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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
3『sky's the limit』
20/39

人為的見落

「やぁや、ハジメマシテ。マジで聞き及んだ通りの雪ん子ちゃんとは……嬢ちゃんに友達ができるとはッ、俺っち嬉しいよォ」


 招かれた矢先。

 ムダに重厚な扉は閉まり、踏み行っての第一声、中央の男が、大仰な泣き真似を披露する。

 やたらと細道を回り道したのちに、お出しされたのはスーツ姿なのにカッチリとした印象とは真逆の、そんなに高くもない椅子であぐらをかく無精髭の、畏能漏出もない天パ面とは――。


「にしても、大胆なファッションセンスをお持ちのようだね。純朴ロリっ娘かと思いきや、お友達は意外とワイルドな面もおありかな?」


「貴方程だらしなくはないでしょう。ていうか、そんなんじゃないですから。会うの二回目ですから。ねっ?」


 ――不服気なのは、どうやらソメイも同じだった。

 というか、ソメイの方がご不満だ。

 横からやんわりと向けられる圧を伴った笑顔、それから逃れるべく迷わず頭を垂れる。


「あ、二回くらいお世話になってます。イロハです。よろしく――ええと」


 実際、なにかの偉い人なのだろうとは思う。

 なにせ彼の周囲は地位を可視化してくれている。


 小さな白い部屋には、いくつかケージにダンボールとファイルが並び、机には液晶がふたつ。なにかの計画の部品であろうメモも散見された。属する組織の、多くの資料が彼と共に共存を許されている。

 社長の席は、もうほとんど飾りしかない席だったけれど、それに実作業の用品が加わったような――それなりな男の、中間管理職の座す景色が前にあった。


 ぶっちゃけ。さっきまで居た第三市民区域のそれとはまるで別物の。第二市民区の『普通』たる、埃っぽくも整ったデスクで。


「ちょいちょいストップっ、俺は兎も角、襟元を正しとけやアンタは――さて。俺はアクタ。ここにおわす下窄ソメイ様の後ろ盾兼三下の腰巾着やらしてもらってます。ぃよろしくぅ!」


「……逆じゃないっ!?」


「いや。わたしグループ会長の娘、なんですけど?」


 ――墓穴であったか。

 と、彼女の最も大きな肩書きを忘れていた事に思い至り、二重の意味で胸が詰まるイロハ。

 横からの視線が、横殴りの視線くらいになって未だに頬を刺す。


 初めて話した日は殆ど、彼女の容姿と振る舞いしか目に入っていなかったけれど。

 うむ、たしかに考慮不足だったというほかない。

 他人の振り見て我が振り正せともいう。よってヨレヨレの襟元を徐に正さんとし、不器用を極めた手で悪化の一途を辿らせたのち、イロハはこれで格好がついたとばかりに彼女へと向き直り。


