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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
2『This fire is――』
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屍山血河にて、天使は咲う

「イロハちゃん、なんか最近、にくつきよくなってません?」


「……うん?」


 こくん、と折れそうな細さで傾げる小首。

 彼女同様、お団子にする筈が収まらなかった長髪がまた一房、視野の下半分を埋める水面に波紋を作る。


 湯船の最中。つい先程手洗いされた体は、こじんまりと奧で足を畳んで、眼前にあり。


「なんか。ただ細いってより今はバレリーナ的な、引き締まってるカンジで。硬いけど弾力あるじゃないですか。前までは、足だけに偏ってましたけれど」


 普段、時たま見ているとなれば、変化の幅も大きく見えようというもの。

 その辺、ぺたぺた触れてくる物理的な指摘。諸々掌サイズのパーツ。しかしやはりというべきか。感触は異なる。


 ――見た目は、然程変わりない。

 中身を溢したのか、ひどく浮き出た肋に凹んだ腹と、その割れ鍋の綴じ蓋として、鱗状に張った申し訳程度の筋肉。

 全体的に骨張った様はなんというか。丸洗いされたぬいぐるみのような。


「……そうだね。一日三食くってるし。この人達も、チビチビ食って。体の芯の次に、外の補強もできたから」


 そんな真っ白い体の上。

 首筋から左胸と背に根ざす、赤色の結晶。

 そこだけは硬く、彼女曰く『外付けの固めた血』とのこと――湯船にまったく溶けず、黒く酸化もせず、余りにも硬い。もはや血とは別の物体なのでは。とも思えるが。


 ――お風呂くらいは共にしましょう。というのが、そこにおける。居候先での生活条件だ。

 居候と言っても、子育て状態。否、介護の様相である。


 けして無賃金労働、無償ではない。

 ヒトらしい生活能力をほぼ全て失墜した少女。食事も出来ず、両腕が機能不足な上、読み書きも出来ず手伝いもできないそれに。

 畏取は保護サービスとして金を下ろしている。社員はその保護活動をするに辺り、追加でかなりのボーナスを得る事ができるのだ。


 まぁ。正直そうでなくとも、八雲カフクが連れ込んだという理由だけで、彼女がそうするには十分で。


「栄養多いから、なにしなくても常に体は最高に保てる――ミノルはすごいよ。こういうズルなしで、そうも鍛えられてるなんて」


「まぁ。そりゃあ年季が違いますからねぇ、年季が。というか畏能の都合で、初撃は素で耐えないとなので」


「いけるでしょ、全身弾力だもん」


「あははっ。もうちょい、言い方ありませんか?」


 ――今考えてみると。オコサマならば人間、最初こそ両親とお風呂も全然あるという聞くが。

 大分、それって役得してるよな――だなどと、真剣そのものな相貌で、イロハが思っているとはいざ知らず。


「てかそうですよ。イロハさんもやってみましょうよ。毎日カタナ振って、これを目指してみては」


「……いや。ふつーウデ死ぬよ。あれは」


 いやぁ。初めこそ半端なくギラついた圧のすごい目だったが。どうやら落ち着いてくれたらしい、などと。

 心なしか軽くなった肩を回し、少女の腰より太い力こぶを楽々作ってみせ――。


 ――――それが。彼女が『もうそろそろ帰りたいな』と思ったとき、薄ぼんやりと浮かんでいた事だった。


「……まじかよ、あいつ」


「んえっ!?」


 いけない。

 いけないいけない。というか信じがたい。

 お仕事中というのに、それも非常時なのにぼうっとしていたらしい。


 若干の困惑を棚上げしつつ。

 豊山ミノルは「先輩どうしました!?」と声を張って、困惑の色を示す八雲に駆け寄る。


