゃん、お願いできる?」

「はい!」

 フォローを入れてくれた先輩に内心で全力の感謝をしつつ、この失敗を挽回しようと、気合を入れ、勢いよく振り返って──

「あ」

 こけた。

 なにもないところで躓いて、そのまま床に叩きつけられた。

「うぎゃ」

 間の抜けた声を漏らし、打った鼻をさする。

 ……うそでしょ。

 店内の空気が止まったように静かになり、周囲の視線が集まってくる。

 ……終わった。

「りこちゃん、大丈夫?」

 頭上から、少しだけ困ったような声が落ちてきた。

 先輩だ。

「だ、大丈夫です……!」

 明るく答えて、すぐに立ち上がろうとして──よろける。

 あ、大丈夫じゃないかもしれない。

「もう、ドジさんなんだから。無理しないで、落ち着いてね」

「はい……」

 優しく言ってくれる先輩に、心苦しさと恥ずかしさが一気に押し寄せてきて、顔がじわじわと熱くなる。

 床を見たまま、小さく息を吐いた。

 ……もしかして、向いてないのかな。

 そんな弱音が頭をよぎるけど、すぐに気持ちを切り換える。

 初めてなんだ、失敗するのなんて当たり前のことだ。

 これくらいの失敗で落ち込んでないで、もっと頑張らないと。

 頬を叩いて、顔を上げる。

「よし!」

 気合を入れ、もう一度まっすぐ背筋を伸ばした。


   ***


 そこから少しして、失敗もあまりしなくなった頃──

 カラン。

 入口のベルが軽やかな音を鳴らした。

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

 音に反応して、覚えた言葉を口にする。

 視線を向け、ご主人様と目が合った瞬間──時間の流れが遅くなった。

 ぼんやりと時が進む空間で、彼女の姿だけがはっきりと映る。

 吸い込まれそうな瞳に筋の通った綺麗な鼻、上品な色味の口元は少しだけ口角が上がって、美しいという言葉が世界で一番似合う顔──見慣れた顔が突然現れた。

「……千尋?」

 どうしてここに、という疑問が浮かぶよりも先に、小さな声がぽつりと零れた。

 その声に反応するように、千尋は少しだけ首を傾けて、軽く笑った。

「びっくりした?」

 いつもと同じ、余裕のある表情が私の言葉を詰まらせる。

「な、なんでここに……」

「普通にお客さんとして来ただけだけど?」

 当然みたいに返されるけど、そんなことで納得できるはずがない。

「いや、そうじゃなくて……」

 困惑し固まっていると、千尋がこちらに一歩近づいてきた。

「とりあえず、席に案内してもらってもいい?」

「か、かしこまりました……ご主人様……」

 初めてのアルバイトで緊張したり、失敗で落ち込んだりはあった。

 でも、今はそんなもの全部吹き飛んだ。

 さっきまでとは別の意味で落ち着かない。

「ふふ……」

 小さな笑い声が、近くで響いた。

「唯恋、緊張してるのかわいいね」

「うるさい!」

 そんなふうに揶揄ってくる千尋につい声が大きくなり、ハッとする。

 今のは、完全にメイドの態度ではなかった。

 チラリと周りを見ると、視線がこちらに向けられている。

 先輩も、「お客様にそんなこと言うんじゃない」と言っているような目でこちらを見ている。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 空気を換えるように、かわいげに口を開く。

 千尋はメニューを見て、少し考えるような仕草をしてから、ゆっくりと口を開いた。

「唯恋のおすすめ、教えてよ」

「え、えっと……これとか、おすすめですよ」

 メニューを横から覗き込み、人気ナンバーワンと書かれている商品を指で示すと、千尋は静かに頷いた。

「じゃあ、それお願い」

「はい。かしこまりました」

 軽く頭を下げ、キッチンへと向かった。

「りこちゃん、ちょっといい?」

 キッチンで注文を伝え終えたところで、先輩に呼び止められた。

「はい」

「あの人、りこちゃんの知り合い?」

 先輩が指さす方向に視線を向けると、こちらを見つめる千尋と目が合った。

 千尋は、気づいた途端に嬉しそうに笑って手を振ってくる。

「はい。そうです」

「なら、ちょっと注意しないとだね」

 振られた手をスルーして返事をすると、先輩の声のトーンがわずかに引き締まった。

「まず、あなたの名前は〝りこちゃん〟です。本名で呼ばせるのはダメ」

 先輩はそう言って、胸の前で両手の人差し指をクロスさせ、小さくバツマークを作った。

「次に、知り合いだからって距離を詰め過ぎないこと。他のお客さんもいるんだから、ちゃんと平等にね」

「はい!」

 明るく返事をすると、先輩は少し表情を緩めた。

「それから、女性のお客様はご主人様じゃなくて、〝お嬢様〟ね!」

 決めポーズのように、ピッと指を向けられる。

「わかった?」

「はい!」

 そうこうしていると、料理ができたようでキッチンの人から声をかけられた。

「それじゃあ、今言ったことちゃんと意識してね」

「はい。ありがとうございます」

 しっかり頭を下げると、先輩は笑ってご主人様の元へと行ってしまった。

 ──がんばるぞ!

