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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
2『This fire is――』
14/39

re:D

「……は。ははっ」


 乾いた舌の音が。誰かの声を鳴らした。

 耳が遠くもある。

 誰のものか、考える脳は足りない。


 ミンナだ。

 皆が居る。

 皆と、それ以外が、眼前にあり――そいつは。明らかにさっきのと違って、妙な気配が一切ない。


 ただ見た目通りの、棚も仕掛けもないのか或いは、見えないだけか。自分らより、小さく細い身体でしかない。


 ヘンなやつだ――何がヘンだったかは忘れたが。

 いやそうだ。仕事だ。お仕事。しごともあるのだ。


 マトモな機材も知恵もなしに、申し訳程度の工具での鉱山業。


「なぁ! 死ぬの~なんざぁ、こわかねぇよなァ!」


「だってシゴトよりかぁマシなんだも――ッ」


 大声を挙げた顎が。そいつが食われた。


 不揃いの極まった歯を、エレベータが如く頭蓋に至らせた膝の蹴り。

 真っ白なそれが地下に顔を出す刹那。

 そいつが盛大に四肢をあらぶらせて吹っ飛んで。


「あっは! いきやがった、アイツいきやがったぞ!」


「っしゃあ、いくぞぉオマエ等ァ!」


 弾かれたように、彼等は裸足で駆け出した。

 昏い中で細かいモノ探しを続けた眼は一点へ。

 しかし四散して、全方位に全員、地下から這い出た三百名強で拡がっての駆けっこだ。


 なにせ人間。眼は前にしか付いていない。


「ぶっははひゃはやぶ――ッ!」


「あぶぃッ!」


「ひっ、ひはっ、ひ!」


 障害物のない平地。どいつもこいつもしたい放題でいた。


 閉所作業にあけくれた四肢を踊らし、両の足で踏むステップが、盛大な横やりに崩されてヒトがバカみたいに形を崩され。

 ソレを横で笑った次には、別のどいつかが謎の汁を飛ばし。その順番待ちさえ大人しくする気は皆無――だがそれを、踊らされていると言うには早計だ。


「ぉおらテントこっちだぞ~っ、テントっ、もーちょいテン――!」


 ヘルメットさえない頭が、軽やかな音でかちわられて地面に踏みつけられ。その横をすりぬけんとした一人は首を蹴られて勢いまんまに転倒する。

 誰も目で追えない。故に気付いたら仕上がる死体達。

 その刹那を。血やら黄色の脂やらを足蹴に、四人近くがすり抜けた。


 なにせこれは、完全同タイミングで全員の全方位突撃。

 誰かを殺した真後ろでは誰かは先行する。

 誰か一人の間抜け面を、笑っていられる、笑い合えている多数がいる――そう。皆がいる。


 サイケデリックな視野が、そう見て取って告げるままに。大きな脳につながった彼等は幻想を共有し、育んだ笑顔を届けんと奔走に酔って。


 ――また、あるひとり。

 それでも視野に、朱色は添えられた。


「――。へ」


 回転軸を失った思考。

 それが止まったのか、加速しきったのか。


 ――垣間見た少女は、スローモーションの世界でさえ速く軽やかだった。


 月明かりに似た、眩しいほどに覗く白貌。

 黒く包む椅子の真っ赤なシート上、靡くように白く結われた天蓋。


 それは、ひどく落ち着きに濡れた紅眼を携えて、視線の先の作業に勤しむ真っ最中。

 ――重要なのは。


 それが自分の真後ろから躍り出たのを、正面に来るまで。そのまま、その眼がこちらに向く刹那にまで、気づけなかった点で。


「……あれ? おれたち。いま攻めてンだよな?」


 ぼきり。とワンパンで。

 もはや頭と首と脊髄と足しか狙わなくなった少女の一撃。

 その結果をまたひとつ、見開かれた目で見た誰かの口角が強張る。

 生き残っただけに。多く見たヒントは如実だった。