「なら、もうちょっとマシなの選べばよかったじゃん」


「それはまぁ、はい。言うてあんま選べる立場でもないんで……」


「へいイロハちゃん。ユーはオレっち下げたいのか上げたいのかどっちなんだいっ!?」


 純真に丸まった紅い相貌含めて、フルスイングでぶち当たったど正論。

 圧など皆無だがウィナーはイロハだ。

 ノックアウトを喰らったソメイは、だめだこりゃ。と全てに笑いすら忘れて嘆息。

 これまたオーバーに全身で不服を申し立てる後ろ盾兼三下の成人男性(推定三、四十代)を尻目に、やっぱり修正不足なイロハの襟首を正しに寄ってくる。


 ……ひょっとして。この男にも普段からそのようにしているのだろうか。

 と彼女の指先を目で追いながらも思うイロハ。


「あ、そうそう。あんたはお久しぶりですね風間サン。事態が事態なんで、暫くここで座っていただき、大人しく庇われといてください」


「……」


「ご安心下さい。ここ、自分のカメラの下ですもんで」


 しかし。そうなのである。

 正直イロハに構っていられる状況ではないのだ。


 未だ扉付近、丸い監視カメラの張り付いた眼下。

 三等市民としての場違い感からか立ち往生し、おずおずと一転して静まり帰った、自称誘拐被害者の子を持つという母親。

 立つ瀬のない彼女にせめて座る場が設けられ、ついでにイロハの分もと引き出された席が部屋にはあり。大仰に翻る両手が、そこに着けとぶしつけに促す。


「アクタ、さん。さっきの、結局なんだったんですか」


 それが本題の合図と察し、ソメイによって妥協ラインに整えられた衣服と髪型から紅眼は離れた。

 視線の集中。背もたれごと己の肘を抱き、長い両脚を前に放った男。


「――神隠し事件。まァ、俗にそう呼称されるであろう、この組織犯罪の一端だよ」


 それは。まったく変わらず軽薄な態度のままで、全貌を語る。




「――ある、みざくろ製薬の人間は考えた。人間が生まれ持つ時限爆弾、畏能の発現と、その暴走による怪人化は回避できないのか。そもそも、畏能が発現する条件とはなにか」


「それを知るにも、手段は限られている。知るところとは思うけれど、畏能の直接的研究は過去の教訓、公正取引委員会の条約によって、全ポリスで禁止されているからね――だから」


「そこで出された答えは、これ以上無くイージーだった」


「――何かしらの手段で怪人化を起こさせて、共通する条件を見出し、それさえ回避すればいい」


 母親はより緊張を強張らせ、ソメイも笑みを作る事なく、粛々と聞き入る。

 その空気の異様さに戸惑いながらも、イロハもまた、理解出来た限りの話を疑う他になかった。


 怪人を、人がつくる。そんな発想、到底持ったことがなかった。

 いったい、どれだけ自分に余裕があり、どれだけ他人が溢れかえっていて、どれだけの協力者が居て成り立つものなのか。

 間違いないのは、これが過去類を見ない規模の、イロハの関わった、組織犯罪であるという事だけ。


「理論だけ見りゃ。結構いい線はいってる話だよね――ただまぁ。答えに行き着くまでには、恐らく犠牲は取り返しがつかなくなるだろう」


「実験の方法、そのモルモットをポリス市民に選んだ事実、現時点での犠牲者数。公表はされていないけれど、すでに事は『みざくろポリス』としても容認できない状態だ。大半の事態は把握された――ただまァ、ここからが上手くいかなかったもんでね」