 なにせ彼がテントに入った時から、「お前は待っていろ」とだけ言って、入り口から外を伺い続け。事の顛末を見届ける過程、一度も声をあげてこなかった彼の久々の反応だ。


 即座。「ぅぐ」と音を出す中腰の猫背にのし掛かり、彼女も外を覗き、見た。


「……、あれって」


 眼前。鼻腔を突き刺す鉄のなにかのニオイ。

 なにか。紅い大河が、ふたつあった。


 ひとつは。テントを含め、周囲を四方三十メートル。正に正面だけを扇状に開いた円の、沸騰めいた炸裂を続ける血の池と。

 もうひとつ――中央、佇む少女へ、留まることなく一点に流れ込んでいく奔流。そしてなにより。


 ――それは。豊山ミノルにこそ、一目でわかるもの。


「――」


 腰と背は真っ直ぐと落ち着いて重心を据え。

 腰の横にひとつ。手前にもう片方、軽く握られた片手があり。

 まるで、右に長物を提げたような――そして、あからさまに。その二点を結んだ先の後ろに右足は引かれる左半身(はんみ)。その足元にだけ、血液の吸収は集中する。


 構えている。否。ここに来てからという戦闘の最中、構え自体は恐らくしていたのだろう。

 なのに。明らかに『初めて構えた』のだと。たとえ見ずとも肌で感じさせるような。


「せんぱい、居合いです! あれっ私の構えですよっ、ほらあ、れ?」


「――ミノル、カタナ貸せ!」


 まさかの光景、見覚えありまくりながら違和感しかない事態。彼をひっくり返して真正面に肩をひっぱり主張するミノルの興奮は、逆に両肩を掴まれ困惑に様変わる。


 彼はどうやら。凡そ事態をプラスとは捉えていない。

 それはここにきてからこれまでもそうだったが、今が最悪とばかりに。据わった目は先鋭化しきっていて。


「幾ら真後ろとはいえタダでは済まない。もっと上物のやつ買ってやっから、速く!」


「まじすかっ!?」


 だがやはり。その眼前でも変わらぬ安直ぶり。

 八雲カフクにプレゼントを頂けるという情報、思考は即座に塗り代わり、ベルトを引きちぎって鞘ごと渡す始末。


 ――一方。件の少女。

 その世界は。ひどく、完結しきったものであった。




「……」


 前方。敵を認識してから。大群の接近を気取ってから、既に相貌は閉じている。


 先の戦闘終了から、時間にして二分。たっぷり百秒以上を費やしての吸収作業。

 両耳には外でなく、体の内側から響く音のみがあり。心拍と共に、回転し切った情報の濁流は、既に準備の最終段階にあった。


(……。まずいなぁ)


(やっぱマズいや。コイツらの血。タバコでもこーはならないってのに……まー、でも)


 どくどくと、続々と。

 動員される体熱が、流れ込む支流が脈を進ませる。

 焼け付く程に色濃い劇物の味。

 感覚はその一色に塗り代わり、喉が鳴る。


「……いいよぉ。許すよ、なんでも」


 その身は。一番知っている――生物は。生涯そうそう、百%の力を発揮することがない。


 やろうと思えば出るものではある。ただしそれは、自身の形が保たれないほどに発揮される体の力。

 たとえば、自分の腕が壊れると知って何かを放さずいるだとか。指が壊れるとわかって、地に爪を立てるだとか。

 そうせねば死ぬとでもならない限り、そんな行為、凡そ生命にさせるものではない。


 ある意味、生物は己に常に枷を嵌める事で、保った体で生きるようなもの。


「だって強くてもエラくても、奴隷でも馬鹿でも」


 だが――そのラインを踏み越えたとしても。

 余りある自然治癒力。生命力が今、その身にはある。


「――血は、『平等』だ」


 ――――【興精吸血(つかみとる)


 足元で血の池は干上がった。

 必要血量の動員完了。


 外にさえ響かんとする早鐘は更に加速。

 エンジンに駆られて内側の過程が進む。

 わずかな微笑が、上がった唇の両端がそれきり落ちる。

 ピッチと思考と精神の狭まり。集束に向かい、集中を為す。


 ――――【支給配合(どこへもえうつる)