 ――真後ろが見えない。そして、自分達に残った行動は、前進のみ。


 彼等は。


「――は。はははははっ!」


 みんなで。皆の元に駆け寄った。

 崩れたテントの一点に集まらんとした。

 紅い華の乱立の最中、お花畑のようにサイケな笑みで。

 背後を見るよりも同じ作業着のブルーカラーを。


 血で染まる渦中で、赤濡れる最中、逃げてか殺しに行くのかさえ不明の狂気。


 次いでその輪の、更に先へ全員の目は向かう。

 強化された眼がつぶさに見る。

 レールを走るトロッコがあったはずだ。そこには援軍が居たハズだ。むしろそっちのが人数は多い。

 ――そこには。


「……あぁ、よかった。間に合って」


 やや、遠い先。いの一番に到着した援軍。

 そこに、すし詰めにされた真っ青の、腕と爪の細いハゲ頭の死体と。


 ――そこから、湧き出していた。


 突然に仕事は終えたとばかりに、彼等の中心。テントの手前でのびて弛緩してみせた少女の相貌と。


 全く同じ色の火花が線香花火のように、盆地の真ん中に川となって流れ込んでくる、その景色を。


 時間にして四十秒弱。生き残った人間モドキ、八十名未満が目にした事態である。




 イロハの畏能。その機能は、シンプルにふたつ。


 一、取り込む能力。接触した血液の無条件体内吸収。

 二、引き出す能力。血液という人体のほぼ全てのガソリンを常人の数倍活かす。


 そしてその副産物が、畏能というより物理的な身体強化だ。


 ただ最近。今現在イロハの持つ血の大多数。あの日に仕入れた血には、こんなものがあったのだ。


 血液自体を媒介として、血を分け与えた生物を自分の体の一部にし一体化、端末とする。命令系統機能が。


「いちおー、もっかい言っとくか」


「――【テントとわたしは、絶対に避けて守る】コト。あと、【地面にはなるべく触れない】で、【生き物に】――【弾けて】。さん、はい」


 ――湯気もなく、沸騰するかのような液体だった。


 真っ白な手の一度、手を合わす音の反芻のように。

 ぱちぱち、と液体でありながら溶け合わない。

 滴のまま地を跳ね、跳ね回り、まとまりをもつことなく交差し遇う――しかし凡そ、血の池としか言えないもの。


「……ぁ、え?」


 今更。言葉の通じる彼等ではなかった。

 彼女の言を汲めるのは彼等でなかった。


 ――ぱちぱち。ぱちぱちと、地面を叩く音がする。

 雨のそれとは違う。さざ波めいた、縦長に尾を引いて伴う、無尽蔵な音の集合体。


 思わず、いよいよ幻想か現実かも分からず、それに誰もが足を止め。


 その、素足のひとつが。爪が。足裏から風穴を開けられた。


「――」


 諸々、認識する間もなかったか。

 呆け面は受け身も取れずに転げる。

 否。受け身を取っていた。仲間達は見た。

 両手を間違いなく反射的についていた。赤絨毯の上だ。


 そこで、赤い斑点が浮かんだと思ったら空洞となって中身の悉くを外に晒し、役割を放棄して、倒れていたのだ。


 細切れだ。荒く乱雑な切り口だった。

 貫通後の出血が起きるまで肌の穴に気づけなかった。悲鳴より早く喉を捌いた刃は見えなかった。

 砂銀より小さい。あの、千切れて突き出た白い繊維はなんなのか。作業衣だったものか。骨、という線は流石に有り得ないだろうが――。


「ぐっあ、あぁぁッ! おがががっ、ぁ――ッ!」


 と。現実逃避は一秒もたない。

 ぱきぱき、という連鎖の始まり。

 雫が液体故に持つ『弾ける』という現象の最大行使。

 爆ぜ散る血が皮膚を刺し、芯に達したと同時に切迫は決壊する。


 喰い散らかされる両腕を振って、打ち上げられた魚のように痙攣する体。接触した左頬肉から顎が砕かれ出す。白い眼球は血走ったが最後ヒビ割れた。喉と舌は行き場を無くした水分の悲鳴に咀嚼されて背を這う牙もつきたてに掛かる。


