いつまでも絶えることなく・下
「――いやはや。あの江口クンがあれほどの事を、我々の目につかぬ場所でやっていとは」
「まったくであります。たまたま、ヤツの単独犯だったからよかったものの」
みざくろガーデンタワービル。最上階たる二十階、議会室。
グループを構成する全十六社のうち、予定の合ったのは僅かに四つ。
この情勢だ。まだよく集まったという所だろう。
「それに以前の、壁外の研究所での一件。あの監督不足も、まさかやっていたものとは」
「人の畏能は研究できない。加えて、新たなエネルギー源となりうる熱源を逃がしたなど。これは我がポリスはおろか、人類単位の損失でありましょう――嘆かわしい。余りにも嘆かわしい」
社の円卓を囲み、各社が自身のエンブレムを背に飾って座し、そう揃って言うばかりの小皺の浮かんだ面々。
その空間における例外は片手で数えるほど。
中心を刳り貫かれた石造りの円の外、数段下から壇上を見上げる形で佇んだ、黒いスーツの男と、車椅子に座した少女。そして、
「――しかし。よくやってくれた、ソメイ君。キミの働きによって、そんな不利益の大元は排斥された。下笮の名も、またひとつ上がりましたな」
もうひとつ。最大の例外。
沈黙に徹する円卓の最奥という最上点。
その者に、誰も口を挟みはしない。何も触れる事はない。
既に、養分など殆ど残っては居ない。
岩肌の様に枯れた、小じわの浮かぶ肌。
机に置かれた両腕は幹と脈そのものに等しく、腰はそこに根ざしたかのように、力なく背もたれに身を預ける。
その支えによって漸く存在せしめる、着物を着せられた彼――それがソメイという少女の、祖父でなく肉親であると。
その場の全員が承知しながら、あり得ない年齢の差を前にしながらも、踏み込む事なく。
「彼の保有していた株式や利権、失脚によって浮いた権威は、君に与える事が決定されました」
「――くれぐれも、グループの利益の為の働きを期待しますよ」
「はいっ、ありがとうございます」
極めて、屈託ない笑顔の交換。
下があり、上があり。方や深く頭を下げ、方や見下ろす。
天は人の上に人を作らず。人が人の下に人を成す。
これ以上なく明確で無駄のない関係の、澱みのない進行。
それを良しとし、後押すかのように、
「……以上を以て、議論を終了とする」
己が人間であるのを思い出したか。
この街で最も高い場に座す彼は初めて口を開く。
自分の娘の処遇を問う答弁を交わす場だというのに、それには一目もくれる事はなく――否。
「それでは――赤き霊長たる社会の為に」
見てはいる。目を向ける、というのを見るというならば、それだけはしていた。
しかし、まるでどこか遠くを見ているような。異なる視点に座したかのような。
――なんにせよ。
その唯一生き生きと光る瞳の先に、他の誰もの想いは介在できるか否か。問われるまでもない事だけは確かであろう。
「ふぃ――。疲れた、疲れたぁ。やっぱカッチリした格好はどーもムリねぇ、俺――おわっ!」
二等市民区、センタービル。
一等市民区の超高層タワービルよりは背の低いそこの、上から二番目ほどの上階の一室。
そのデスクに思い切り足を投げ、入りざまに襟元を緩めてのびをした中年男性が、そのまま踏ん張れもせずにズリ落ちて落下する。
慌てて、腰掛けの上で上体を起こす無精髭の天パ面。
「ちょ、どーしたよ嬢ちゃんマジになって。珍しいなんてレベルじゃねぇぜ。モノに当たるとか」
「……っ」
眼前。小さな掌は、閉じられた扉に握り拳を叩き付けていた。
――文字通り、ただの手と解ったのはホッとした。
これで、何か機械入りの手だったなら間違いなく、事はそれに留まらない。
いやしかし。