 実行までの僅か数秒、めまぐるしい思考の最終判断を見張った。ほぼ瞬き同然に目を開く一瞬の邂逅。思考がより悟りへと向かう。

 探知した漏出反応と目視に齟齬はなく。


「――」


 ――――【摂灯量定(どれほどにもえ)

 ――――【交志動基(なにへつながる)


 変わり映え無く、学習せず、彼等は狭まっていく扇状地を前へ。両脇の正体を知ってか知らずか走っている――人数。八千五百六十八名。よくもここまで集めたものだ。


 尚更。乱雑さと打ち漏らしは今度こそ許されない。

 許す筈がない。

 なにせ一世一代、待望となる、過去最高火力。


「――、【亜種脈轄(いきばはここに)】」


 体内。命じるままに血は、肉は動く。


 前に傾げた骨盤、下げた腰が、両脚のバネによって前へ弾け。

 軽すぎる重心は左手前の軸足へと譲渡。

 後ろに置き去られた本命は爪先で地を穿ち、踏み出して、加速を得た。


 同時、その伸びきった刃先にまで、上半身全体の捻りが伝い。


「――【脅霓(キョウゲツ)】」


 振り切った。

 全開。それまでだ。


 横一閃、ここにある命の燃料のありったけ。

 何度か物理的に爆ぜた右脚の白熱。

 自分で敷いた攻撃範囲に則る、一個人の作業はこれにて終了。


 そして。開いた眼で体外に起こる結果を見届けんとして。


「……っ、え?」


 ――世界が、ずれて見えた。


 真ん中という概念。それが、蜃気楼のように音もなく抜け落ちて、残る光景は上下のみのふたつのみ。

 丁度足を動かしたラインをなぞるような。

 射線上、並ぶ元人体達の上半身がどうなったかが見えない。


 ほんの僅か、強化され切った眼でも一瞬としか言えない刹那。そして直後に激変は起こる。


 ――空間の歪みを、埋めんと引き歪む大気の収束、威力の余波が暴風を産んだ。


 完全に想定外の二次被害。質量を伴い吹き散らす暴波。

 今にもさらわれかねない低体重は踏ん張りで大気を相殺。間違ってもミノルが今日スカートを選ばなくて良かった、と場違いにも思う一方で。


 しかし。一撃の短さが幸いしてか。

 今度こそ壊れて吹っ飛んだ鉱山の入り口、だった瓦礫がぱらぱらと落ち。やがて拡散は収まりを見せていく――そう。余波が、拡散だ。


 となれば、その前段階。本当の結果は――。


「…………うわぁ。まじでか」


 自らやっておきながら。最初の感想はそれであった。

 そう思うだけの光景だった。


 ――山が。崩れだしていた。

 山というか。盆地なので、ここを丸く囲んでいた地殻の一部というべきだろうか。


 扇の二辺の延長線上、綺麗に前一直線を獣道めいた形で地面は薄く抉られて、その威力の最終地点であろう盆地の端っこが、露骨にそこだけ、今し方山彦で大仰な悲鳴をあげながら瓦解していっていた。

 地上、申し訳程度に残った家屋と覚しきものも、諸共消し飛んだと見える。


 盆地の中心から、その半径を越える一撃が生じたのだ。

 そして。心なしか。崩れて落ちていく山肌は、ぼんやり赤みがかってもいて。


「あっ。あー……もったいない事した……」


「そっか殺せても喰えないじゃんっ、これ……まァでも」


「埋める手間が省けた、とも、言えんのかな」


 などと、微風に吹かれながら。

 贅沢に命を使っての紛れ無き最高記録。

 はじめてにして盛大な、不必要の殺しに――少女は手を合わせ。舌に転がるなにかに、また口元を歪ませた。

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