 そして直ぐ、首が取れた。

 脊髄が巣喰われた。

 白蟻めいた、腐り落とした果肉を死んだ眼は見る。


 心拍のリズムで四肢と首、穴という穴から、仲間入りを果たした血はそのまま漏れ出て――こんなもんより、とばかりに。


 これは障害物にすぎなかったのだと。

 その体に未練なく、出血がテントを囲い込んで堀を築く。

 彼等の、殺害目標は、その一手で手段を喪失するには、余りあるもので。


「よし。これで二人は一旦大じょう――」


「ぶ、っお?」


 そこで。心底胸を撫でおろす。真白の髪と肌に黒を纏った少女。


 それ故の間隙に、矮躯は、空を裂く爪の発狂を浴びた。

 切迫と突発の一撃。

 囲っていた者のうちひとりがまだ黒い地を蹴って、重く長い両腕の先端を振りおろした渾身の結果。


 25キロあるかないかの体重では、踏ん張りも溜まらず吹っ飛んで地を転がり、その先の者も無論束になって爪を立てんとし振い上げ。


 その下を、軽々身を翻して躱した少女は地に片手をつき難なく着地。

 顔を上げ、気付く。


 ――それきり。彼等は事切れていた事に。


「そっか。そういう体の作りになるのね、その食べもの」


 喉を潰す絶叫。粉による狂気か或いは。

 砕けた精神の残骸が再び群れを成す。

 赤く音を鳴らす波及より燃え上がらんと、一部は既に喰い潰される足で、無論全方位から。


「――――ッ!!!」


 自爆攻撃、それ故の瞬間火力。もう出し惜しむ理由がない。

 否、ハナから出し惜しんじゃ居ない。


 一度さえ、少女は当てさせてはくれなかった。気付いてさえいなかった。

 それが今、当てるしかなくなったというだけ。だが、


「しーあわっせはー、あーるいってこーないっ、と!」


 爪は、その場で最も強い牙の足元にも及ばず。

 どころか、振りおろす事さえも叶わず。


 容易く脇腹を撓る爪先に削がれ、手の爪に首の皮を裂かれ、その刹那のうちに血が根こそぎ掻っ攫われ。

 そうでなくとも文字通り一蹴。

 攻撃せんとする無防備な腹から頭を適当に破壊され。

 なんなら。彼女に到達する道半ば、知らぬうちに跳ねる血にかすめた部位から爆ぜ、それが周りを巻き込んで諸共ミンチに成り果て。


 またひとつ――血の飛沫に変わる。


「ふ――ぅ……まず」


 血潮が飛び散る。

 それはテントと少女の立つ地のみをすり抜けて、ひたすら周りに増大していく。末拡がる、赤絨毯の歓迎。


 ――そこにひとつ。垣間見て、紅眼は異物へと向いた。

 いま。飛来する熱量を感じたのだ。

 比喩でなく火が飛ぶような。

 視認する前に、何やら掻き消えたようだけど。


「……、ん~?」


 視線の先。逃げも隠れもせず。というか、出来ないというところか。


 蒸気のあがる手を、こちらにかざしたまま、小刻みに震える少年が居た。


 まだ黒い地面の上、尻餅をついたそれは、まださほど粉を食っていなかったのか。容姿にそれほどの異形ぶりだとか、剥げたりだとかはなく。

 ――だが。この気配。この漏出。

 間違いない、畏能に目覚めている。


「――死ねっ、死ねよ! ここで、ここで今っ、死ねッ!」


「……はぁ」


 吐息ひとつ。無表情のまま踏み出した。

 小さな質量を文字通りの百人力で射出。

 正味この血の池に任せる手もあるが、これらは余りに乱雑だ。やってみてわかったが、確実に殺すなら本体攻撃が一番作業効率が良い。


 あれの右手は真っ白くなっていた。火傷だ。ほうっておいても死ぬが、特別残す理由もない――にしても。


「こっ、ころせば、極天(ごくてん)、ころさばッ、闇溟(あんみょう)!」


 再び、火はおこる。

 アウトプットを知らない故の本体発動。

 肉を焦がす余熱に、形を与え飛ばさんと手は伸びた。

 それより遙かに速く、翻る踵が額に降りるだろう。


 ――すごいなぁ。コイツら。

 マジで最後まで、皆の為に役立とうとは。