だからといって全く、良い場面とは言いがたいようで。
「単独犯で。目もつかないところだった、と。仮にも第三市民区代表者に対して……」
「――言い訳にすらなっちゃいないってんですよ。ねぇ? 自分らの監督不行きを自白しているだけじゃあないですか――ねェ」
うっへぇ。と、思わず釣られて、引きつられてアクタも笑い返す。
頬に赤く張れた手を当て、耳も真っ赤にして笑う、自分より年下の可憐なるご主人サマ。
――どー見てもブチ切れている。かつて無いほどだ。
てっきり普段通り、不機嫌になると黙り込んで拗ねるタイプと見ていたが、こんな面は初めてお目に掛かる。
しかしながら。
だからといって。
こちらまで態度を変える道理はあるまい。
「うぅん、そう聞かれてもねェ~。俺っちには、何が悪いかわかんねぇのよね?」
「――三等市民区代表の座は譲渡された。やつの単独犯という事にして報道。引き換えに事件の被害者を保護するという取引も今さっき可決された――国家単位の後押しだ。一人の悪役と、それを解決に導いたアンタは新代表として歓迎されるだろう」
「サボり交じりとは言え、俺が二等市民区副代表を預かり受けるまででも十七年。それが一瞬にして、しかも初となる未成年の代表だ……間違いなく。人生最大であろうアガリだぜ、これは」
――ここ。笑うところだぜ?
そう。ギシギシと苦しむ背もたれに似た、自虐交じりの笑声を鳴らす。おかしくてたまらないと、実に俯瞰した視点に座した回答。
身近な協力者の割に、寄り添う気は皆無に等しく。
実際。真面目に取り合う気などさらさら無い。
その結果、
「――それは、本当によいことですか」
「……」
「どんな事も、正解を導くのは簡単ではないハズです。でも。ダメなものはダメでしかないでしょう――そんな簡単な事に、これだけの人が居て、こうも積まれた財産と時間があって、どうして皆気付かぬフリを続けられるんですか!」
恥か怒りか。少女の赤は顔にまで昇り、決壊を見た。
お上品に澄ました装いの、首から下と上との温度差たるや目に見えて凄まじい。
――あーあ。ほんとマジになっちゃって。馬子にも衣装というのに、それさえ成立しない程とは。
「こんな立場なんて。これだけやったんだから黙っていろだなんて、そんな。……っ」
溜め込んでいた分だけ、崩れた殻は留めを知らない。
怒声に嗚咽が交じり、涙と諸々と、統制不能となった液体が、項垂れた薄桃色の髪の下を汚す。
凡そ、華やいだ名を持つ者には見えぬ枝垂れ具合。
「おお、おお。すまね、確かにからかいすぎたかもな。いやぁ素晴らしいよ。嬢ちゃんは大層、綺麗な心をお持ちらしい」
「――っ、貴方は!」
濡れた瞳は鋭く向く。切るような息が熱になり、らしくもなく上からハンカチを渡した手にあたる。
あわや、こちらにまで凶暴性が向きかねない勢い。
心にもない謝罪では足りないと見える――これは困った。割と真剣に。癇癪持ちの子供対応なんざ、職業柄学べるものでもない。
よってここはひとつ。
大人の対応というベクトルで鎮火を測る事とした。
「ところでアンタ。ニュースを見たかい」
「――つい先日。嬢ちゃんのとっ捕まえたヤツは、獄中で『不審死』したんだとよ☆」
「……、ぇ――」
露骨な、しかし強烈な話題反らし。ある種、この保険ありきにからかっていたのか。
心底楽しげなカミングアウトは。
鎮火どころか、喉を引きつらせたまである盛大な冷や水であった。
またひとつ。生じた『間違い』に対して浮かんだのは『是正』などでなく、顎を手に引かれて上げられた顔にあったのは――恐怖の色で。
それによって、色んな液体に塗れて、感情に濡れた瞳は理性と理解を得る。
