襲来、奇人隊三人衆
互いに互いの協定を違反した十大財閥が二つ、みざくろ製薬と村正重工。
双方は、己の非を認める事で相手が強まる事を恐れ合い、相手を悪とした主張を譲らず、遂に決戦に至った。
ポリス壁外地、全財閥の管轄外にて行われる、表沙汰には生じた事になっていない戦争。
主人公イロハは、みざくろ製薬の畏能保有者として戦線を駆ける――。
またひとつ。鉄屑は瞬いて消え墜ち。
その潰した眼下へ飛び出し、白い体躯が疾走を始めた。
「コクマ。次がノルマ最後、いくよ」
『ひ。ひ……ッ、いけましゅ。ついていきますぅ、もうマジ、死にたくな……ッ』
もはや、隠れる必要などない。
前線の列を成していた軍団、最前線の表層部分の眼は全て打ち落とされた。
崩壊して生じた偏りの脇道を縫って、量の足は阻まれる事無く、快適に突き進む。
(ぶっちゃけ、多少は見られたハズだけどしょうがないよな。さっさと終わらせて、帰らないと)
というか、必要があろうと隠れられないのだ。
だだっ広い平地なのだから、最初からそう隠れ忍べるワケがない。
となれば誘導されるまでもなく、イロハは前進し、奧に群が控えているだろう懐に向かう他になかった。
血液消費は今のところ全体の八%。ならば、問題ないリスクだと判断し――。
「――!」
『あれっ。どうしたんだい、イロハちゃ――』
「コクマ。タマは、まだみっつあったよね」
『――えっ。ちょ、まさか。待ってタンマ、勘弁して下さい! お願いします、せめてひと思いに一度で――』
命乞い空しく。
イロハは何を見たのか、同じ視野を共有したハズのコクマさえ知るよしもなく。
「――ッ!」
『――うァああああああなんでええええぇ――っ!!』
取り出される雪玉めいた肉塊に血が通され、全速力でいた素足は半ば掴む形で地を踏み。
肩から、過程の肘さえ耐えかねない、全ての勢いを献上されたソレが細く大気を裂いた。
よりにもよって、繰り出されたのは最高記録。
弧を描く間もなく一直線に、遠くの岩盤を撃ち抜いて。
「な――ッ」
その影に潜んでいた、確かな気配が、息を呑んだ音を聞き取る。
肉塊から伝わる音の波。
そいつを穿てと、主人は遠隔に行動を命じ――。
「ヒトかぁ。じゃあ【控えめ】に、【抉糸房】――」
「――矯源乖域!」
――。
座標を。
今その音が、どこにあって、どこを飛んでいたかさえ見失う。
「……。はぁ、メンドーだなぁ。コクマ?」
『う、うぅ……爆発……しない、あれっ。どこぉ。もしかしてスデにここは黄泉の国?』
「ちがう。ここ、ちゃんと方向わかる?」
『え、いやそんなの分かるに決まっ……あれぇ?』
瞬時に治った右手で、だめだこりゃとフード越しに頭を搔いた。ハズである。
本当にそれが右だったかどうか。少なくとも、目と耳では確かめられそうにない。
唯一、確かなのは。
「相手に畏能で庇われた――ひとりじゃない上に正面で戦わないとか。いいシュミしてるよね」
これは中々。厄介なのと行き合ったらしいという現状だ。
――畏能、『亜種錯成』。
そのアウトプットが敷かれた空間は、知的生物の受け取る感覚を絶えず屈折させる機能を持つ。
本来五感全てに働きかける事も可能な畏能だが、仲間を庇わんとした主人により今現在、視覚と聴覚にのみ集中。
結果――実際にそれは、イロハの感覚を欺く程の効果を発揮するに至った。
「おい、おいハルキ応答しろ! 無事だよな、おい!」
『――な、なんとかな……たぶん。なにも浴びていないはずだ』
しかしながら。イヤホンというゼロ距離で音量を最大にすれば、辛うじて遠隔の通信音声は拾えるワケで。
ヘルメットの中、壮絶なノイズの最中に仲間の声を見出し、漸く弛緩。
同時、改めて行動の実施を呼びかける。
「よかった……まだいけるな。目をつぶって後方へ待避しろ、これじゃ武器がすぐ消える。範囲外へ待避完了次第狙撃だ――ここで対象を殲滅する!」
『アイサー。異論なしだ。とてもあんなのは回収できっこない』
『矯源乖域』は、畏能を体の外へ追い出す程の最大出力の発揮。
それ故、発動者のみは畏能の効果を享受できない。
ここにおいて、そうも有利に働く条件はないだろう。
