いつまでも絶えることなく・上
P.C.2034年9月23日(日)――イロハが初めてポリスに来てから、早18日。
「可哀想にねぇ、やっぱりひどい目にあったのよねぇ」
「ねェ。もうおちおちカメラのある道も歩けたもんじゃないよ、ホント」
「――ええ、でも今日やっと帰れるんで! そんな重くなく退院できてよかったです!」
――と、帰路の過程。
何やら兎に角かわいそうであれ、可哀想なものであれ、とやたらに話しかけてくる勢力。
もう何度目かわからないそれにニッコリ満面の笑みを返し、彼女は盛大に期待を裏切って見せていた。
一応外傷こそないものの、入院後のため体力面を考慮し車椅子に――この場合、変形などしない至極一般的な車椅子で押される、なんら過不足のない、茶髪の町娘だ。
「……フウカちゃん。ご近所の人って、いつもこうなの?」
背後。振り向けば、ひょっこりと白い頭が顔を出す。
彼女だ。ばったりお見舞いの日の癖か、退院時に廊下で出くわして、折角だからとついてきた、命の恩人。
車輪に巻き込まれないよう長髪を後ろに纏め、前にかかっていた分が減った事で、爛々と血走る紅い眼はありありと見えた――次いでいうと、「もうウンザリ」と薄いながら覗かせた感情も。
「いやぁ、なんか、一大ニュースになってるみたいですからね。こうもなりますって」
「はいもう、一週間ずっとこうでして……本当、イロハさんありがとうございました、お陰様で娘は奇跡的にこうも無事で――」
「うわっ、ちょお母さんいい加減にしてよ、疲れた顔してんじゃん! そうでなくとも車いす持ってる人の両肩ぐわんぐわんしない!」
――ちなみに、母親はもう。
廊下で会った時も、今現在の帰り道でも、隙を与えると発作でも起こしたかのように大感謝を全身で伝えてくる存在と化していた。
振動で娘本人にも歓喜は伝わってくる。痛い程に。
周りからの注目も含めて痛い事に。
恩人たるイロハにも痛覚がないとの事だが、表情の薄い顔の眉は常に頼りなく下がっている始末だ。
いったい、ニュースはどんな伝え方をしたというのか――どこまで伝えたのだろうか。
難しい言葉を知らないイロハにも、あえて病院では伝えられてこなかったフウカも知らないが、とにかく不安を大いに与えるものであったのはわかった。
「でもよかったです、偶然会えて。これまでお礼したくても、ちゃんと出来ませんでしたし、なんなら言えませんでしたし」
「……うん。いやぁ、あれはしょうがなかったとしか」
「前は、ちゃんと、言えなかったので」
「あっ、うん」
……それだけに。
こっちに、真っ直ぐ向けられる明るさは眩しい。
眩しい、のだが。イロハは終始、どこか戸惑いながらそれを受け取っていた。
やっと帰れる、だから嬉しいというなら分かる。だが、それは家族に向けるものに違いない。
では、こちらに向けられるものはなんなのか。
「っていうか、やっぱり普段からそういうお仕事されてるんですかっ!?」
「ぶっちゃけ『復讐鬼』さんばっか有名なので、裏で平和を支える的なイメージだったんですがーーあんなハデに軽々、しかも一人で何人も助けちゃって!」
いや、違う違う。本業じゃねーですアレ。
と言おうにも、言うに苦しい満面の笑み。背もたれから身を乗り出して至近距離、詰め寄られる息の荒さに頬が強張る。
このテンションで、問いというのだから厄介だ。押し流すのでなく巻き込まれ、参戦を余儀なくしてきやがる。
加えて最近知ったが。自分は意外と押しに弱いらしいーーいや、元からだろう。十年は流されっぱなしだったワケだし。
ともかく。敵前逃亡は許されないらしく、肩を落とす。
「いや、そんなじゃないよ、アレ。場所が場所だったから次いでだったし。半分運だった」
「……やっぱ。上手くはいかないよね、専門外は」
ーー。
実際は、そうだ。
イロハは、立場をよく理解している。故に、視線は下がっているばかりでいる。
皆の為になりたい。という願望の芽生え。その結果がそれだ。
跳躍したつもりが。結局は流されて、戦いで身を立てるコトの繰り返し。
生かすか殺すか。命を究極的に剝奪し、独占して動く血の畏能。
やれることも、できることも、この身の評価されるべき事はどう考えようと、その一点。