「まあアレだな。ここで獄中と言えば、壁隔ててすぐ外にある拘置所なワケだが。連れてかれた翌日の夜には、もうやられちまってたんだと」
そう、なにせ。原因不明、と世の中で切り捨てられる暗殺手段といえばひとつのみ。
科学探究不可侵の、畏能による殺害だ。
「おやっ、どうしたよ。まさか、犠牲にするなら自分からとか言っといて、自分は安全圏に居るとでも思ってたんじゃないよな」
「――、っ」
腰を落とす。桜を見上げる。
咲いていずとも毛虫は湧く。
そういう現実を、ひとつずつ押し重ねる。
厳しい事実を、しかし自分にとっては気楽な事だと見せつけて、
理性か感情か、色濃く宿る相貌に訴える。
「いいか。アンタが獲得したもうひとつの手札――ー『雇用名簿』だが。ソイツは強力すぎる切り札だ。なにせ、あれには有力者の名前しかなかった」
「これを是正しようというのはいい。募金にチャリティ、大いに結構。だがよ、そりゃ自分を立たせるカネと権力と、それを守り切れる算段あってこそだろう」
「他人に正しさを敷くも、悪きを働くも娯楽であるべきだ。自分が安定した椅子に座った上で初めてできる――今現状で、自分の椅子を危険に晒した上で崩される事なく、やっこさん方を堕とせると思うか?」
アクタは、優しさなど提供するつもりなど微塵もない。
それが現状だからだ。選べる選択肢は限られている。
故に、冷淡さと厳しさを以て礼とする。
「まずは土台固めだろ。気にくわない後釜にせよ座っておけよ」
「――少なくとも。俺みたいな快楽主義者なんかよりイイもん選べなきゃあな?」
「……」
またあの雪ん子ちゃんに言われちまうぜ。
と、言外に意趣返しするオマケ付き。
少女は、歯を噛んで堪えていた。
それだけで必死らしく。仕方ない、と苦笑する男が布をあてがう。
女の善し悪しは知らないが、マイナスをゼロにする程度の仕事はできる。
その過程。その顔は衝動に任せる事を拒んで、達成する為の一過程であると理論立て、殻を取り繕う。
決壊は致命的にならずに済んだからか、急ピッチのリペアは思いのほか早く。
「……わかってます。けして、個人を嫌っているわけじゃありません――貴方以外は」
そう。なんとか意識的に整えた息で、腫らした目を真っ直ぐに向けて、そう言って見せる。
うん。いつも通り不機嫌モードだ。この部屋にふさわしい、日常の一要素はようやくお帰りになってくれた。
「うへぇ。嫌われちまったもんだね、俺」
「ええ。顔さえ見たくありません」
「……ちょい待て。どこ行くんだよ。危険って事は多分ないだろうが。この話の後に外行くか、フツー」
というのに。
なにやら車椅子を早々に転換させ、扉の方へと向かっていくご主人様。
小言を言われないで済むのは結構だが。これはこれで随分と肝の太い真似をする。
そう、茶々を続けざまに入れようとして、
「……皆に、報告」
――魔は引っ込む。
飄々と手を振る。
対応はそれきり。
ただ、閉じる扉を見届けるとしよう。
従順に犬は、黙ってお留守番とさせて頂くのみだ。
――みざくろポリスにおいて。
というか、ほぼ全てのポリスがそうなのだが。
公共物と言うべき概念は基本的に存在しない。
すべからく、ポリスという資本を持つ企業の世界なのだ。
公園だとか、そこにある蛇口やら、公衆トイレやら。
無料・無償で利用可能でこそあるが、タダではなく。
必ずひとつにつき、三十~五十秒の動画広告の閲覧を強制されている。
『――皆さん。如何お過ごしでしょうか。健康で文化的な日々をお過ごしでしょうか。少しばかり肩が痛いかも、頭がだるいかも。目の負担がぬぐえないという貴方には、みざくろ製薬の定期格安診療プランがおすすめです』
『ええっ、片目がない。そう簡単に直らない――それでもご安心。バイオ科学と医療の融合により産み出された我が社の商品で、貴方の体の新調も可能!』
