セリグマンの犬は物足りない
――力を振るいたい。
というのは、間違いなくそこでの本音だった。
「――」
ラグビーかゴルフか、で言われれば、『討伐』はスポーツ性が後者に近い。
長い時間に訪れる僅かな出番。ただ一度への集中。
蓄え、この日まで生きたのは、役割を果たす為。
――それが五歳から、十年育まれた単一機能。
血は、こんなにもある。
過去最大に有り余った。
なら尚更にやらねばなるまい。
できるならやる。今の力ならば、なんだって――、
「……、は――、ぁ」
――。
深呼吸が終わる。
脚に纏わる、衝撃で破れた邪魔な布を撤去する。
眼前。この足の造った跡は、ただ、ひたすらに広がる崩れた景色のみ。
「……」
――相手が、相手だった。
時間的猶予も、交渉の余地もない。
できなければ、庇った背後が殺されていただけだ。
本当。それ以上でも、以下でもなく。
「……なんだ。やっぱ、そうなるだけかよ」
血が昇って絶好調の頭で、今更に思ったのだ。
――これって。殆ど前と変わらなくないか、と。
――で。P.C.2034年9月20日(水)。
「――はぁい、おつかれさまぁ。今日も役立ってくれてありがとねぇ。飴ちゃんあげるねぇ。あっ味わからないんだっけ、じゃぎゅーしたげるねェ」
「あ。……あぁ、はい」
ステレオタイプに並ぶ愛玩の台詞。
突如として引き戻される意識の遊び。
女医さんの穏やかな手つきで、計器に映る心拍は一層の落ち着きを得る。
事は済んだ、と一室のランプは消え、その中央の診療台。
非検体は何やら、額や足、胸などに肌着の上から付けられた器具を取り外されていく。
――それを、透明な壁ひとつ隔てて眺めているのは、白衣を着た男二名。
「……結局ここ五日。色々と実験したはいいものの、結局なんで漏出無いのか分からずじまいですね。完全に生態機能と融合が成立してる畏能なんて。おかげで殆ど体内は機器に映りませんよ」
「畏能持ちに既存の人体医療でしかアプローチが出来ないんだ。未解明の分野なんだから、ブラックボックスがあるのも無理もない」
「にしたってこりゃあ黒塗り高級レベルでしょ。てかわかる範囲でも、血中の遺伝子配列めちゃめちゃだし病原菌バーゲンセールじゃないですか。まずどーやって生命維持してるのやら……」
「とりあえず。癌の予防接種くらいはやっときたいですよね。でもなぁ。針刺さらないしなぁ……」
共々、慣れた調子だが技術者としてのプライドか、肩が落ちる。
得られた教訓は、せいぜい『なんでこれで生きてるんだコイツ』と深まった疑問のみ。
他に類を見ないのが畏能持ちではあるが、ここまでのものはそうお目にかかれない異常識。
なにやら科学者さえ、その頭を手で覆うほかにないらしい。
「――せんせ、きょうは、お先にシツレーするね」
「おお、わざわざありがとう。また役立つデータが得られた。明日もよろしくね」
上着を着て、透明ガラスに吐息で結露を残し、それらに頭を下げて、それは今日も足取り軽くそこを後にする。
自動ドア、なんてものはここにない。至極アナログ。というか、スライドした扉が閉まるとどこかしらが軋む、そんな少しだけオンボロい白い壁の建造物だ。
ここ一帯――みざくろポリス第三市民区では、比較的がっしりとした。しかし閑散と空き地の広がる所になぜかぽつんと建った、そういう施設。
そこが言ってしまえば今現在、鉱山の件から一週間後となる、彼女の職場であり。
その前にあったお偉いさんとの喧嘩の件以上に、今は本社がごたついているので、わざわざここに毎度移動して来ているというわけで。
「……、うん。うぅーん……」
弾む細足は止まり、紅い瞳は薄ぼんやり、下を向く。
ドーム状の街の端っこ周りだからか。ひどく低い青天井から発される熱は、頭と爪先とで寒暖差が如実で、顔は足元の冷気を被った。
戦闘以外の場所故、靴を履いて過ごす己の両脚が目に映る。諸々、違和感こそあるが、もう疑問はない。着慣れた頃合いだ。
その場で腰を下げ、しゃがむ真白い膝小僧に肘をつき、唸る頬が掌に乗る。
――ここしばらく。鉱山の一件からの一週間、ずっとこうである。
寝て、起きてメシ食って、なにか地味な健康診断ばかりされて。んでまた寝て。
事あるごとに役立ってると言って貰えて。だからいーことだって思ってたけど。
果たして。これをシゴトしてると言っていいのだろうか。
いや、それよりそもそも。
「あれ……なんか、思ってたのと違くね?」
もしやこれ、また良いように扱われているだけなのではと。