物理的にも、どこまでも、それあっての身だ。
『畏取』の社長の思想は聞こえこそいいが、現実に行われるのはやはり傭兵業。
応えらえれない。数えきれない数、何かを殺す事はあっても。それ以上の結果になった試しはーー、
「……、?」
がしっ。と頬を掴まれた。足の進みも止まる。
皮膚の余りがなさすぎて両手は殆ど顎の骨を掴む形。
無理矢理上げられた視線の先、短い灰茶の髪の奥にある茶色い相貌、一見はクール地味た切り目は真っ直ぐ、輝きをもって自分を見る。
ーーあぁ。
本当。頼むから、そんな目で見ないでほしい。
大人という上位存在を見上げた子供みたいな構図。
わたしはそんな、思っているほど凄いヤツじゃないんだけれど。
「だったらもっとすごいですよ。私、助けてくれたんじゃないですか!」
「――」
「てかっ、むしろ逆に見えてたんだけど。進んで車椅子押しに来てくれたし、挨拶ちゃんとしてて――」
「歩き方なんかモデル顔負けだし。私よりも周りちゃんと見てるし、ジョーシキあるし!」
いや。あの。
最後辺りは絶対ないと思うんですが。
フィルターかかってるんじゃないのかミノルみたく。
などと口答えをしようにも顎はホールドされている。
母親は――止めてくれそうにない。なんなら白昼堂々、公衆の面前で気にもせずブンブンと首を縦に振って全肯定。
そして、流されて生きて、この方十年のイロハ。
「ほぉあな」
「そうだよっ。だから、そんな風に自分から出来ないなんて思わないで下さい」
……。
不思議だ。こうもゴリ押されると、どうも、そんな気になってくる。
ついさっきまで、頭のどこか、何を言われても「そんなことはない」と切り捨ててきたハズが。そういう働きが目に見えて弱まる。
それだけは苦手。と思っていたのが、他人には違って見えていた。
それどころか、得意とさえ見えているものもあって。
「――」
思ってみれば。もう自分は、そう殺し合う事はないのだろう。
最後に自分は生き残る。必ず。だから、ただ殺す。目的もなく壊すだけ。
だが、他人はそうとは限らない。
力が違う。立場が違う。
よって、見えるものも違う――いや、そりゃあそうだ。
自分の視野が広いワケがない、なんて思うなら、他人の言う事を信じればよかったのに。
「……、そっか。また、できてなかったか」
「いやっだから。もっと自信持ってください。私の、命の恩人なんですよっ!?」
落ち込んでいる、かも分からぬ無表情の手前。
助けられておいて両手を腰にあて、胸を張っての、堂々たる宣言。
世間からすれば、なんのこっちゃもいいところ。
だが、それでいい。
必ず、無理解の災厄から帰還する力。
自分は生きて帰り、相手は破滅し――その他は、それさえ知らずに日常を続ける。
そうなのだ。
もう、自分一人の仕事ではない。
あの、全霊をもって、体を預けられた感触を覚えている――。
「もうっ、お母さんいいよね。イロハちゃん連れてこ!」
「――は?」
「もちろんですとも。お母さん最近のトレンドは疎いけども、もっと疎いヒト相手なら幾らでも、可能性を開拓しまくってみせますよ!」
――、感傷はキャンセルを喰らった。
ぐい、と引き込まれ目を丸くする。
軽々抱き上げられ、車椅子の上で病み上がりの体はテキパキと、膝の上に少女を乗せ。
真後ろに、行動力オバケの母親は既に待機を済ませていて。
あっ、これやばいか。と思った時には遅く、
「はいっ、決定、出発! 我が家への最短ルートをお願いします!」
「了解!」
「いやっ、そんなしなくてもーーぅわ!?」
これは、至極一般的な車椅子。加速装置だのは付いていない。
レンガの柄はプリントなので路面は平らそのもの。だが、彼女の腰を浮かすには十分な勢いで。
反射的に、イロハは自分より大きな体に引っ付いていた。
感触を味わえる余裕もなし。とは随分なサービスである。
「……なにさ。この仕返し」
「うるさいっ、イロハちゃんのがこーゆー番が要るんです。ちょっとは信じなさいってば!」
――。
まぁ、死にはしないし良しとしよう。
良しとして、この先で手渡される、らしくない。できないと思う数々も良しとしよう。
意外と、合わなく思うのは自分だけかも知れない。
そう思うのも、なんでか、悪くないと思えたから。