立ち上がり、自分と同じ土色の迷彩服が匍匐前進で引く様子。
崩れた土砂から這い出る様を遠目に眺めながらも、思わずにいられない――ついでに。
『うわぁ! タクトぉ、見えないよ〜! 見えてるけど万華鏡みたくなって、見えな、あだばっ!』
などと。
視点やら何やら変わり続ける視野の中、左右を見失い転げまわるソイツにも。
「ちょっ、大丈夫だって『ブロウゾーブ』。だってお前元々、そのスーツじゃロクに見えてねーだろ!?」
着膨れ、という言葉があるが、ありゃその最たるモノだろう。
スーツ名が体を表す通り。半透明な大きいボールの中に人が入り、共々転げ回るというアレに近い。
中身はこちらからでも見えないのだから、無論視野は最悪なのであろう。
『――あっ。そうか、そだね。そーだった』
めちゃくちゃ必死に身を捩っていたが、それは雨にうたれた虫のようにすんなりと落ち着く。
宇宙飛行士もかくや、という程に白く膨れた衣服はもはや関節を動かす余地もなく、内側からくぐもった声を発する謎の大玉にしか見えない絵面。
「ソイツは防御特化の特殊設計なんだ。オレが誘い込むから作戦通り、そこらじゅうをテキトーにぐるぐる回っててくれりゃいい、頼むぜー!」
『わっ、わかった! やる、やって、くる〜』
巨大質量で在りながら。
大玉は快調な滑り出しで、緊張感皆無に、ほぼ無音に転がって前進を開始する――蒸発反応のせいだろう。
高出力高濃度の畏能を受ける表面から、構造と組織を維持できずに崩壊し、溶け落ちた分だけ摩擦なく。
起き去られた彼は、鋭い吐息で視野の結露を眺めて腰を落とす。
「……向こうは漏出がなかった。のに初手からハルキを正確に見つけているって――対畏能持ちぶっころマシーンとか言われた方が説得力あるぞ」
もはや。こうなると、相手が畏能保有者かもわからない。
溜息と共に、本来の趣旨を確かめる。
畏取だった場合は同業者なのだから、可能な限り殺すのを避け、可能であれば回収との事だが。
「そもそも、殺させてくれるのかよ。あれ」
なんにせよ、試すほかにあるまい。
最大出力の空間偽装はそう長く持たない。少なくとも、三分以内でカタをつけねば、とギリギリと軋む頭蓋を聞いて結論付ける。
――『むらまさ重工』の『奇人対』。これは、その精鋭たる彼等にこそ任された討伐だ。
「コクマ。これ管制室じゃ、どのくらい広がって見える?」
『半径三百メートル、ドーム型だ。この濃度の割にすごい範囲を両立させてるね。これじゃ敵陣じゃなくても何のカメラにも映らない』
「……えっと。それってヤバいの?」
目を閉じ、ロクに聞き取れない耳に代わり、脳内に直接語る声と対話を交わす。
さっきから全神経に血を注いでいたが、どうやっても感覚が定まっちゃくれない。
しかも、イロハにとって十秒未満で踏破できる距離だが――そこまで出力を保ったまま、畏能を届かせるというのは。
『激ヤバだよ、余裕のステージ3、レッドの人員の平均以上。攻撃機能のない畏能を、更に感覚ふたつに絞って何とか実現している。オマケに、瞬間的発動じゃなく持続するだなんて……!』
「ねぇ。これもしかして見たことないヤツ?」
『ないね、ボクが知らないヒトである以上、前例ナシと見ていい』
ムダに説得力の有り余る断言を受け、漸くイロハは事態を重く見る。
道中どれだけ、幾つもの熱烈レクチャーを受けてきたことか。
――この空間においては、飛ばした畏能の綱を持ち続けるのが難しいのは実証済み。
その上、範囲は最長に近いとのインチキぶり。
生き証人になれるのはイロハだけに違いない――となれば。
「ヒント無しで、皆が喰らったら危ない……」
『管制官から連絡を貰った。まずは脱出。あとで情報あったら伝えてくれって。ボクは応援を要請する、その間、やりかたは任せるよ』
「わかった。なるべく寄り道はしないよ」
まぁ、そうなるよな。
思わず嘆息が漏れた。
いや、やる気はある。この身をより役立てる時だ、と高揚さえしている。
だが目も耳もなしに、何を拾えというのか――なんて途方に暮れていたら。
「――、へぇ」
刹那。
硬いもの同士がぶち当たる甲高い爆音。