遅すぎると言えば遅すぎる、しかし目覚ましい進歩と言う他ない。
そんな疑念に、少女――イロハは行き合った。
「……そうだよね。わたし、ここで役立ちたいとか言ったけど……うぅん」
細腕を組み明後日という名の足元を向き、らしくもない苦悩の姿勢。
帰路を歩むイロハの、日々持て余した労働意欲は無職同然だ。
腕を振るえた試しもまるでない。
ここ十年、仕事だけで生きてきた身の上なだけに一週間、如何ともし難く。
――周囲の、住民からすれば。
近すぎる故に、作り物とわかる空の下、こじんまりと大量な薄い壁やら安い屋根やらな住宅と。
並ぶ街路樹は監視カメラの少なさから、多すぎる見落としによって薄汚れ、緑と青が所々剥げた街並み。
ドーム状であるポリス中心、第一市民区域の方を向けば空の高さに比例してか、遠くの建物ほどビルなどとなって背丈を増すという、遠近感もクソもない景観。
たいがい、そこから目を背け、良くも悪くも彼等は己の身の丈を直視するわけで。
相も変わらぬものと思ったその街路に、漂白剤めいた細い少女が居るのだから、隣を過ぎ去る上で二度見三度見など無理もないが――。
ひどく根本的な疑問に立ち返った頭は神妙に、周囲から見た目の奇異さに集まる視線など無視を決め込み、安っぽい煉瓦柄の路面を歩むのみ。
「――だめだ。どーよくするか、って考えると、どれだけ手間かけずにヤれるかにしかいかない」
単に、仕事が全然できてない、ってのもあるが。
最大の悩みは、以前の一件。
あの破壊は、ああするしかなかったのは間違いないが、こう感じずにはいられなかったのだ。
あんなに一緒に居ても、なにもしなかったから壊すしかなかった、あの十年。
結局、あの時以上の力を持っても同じオチなのか、と。
「……」
思い返すだけでも肩が落ちた。
正直もっと、なんでもできるんだ、という体感を得ていただけに。
ありゃあ、思ったよりガックリきてたらしい。
なにもできないまま、終わらせる事のみをする――もうちょっと、マトモな関わりのカタチを持てないものか。
戦う時とは、いつだって手遅れなのだ。
これじゃまた、暮らしの中の手遅れってのさえ見過ごしかねない――有り得る。わたしの事だ。
……わたしのすることって、ヒトの正解に近いとは思えないから。
(研修ってのも、ここ一週間うまくいってないし。殺すお仕事なんだから、それだけでもいーけど……いやいや。よくはない。もう血足りてるし、命をムダにってのもね)
気を抜けばコレだ。
よほど、戦闘に駆られる必要の無い日々の方が在るべきなのに。逆を望みかけた。
壁の中にいられる身分で、そんな酔狂はいちばん、イロハだけはやるべきでないと知っている。
――ただそうなると、いよいよ出来るものは、何も無い。
気分は、あの檻を出る直前と似ていた。
発想の跳躍を許さない、未だ足首に残る痕――普段なら、そんな煩わしさを覚えないのだけれど。
(え。思ったよりヤバくないかコレ。とにかく、こう。少しは良いコトしたいだけなんだけど……)
よって。ありもしない発想をどうにかひねり出せないか、という頭に居座った無茶な議題。
堂々巡りに囚われ――それだけに。
意図せぬ混入は、声を抑えがたい衝撃を伴った。
「……ぁ、う――っ!?」
変化は突然。しかし読み取れない。
眼が見えなくなって、いつの間に正面にあった壁との衝突で頭蓋が揺れた。
背中は倒れかかる体重、そうして押しやられた不可視の闇。
そこにはたくさんの音があった。
足音と、誰かの漏らす鋭い声と息。整頓されずにもみくちゃな諸々の無理解。
わからないが、とりあえずイロハでも手は一人分ではないとわかった。
後ろ首には太く水平な腕が押しつけ、相貌に飽き足らず、鼻と口まで覆わんと抑えに掛かり――、
「――ぇ、えっ。なにっ、なに?」
つい、混乱のまま、攻撃ですらない形で腕がばたついた。
それだけで、呆気なく全部が剥がれ落ちていた。
眼も開いた。なんか、眼の周りにへんなオレンジ色の、脳に直接響かんとヒリついてくる液体があるもののモーマンタイ。五徹しようと、開きさえすれば見えるのが眼球だ。その眼前。
壁に頭から為す術なく吹っ飛んで、地面に落ち、みじろぎひとつしなくなった黒服の男達。
――堰を切る情報供給、きっかり二秒間、唖然として。
「え。――ぁ、えっ、え!? な、死ん――ぇ?」
再度、混乱の淵に落ちる視野、とりあえず後ろへ飛び退き、それ以上は立ち尽くす。
人間だった。今気付いたが、間違いなくタダの人間だった。