「ちょー偉いんよ、ソイツ」


 そりゃもう、笑っちまう程になのか。

 へらへらと彼は肩をすくめたのち、「へぃイロハちゃん」とこちらを指さして問うた。


「聞いてみようか。監視カメラが、このポリスに幾つあるか知ってるかい?」


「カメラ、ぜんぶか……うーん……万、はいってるか。ひゃくまんとか?」


「おしい。書類上、累計二千万台だ」


「ん……んん?」


 ひいふうみ、と指を折り、数の処理が追い付いていないイロハ。

 二十倍というギャップに、果たして理解が至る日は来たるのか。

 その様子にまた薄ら笑いつつ、もしくは、それ自体おかしな話だとでも言うのか。続ける。


「カメラの設置者の大半は、土地の所有者や、個人や、企業。いずれも販売・メンテナンスはミザクログループにより行われる――そのせいもあってね」


「覚えてるかな。市民信用度ってやつがあるだろう。あれが高い所に、カメラは特に偏って集まるんだ」


 ああ。確かに。それはイロハも気になっていた。

 目に見えて数が違ったのだ。

 ある意味、三等市民区域に感じた長閑(のどか)なカンジ(イロハ目線)。

 あれはそこに由来していたのかも知れない。


 それに――壁の外に近い立地であるほど、金も命も安い、という筋も通る――通ってしまう。

 うん、まぁそうなるよな。

 そう腑に落ちるには、すんなりとはいかないが。


「ソイツはね、三等市民区域の代表なんだよ。三等市民区域のカメラの下でしか連れ去りをしないんだよ。だから映っていても、映っちゃいない。だから、これは事件じゃない」


「みざくろ製薬本社の重役でもある以上、対抗するには外部戦力か、見張られないような問題外の存在だけになっていた――って、ワケなんよね」


「……そりゃ、たしかに、ケーサツも頼れない」


 ……うん。今ので大分わかってきたぞ。

 なにぶん会社の人全員が、迷惑な人に迷惑と言えない事態には一家言ある身だ。


 いまだかつてない、すげーワルのヤツがやらかしてる悪循環。

 そこに、ポリスに入って三週間未満、そのうちマトモに過ごせた期間が先日の、社長の挨拶巡り+お偉いサンのガキを殴った一日以外にない新社員イロハ。


「――あれっ、わたし超合ってない?」


「そーなのよマジでっ!」


 無表情の顎に手を当て考え付いた回答。

 そこに勢いよく椅子のタイヤで滑り込むアクタ。

 突如距離を詰められる心臓の悪さ、思わず座った腰を引くイロハになど構わず、取った手をぶんぶん振って彼は歓喜を主張する。


「いやぁこのままだと最弱候補者の嬢ちゃんとその他大勢で押しかけて返り討ちエンド確定だったんだが。まさかイロハちゃんがかかるとは。アイツら、畏能の検知機材わたされてたはずなんだってのに、とんだ幸運もあるもんだよ本当」


「……ぐっ」


 どさくさに紛れ、さらっと流れ弾を喰らった主人が横で体を小さくしていた気もするが、彼は後が怖いだなどと気にしちゃいない。

 実際。事がここまで進んだ以上、ここで勝たねば、後などないのは事実なのだ。


「――イロハさんはっ。今回、初となる誘拐の失敗事例です。彼等が見過ごさないワケにはいきません。しかしこちらも前々から計画していました。動くなら今しかありません」


「あの。盛り上がってるところ悪いんだけど、わたしあんま難しいのは……」


「探偵の真似してこいとは言ってねぇよ。というか、もう大半調べついてんだわ。キミに依頼したいのは、嬢ちゃんのやる差し押さえのお手伝い。ケーサツ介入して証拠が逃れる前に施設潜入して、中身を可能な限り押収する。押し入りだよ押し入り」


「シンプルにハンザイじゃねぇか」


 背を伸ばし、腕を組み声を張ってごまかしを図るソメイと、「今回はセーフなの」と何やらルールをこねるアクタが言うには要するに、中で暴れてくれと。

 やっぱりだ。今回も手遅れ。戦いらしい。

 ここまで前振りが必要だったかも微妙な単純明快ぶりに、無表情のまま首が傾げた。


 ……これ、本当にそれで片づく話なのかな。


「今回の件で得られる金銭的利益、その八割が報酬の依頼だ。俺等は今回、カネより他のカードを求めてるんでね」


「……ねぇ。上手くいって生き返れても、めっちゃ敵できない?」


「まぁ、それは否めんが俺等の話よ、この実行限定の協力だからな。つうか俺も二等市民区代表補佐なんでね。そいつほどドデカい脛の傷はもっちゃいないぜ?」


「ちょっとはあんのかよ」


「大丈夫ですよ。貴女の首を捨て駒のそれと見間違う程には、ウチは落ちちゃいません」


 いや、この人がダイヒョーホサになれてんだけど。

 と内心で不安点を吐露しつつ。一呼吸を置いて、思考を整理する。


 ――まぁ。どちみち、このままみざくろのビルに帰るのは悪手に違いないのだろう。

 聞いた話、遅かれ速かれソメイがこれに打って出る事は確定だったと見える。

 そうそう会える機会もない同年代女子だし、他人に任すよりは自分がやらんでもない。それに、


「……あの。お願いします。なんでもいいですから、どうか、娘も助けてくださいッ!」


「あーもう見飽きたってそれ、わかった、覚えたから」


 そう。この母親。

 そのソメイがイロハに対して、せっかく何か言おうとしてくれてたとこなのに、一考にターンが回らなくなった結果、隙と見るや割って入って眼前に写真をつきつけてくる行動力の塊。


 いい大人にしてこのなりふりの無さに、さしものイロハまでも目を細めた。

 つうか――帰れる家がまだあるならば、子供は帰るべきだ。帰れるべきだ。


「やるよ。この仕事」


「へっ。毎度ありィ、ってね」


 腹は括るまでもなく、過去の痕で割れている。

 溜息交じりだが待望の回答。の割に、少々意外な顔のソメイ、に代わって即座に揉み手でアクタは了承。


 実際ちょっと、変わっている仕事だ――少し、別の何かが見えるのを期待したい。

 少なくとも。ただ、ぶっ壊すだけではないだろう。

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