広げて翳される掌のなか、綱引きに負けて収まった衝撃――細長く小さな弾を、片手間に転がして確かめる。
このなかで眉間を狙ってくるとは。もうちょっとさっきみたく、殺意を飛ばしてくれてもいいものを。
(まぁ、そうか。肌感覚ってのも、捨てたもんじゃないんだな)
――。
これは、幸先が良いものを拾った。
畏能が籠もった銃弾とは。アウトプット――否。それとも違う。
スイッチを切られるみたく、機能として効果が終了したのを感じ取る。
内側には焼け落ちたような熱がある。
なにより漏出の『あそび』が一定で単調すぎた。
……向こうは、畏能を機械の一部に組み込むのが当たり前なのだろうか。
「どうせ逃げるなら、景色見てからにしようか」
次は鬼が出るか蛇が出るか。
どうにも、散策というのはワクワクさせられる。
しかしながら仕事だ。安全策を敷くとしよう。
そう、手探りで背のバックに銃弾を突っ込んで、代わりに取り出した肉塊を手に、血を通す。
ただ、液体として。
それを吸い込んだスポンジを、
「そう、れっ!」
真上に打ち上げた。
より確実に、使い始めた腕でなく爪先で蹴り上げる形。
風の影響までは計れないが、体感としては寸分なく、垂直直上の射出が完了。
――これで最悪、また血に引き上げて貰うというプランも使えよう。
そうして、上げた片足を再び地に戻し、
「さすがに、見えない場所を全力疾走とか怖すぎだしな――ぉ?」
すかっ。
と、両脚共に、なにやら地面を見失ったのに気付く。
触覚は健在、その上で、畏能の予兆なく足元をすくわれた。
いいや、というか初めから仕込んでいたという事か。
――極めて瞬間的ながら、土砂の飛沫と熱を足裏に感じ取っていた。
「ったく、いらんもんを置きなさ、るっと」
低体重故、ノーダメにせよ吹っ飛びはする。
反省しつつも中空、上下不能ながらも身を捻る。ここにおいても力学は正常だ。
大気を裂いて迫っていた小粒の一線からさらっと逃れ、重力に引かれそうになフードを抑えて見出した重力の先、楽々と着地。
三半規管が怪しいというのは不安だったが。
よしよし。やはり腕なんぞより、両の足の方が多くを拾えるらしい。
今だって、この通り。
本当にごくごく小さな、何かが転がる感覚も手に取って分か――、
「――。うん?」
――。
ちょっと待った、なんだそれ。
と、その奇妙なものを前に、反射的に目を開いていた。
そして気付く。
ゼロ距離の音を聞き取れはする。ならば、視覚においてもそうなのだ。
故に、眼前のモノに。
見上げすぎて尻餅をつく、という小児めいた事になった己の身も。
死守したハズが後ろに、肩にもかからず垂れたフードとジャケットも。
徐々に迫る、『予想外』をも見て取れた。
「……え……、っと。え」
ごとごと。わずかに、腰へと地面の震えが伝うなかのフリーズ。
行動の手前、認識して滞る判断を、総動員した理屈で推し進めんと測る。
――恐らくソレは、通りすがりに垣間見た戦隊っぽい奴等と同じ理論。
最も自分の体に近い物質である、衣服にアウトプットする事で、可能な限り最大出力で畏能を行使するという手法に違いない。
だから、そこは旧知だ。では予想外だったのは。
「――ぐるぐる、まきこむ、やッて、くる〜」
――ものすごい蒸気を発しながら、影を敷く、自分の身の丈の数倍はある半透明の。
なんか、でっけータマが迫って来るよオ~!?
という、低身長の身としては、見るもビックリなド迫力衝撃映像で。
「あ、なッ」
結構ビックリしてたイロハ。あまりの絵面を前に右脚で蹴り出すも僅かな脚力差により、左足の跳躍が遅れた。
身を捻り後方へ、起こした下半身を運び身を丸めて一回転、頭から抜けようとしたものの。
悲しきかな。体の末端。
最も遅れてるのは、どうやっても足先というもので。
(――あれぇ。これ、やば)
がくっ、と。
勢いが重みに負ける。
左足から巻き込まれ、動作過程にあった体制が崩れ、後頭部を打って火花を幻視。
文字通りに足を引っ張られて倒される。
(あぁ、本当。楽に帰らせちゃくれないか)
などと。ダメージらしいダメージがない現状故、そうとしか感じなかったワケだが。
彼女はここから、余裕ぶれない事態に陥る事となる――。