ざっと見渡して戦闘不能の七名全員に、足に靴がはまった非戦闘状態で、しかも腕とはいえ、反射的故に手加減なく直撃だ。
――原型は伴っている。死期前呼吸をする者もなし。出血もなし。そう眼で見ても、それで済んだ幸運が信じがたい。
それだけではない。場所も謎である。
どうやら、ここは裏路地らしい。
本通りを行っていた筈が、いつの間にこうも細い裏道に行っていた。それだけでも謎だが。
見上げれば、カメラが丁度ある位置なのだ。一等市民区域に比べれば多くはないが、間違いなく何かしら『みざくろグループ』に属する企業の目の下、お天道様の目下で白昼堂々の犯行ときた。
余計にわからない。つうか何故わざわざ、こんな人の通らなそうなとこにカメラが――。
「――ぅあう!?」
「お願いします、お願いです! 娘を助けてください!」
「……はい?」
直後。真正面から、掴みかかってくる大音量。
視線を戻す。
いつの間に、どこからかは不明だが。
凡そ戦闘はできそうにない小太りの女性はいつの間に懐へ潜り込んでいて、いよいよ目が点になった。
「ケーサツサービスに幾ら知らせても頼りにならないんです、カメラには何も映っていなかったって。だから自分で直接証拠を捉えようとした」
「それを待ってたら返り討ちにした、その社員証、あなた畏取でしょ!? 畏取ならこのことを本部に知らせて、娘を助けて!」
「……は、ぁ――?」
矢継ぎ早、重ねられる脅迫風説明。
というか胸ぐら掴まれてぶんぶんと振るわれてる辺り、恐喝でしかない絵面だろう。
実験、もとい検診に際して脱ぎ易いようにと選んでもらった白シャツの襟元は破壊され、首元の蝶結びなんて見るも無惨。
普通イロハでなければ体幹不足でぶっ倒れてる勢いだ……なんだろ、これ。
なんか、改めて考えが巡ってくると腹が立ってきた。
なんの仕事のない日に、しかも平和で凡庸な街中で、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだろうか。せっかくミノルの整えた髪型もめちゃめちゃだし。
このあとはただ、バスに乗って帰るだけだったんですけど――。
「……まったく。ウチも堕ちたものです。こんな四、五次受けの末端に任せていたなんて」
などと、珍しく被害者意識全開で荒ぶる視野の端。生じたらしいもうひとつの声に、掴みかかっていた彼女は漸く、理性を獲得したらしく。
「それにせよ、危ない真似はよして下さい風間さん。監視はこちらでと言ったではないですか。普通なら、貴女がやられてたところですよ」
「――下窄さん」
――。待て。今なんと言ったか。
かっぴらいた目で今度こそ前を向いた。
通りの向こう、なにやらカメラを伴った円盤が滑空する真下、キュルキュルとモーター音を伴った等速の歩み。
腰掛けの上に乗った行儀の良い手で、やんわりと隠された口元は冗談めいた微笑みを讃える。
丁度、その鈴のような声音には覚えがあって。
「……、ソメイさんっ!」
「如何にもです。お久しぶりですね、イロハさん」
色々ありまくった心拍の更なる加速、勢いそのままに声が出た。
大手を物理的に振っての歓迎。車椅子の少女もまた、ひらひらと小さく振り返す。
「あら、元気ですねぇ――さて。ここではアレなんで、少し場所を変えましょうか」
「えっ、下窄さん、それってどこに」
「うんちょー行く、超っ!」
再会を祝す、というには今、緩み切った襟元で、こんな街角で。しかし彼女とは。
全く心底、ご挨拶な事もあるものだ。
ここまでお読みいただいた方に感謝感激!
初めましてでしたら初めまして。
お一人以外ブックマークなしで既読して下さる方々お久しぶりです。ガラマサで御座います。
社会人になって暫く経ちましたが、先日のエピソードでのいいねひとつの喜びでなんとか乗り越えとります。
さて。前回に続きまして次のエピソードは全六話。
引き続き一日おきの投稿……の、予定です。
なにぶん、書き溜めに追いつきだしまして。
ちょっとやれるか怪しくなっとります。
いやむしろ、ここまでよく保ったまであるくらいです、ハイ。やりたい展開は満載なので続行はしたいのですが、投稿間隔が伸びたら…その〜。お察しください。
とにかくそういうわけで乞うご期待。
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ここ以外でなら割と恵まれてる私めに、何卒、更なる恵みの手を〜!ヽ(;▽;)ノ