『今すぐ遺伝子情報をお持ちになって、お近くの店舗まで。人のあしたをつくる企業。みざくろ製薬です』
――。
などと。目的のものと何ら関係がない分際で主役ぶる映像を投影した後、漸く自動ドアが開く。
人が通り抜けたかを視認する機械の目は、門前の人が正面を向いていない限りカウントを減らさない鬼畜仕様。
この手のものを嬉々として作ろうという人等は、ひょっとして人生の本体こそ本業とでも思っているのだろうか。仕事以外の時間こそが人生本体だというのに、所構わず企業は、人の時間に幅を利かせてくる。
だなんて内心は、わざわざ口にするまでの事でもなく、そもそも通り過ぎた後に尾を引かれる価値さえもなく。
無視出来る程度に押しつけがましいストレスと、花束を抱えて、車輪は回る。
開かれた空間は、人工庭園に似ていた。そこいらに花壇があり、花を模した飾り物が突き刺さって、彩度の薄い世界にせめてもの彩りを手向けている。
「……よかった。ちゃんと、全員揃ったようですね」
ひときわ、大きな花壇の前に出る。
まだなにも添えられていない瓶二つ、細長い花壇に手荷物を詰めた。
これで手元には、額に嵌められた古い集合写真だけ。
「かなり、損傷が激しかったですし……思いっきり蹴られてましたけど。回収が許されたのも、今回の報酬だったりするのでしょうか」
ここは、公共集団埋葬地。つまりは無縁仏の場というワケだが。
この下に居る亡骸のうちの二十七人を、彼女は知っている。
少なくとも、三人は間違いなくここに居る。
――新人として迎え入れられた。そう知らされたし、思うべきだろう。
「――次の会長選、私が勝つよ。皆んなの犠牲は、無駄にさせない」
「だから今度こそ、この社会を正す」
……色々。報告の内容は日々様々だが。締めの言葉は変わらない。
過去を前に宣誓する。
あえて口にするでもなく、確かめる必要もなく胸の中央にある指針を、だが確かに口に出す。
今の仲間は、ポリスの壁を隔てたすぐ向こう側には、犯罪者の拘置所があると言っていたが。
――内側にも。それ以下のものはあった。
これは。そういう。
何気なく省み、置き去って進んだ。というだけの話だ。
ここまで読んでくれた全ての人に、感謝を…!
お久しぶりですガラマサです。なんか長身男性キャラの性格ほぼ同じじゃね、と思えてきましたが気にしない。気にしない。
さて、無事このエピソードも終わったので次回の話についてですが……、なんと。
書き溜めが、スデにありませんっ!!
いやぁ。こりゃ笑えませんね。もはや次回が投稿できるか怪しいというね。
毎日投稿って本当、どうかしてるアスリートの所業なんだなとヒシヒシ感じてます、ハイ。
つうかよく四月の一ヶ月頑張ったよオレ。新社会人なりたてでようやったよオレ。
なんで、半分努力目標の予告になるのですが、投稿予定は二日後。
エピソードは何話分になるか、未定です。
投稿間隔は、変更が無ければ一日置きに四千文字程度になります。変更がなければ。
主に次回がちゃんと水曜に出てるのか怪しいので、変更あれば活動日誌にて事前に連絡します。
といったところで、半分これ無理じゃね。となりかけてる私めに、どうかいいねとブクマとご感想を!
特にご感想を! これこういうとこがええんよ、ってとこあったら、私が一番わかってないので教えて下さい。
マジ、本当、お気軽に小さな事でもいいので何でもお伝え下さい。応援の程、宜しくお願いします!!
【追記】
すいません大分難しそうです。ので次回投稿は明後日に変更させていただきます。勝手で申し訳ありませんが、ご理解いただけますとありがたいです