 料理を受け取ってから、先輩に言われたことを頭の中で復唱し、千尋の元へ向かう。

「おまたせしました」

 千尋の傍まで行き、柔らかく笑ってから運んできた料理をテーブルの上に置く。

「こちら、メイドさんの愛情たっぷりオムライスです」

 テーブルの上に置かれたそれは、ふわりと丸く整った形で、優しい色をしている。

「では、こちらにお絵かきさせていただきますね」

 そう言って、トレーに乗っていたケチャップボトルを手に取り、軽く構える。

「なにかリクエストはございますか?」

 軽く首を傾げて尋ねると、千尋は楽しそうに目を細めた。

「なら、唯恋の好きなウサギをお願いしようかな」

「ご主人様」

 私は笑いながら、一歩距離を詰め、そっと耳元に口を近づけた。

「ここでは、りこって呼んでよね」

 息がかかるくらいの距離で静かに囁くと、千尋の体がわずかに震えた。

「わかった……」

 短くそう言うと、千尋は黙って動かなくなってしまった。

「えっと、ウサギでしたね。それでは描かせていただきますね」

 そっと身を引いて距離を戻し、一拍置いてから、何事もなかったみたいに明るい声を出した。

 ケチャップボトルを軽く握り直し、オムライスの表面にそっと先端を近づける。

 まん丸の顔に長い耳、小さな瞳と柔らかな口元。

 ──こんな感じだったよね。

 記憶をなぞるように線を重ねていく。

 最後に、ちょんと鼻を添えて。

「できました!」

 顔を上げて、全体を見る。

 丸みを帯びた、小さなウサギ。

 自分で言うのもなんだけど、結構うまく描けた気がする。

「かわいいね」

 千尋はそれを見て、柔らかく微笑んだ。

 しばらく、そのままウサギを眺めてから、ゆっくりと視線をこちらに移す。

「初めてのアルバイトって聞いてたから、ちょっと心配してたんだけど……ちゃんとやれてるみたいで安心したよ」

 千尋らしくない、柔らかな声。

 聞き慣れない声がなんだか落ち着かなくて、思わず視線を逸らす。

「なにそれ……」

 素直になれずに小さくそう返す。

「ん?」

 そんな時、ふと先ほどの千尋の言葉が引っ掛かった。

「……バイトのこと、聞いたって……誰から聞いたの?」

 ほんの少しだけ声の温度が下がる。

 それも当然だ。

 バイトのことを、だれかに話した覚えがない。

 千尋にも話してないし、他のだれにも──

「りこのお母さんから聞いた」

「……は?」

 遅れて口が動く。

「お母さん?」

「うん。りこの家行ったら、『今日バイトなんだー』って、嬉しそうに話してくれた」

「ちょっと待って」

 思わず話を遮った。

 嫌な予感しかしない。

 お母さん、絶対いらないことまで話してるでしょ……。

「……なに話したの?」

 おそるおそる聞いてみると、千尋は少しだけ思い出す素振りをして。

「『うちの子、初めてのバイトで緊張してて~』とか」

「やめて」

 食い気味に止めるけど、もう遅い。

「『ちゃんとできるか心配で~』とかも言ってたかな」

「やめてって言ってるでしょ!」

 思わず声が大きくなった。

「はっ!」

 叫び終えてから気づいた。

 今の……。

 周りを見てみると、何人かこちらを見ている。

 その視線にいたたまれなくなって、逃げるみたいに顔を伏せた。

 すると、千尋はそんな私を見て、くすっと笑った。

「いいじゃん」

「よくない!」

「愛されてる証拠でしょ」

「それを千尋に共有されるのが嫌なの!」

 言い返しながら、じわじわと顔が熱くなっていく。

 本当に最悪。

 お母さんめ……。

 私のこと、べらべらと……。

 これじゃあ、千尋になにを知られてるかわかったもんじゃない。

「ご主人様、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 誤魔化すようにそう言って、振り返ろうとしたその時。

「りこちゃん」

 少しだけ圧のこもった声が背中に落ちてきた。

「は、はい」

 反射的に、息が詰まったような声が出た。

 けれど先輩は、すぐにいつもみたいな優しい声へと戻って。

「さっき言ったこと、覚えてる?」

 その言葉を聞いて、一瞬遅れて思い出した。

「はい」

 返事をし、千尋の方へと向き直る。

「以上でよろしいでしょうか、お嬢様」

 言い終えた途端、千尋は目を見開いて、

「お嬢様?」

 そのままじっとこちらを見つめて、言葉をなぞるように口を開いた。

「それなに? お嬢様って?」

「えっと、男性のお客様をご主人様、女性のお客様をお嬢様とお呼びしております」

 左後ろから先輩の気配を感じながら、できるだけ丁寧に説明する。

 千尋はそれを聞いて、少しだけ眉を寄せると、

「私、ご主人様がいいんだけど」

 意味のわからないことを言い出した。

「りこに呼ばれるなら、お嬢様よりご主人様の方がいいんだけど。ダメ?」

 などと意味のわからない言葉を続けながら、わざとらしく首を傾げる。

「うう……」

 思わず小さく唸る。

 困惑を押し込みながら、表情に出さないように気をつけて、先輩の方へそっと視線を送る。

 すると、その意図を汲んでくれたのか、先輩はすぐにこちらへと歩み寄ってきた。

「構いませんよ。お客様が望まれるのであれば、今後はご主人様とお呼びいたします」

 先輩が穏やかに微笑んでそう言うと、千尋の顔がわかりやすく明るくなった。

「ありがとうございます。それじゃあ、りこ。お願いしてもいいかな?」

 楽しそうな表情の中に少しだけ歪な気配が混ざったものが、私を見つめる。

 ……キモ。

 思わず、心の奥で吐き捨ててしまった。

 でも、そう思わずにはいられないセリフと顔だった。

 他の人にはわからないかもしれないけど、私にはわかる。

 ──こいつ、絶対変なこと考えてる。

 下心の透けた千尋に対して、言い返してやりたい。

 けれど──今は仕事中。

 その衝動を、ぐっと飲み込む。

「かしこまりました。ご主人様」

 私がそう言うと、千尋は満足そうに笑った。

 その笑みを無視して、私は次の仕事へと足を向ける──んだけど。

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