 同じ壁外だが、わたしのいたところじゃ考えられない。

 一見すれば素晴らしい。

 他人を貶さず、他人のせいにせず。

 死のうと。皆が死ぬから死のうなどと――そんな薄っぺらい個人(ヒト)。わたしなら誰よりも信用しな――。


「……ぃ、やだ」


「――」


「いやだッ、いやだ――死にたくない!」


 ――。

 激情に濡れる相貌、終始冷え切った紅眼との交錯。

 感情の交換というには、真逆の刹那。

 少年は。


 叫んだ少年は、その後を迎えたと、遅れて自覚する。


 足が。頭をかち割るはずだった牙は肩の上をすり抜け、地面を深く穿っていた。


「……、……。……へっ、え?」


 理解が、それ以上いかない。

 受け入れ難い。

 認識が、感情が追い着かない。


 眼前。息の掛かる距離。鼻先を蒸らす鋭い吐息、相貌はまだ、こちらを向いていた。

 真っ直ぐに。何よりも生き生きと、尖りきった紅に網膜を焼かれ。


「……よく言った」


 首根っこを。後ろ襟を掴まれ、放られる。


 中空。真上に見えた赤の針山。再び恐怖に視野は染まり、反射で取った受け身がしかし、固い地面に迎え入れられる。


 片手で上体を起こして首を巡らした。紅と赤から免れていた。血の池は二手に分かれ、道ができていて、あとは背後に一直線で走れば、外に出られる。らしい。


 ――流れた血が誰のもので、なんのためだったか。そのことにさえ、背ければ。


「どうした、逃げなよ」


「どうやら、アンタはヒトらしい。人を取って食う趣味はない」


 助かった。免れた。

 その事実に、動悸が止まらず。

 全身の弛緩に、怖気が引かず。


 震えた彼は、言葉を失っていた。鼓膜を声音にくすぐられ、意味のない音を喉から垂らし、散漫な視点が世界を彷徨い。

 そして。もう一度だけ、眼が合って。


「……それとも、やっぱり――」


 ――それきりだった。

 今度こそ、獣でしかなくなった。ほうほうのていで逃げ出した。今度こそ、他人にどう見られるかなんて頭になかった。眼中にないと思い知った。その身分で、注目を得た今に耐えられなかった。

 だって。だって本当に。ほんとうにソイツは。天使のような笑顔で、ああ言って――。


「……。よし。どーしよっかなァ、このあと」


 その場で、腰を下ろし。

 体育座りになって、ぱちぱちと。

 たき火でも見るような落ち着き様で、少女は少し弾力を得た頬に手で杖をついて小休憩とする。


 ――ぶっちゃけ。この後の奴等の方がやばい。

 特別強いというより、今度こそ数がバカにならない。


 この川は、たまたま駆けつけるにあたって轢いた直線距離上の残骸のうち、不幸にも接触した元人間共の出血が出発点となって尾を引いている。

 つまり攻撃範囲は現在、その出発地点からここまでの一方向のみ。


 他方向から迫る援軍。人数は桁違いだ。間違いなく千は居る。おまけに、絶賛地下はここ、正門から堂々と血が侵入中。炙り出された分も残らず来るだろう。


 わたし自身は兎も角。そうなればいよいよ、二人を安全に帰すのは難しくなる。


 最初の時みたく引っ掴んで跳ぶなんて、人にやらせたら死ぬし、かと言って加減してられる場面でもないのだ。

 というか。もうすぐそこまで来ている。


「……う~ん。うぅん……だめだ。殺す手段なら幾らでも浮かぶけど。生かす、ってなるとなぁ……」


 かといって。迎え打てば退路をたたれた者たちが、その人数で一斉に押しかけてくる事もわかった――。


 と。そこまで、他人の血で思考を回しまくったのち、いきおいよく立ち上がり、伸びをして。


「――うん、やっぱ」


「ややっこいの、ナシにしよう」


 表情ひとつ変えず。改めて、柔軟体操で準備をとる。

 考え得る限り、最も合理的な対応のために。

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