社会の心臓
こちらは全六話のエピソード群です。
筆者が就職し忙しくなる関係で、今後は三日おきの投稿となります。
そのため次回は金曜を予定しています。引き続きお楽しみ頂けますと幸いです。
――彼は。ここ一週間、イロハより長く療養していた。
単に身体機能、回復速度の差もあるが。理由はもうひとつ。
不幸な事故に遭った故である。
具体的には――ビル内のコインランドリー付近を歩いていた際、偶然にも煙草の火付けがポケットに入ったままだった洗濯機が爆発、偶然それを喰らって火あぶりに――という。
なんとも、締まらないもので。
「和多志の寝こけてる間に――随分とハデにやってくれたな。お前サマ」
別に、拾ってこそすれ、飼いならすだの親代わりだのと偉ぶる気などなかったのだが。
やりすぎと言う他ない現状に、たまらず開かれた口で、彼は嘆息する。
P.C.2034年9月13日(水)――ここは、黄色いテントの中。
前を見れば三角形、下を向けば四角形の薄汚れたビニル空間内、童女のような丸く紅い眼は上を、こちらを向いて小首をかしげていた。
はて、そこまでのことでしょうかと。
「ハデじゃないよ。蹴ったんじゃなく手だし、殴らず平手打ちだし。ちょっと押しただけ」
褒められないとは思ってたけどさ。
とは言うものの、その白い体にとってすれば暴力行為自体は常套手段でしかなく。
いっぺんの疑いも曇りも瞳にはない。
たしかに、行為だけを見れば、一人が一人に勝っただけ。
人によっては、こうも真顔で主張されては納得しかけるやも知れないが。
「それでも、正面からの一撃で瞬殺だそうじゃないか。しかも相手は『若き天才』だの『天童』だの仰がれてたアイツと……全く。あれでも釘刺し足りなかったか……」
ただ、そこについた価値は、社内において計り知れない。
会長筆頭候補者の派閥、そのうち末端が報復を視野に入れるわ。
今のイロハを倒す事で同様に話題性を手にせんと、手段を選ぶ気のない他候補者。
悉く、そのアプローチは社内政治。
どう考えても、今のコイツを社内で放置させたら『利用して下さい』というようなもの――そのため。
「八雲さん、大丈夫、また頭痛い? ……これは。また毎日今日の服見せに行かなきゃかな」
「誰のせいだと思ってんだ。てか頼んでねェ」
八雲カフクは再び、無断でイロハを璧外に引っ張り出す運びとなったわけである。
「――んな事よりさ。今日の仕事、わたしホントに行かないでいいの?」
「ん? ……あぁ。ミノルから聞いたろう。今回のお前サマは同行したという事実さえあればいい。和多志の仕事に関わったというだけで、一気に社内の政治的関心は薄れる」
「それは……まぁ。なんか、畏取じゃない人たちしか来なくなっちゃったし。役立たせて貰えるなら、それもいいんだけど――」
(……それだからやめろと言ってるんだっての)
そう。実際。この短期間で変化が多過ぎた。
こればかりは、周りがどう配慮を図ろうと致し方ないこと。現場でなく上の連中が、自らの利益の為に集まる。たまには、一度人里から距離を置くというのも一手であろう。
「――それに、なんだかんだで、コレ買えたし……ふぁ」
「買えたんだじゃなく買ったんだからな。和多志が。……有り難く留守番しておけよ」
外では専ら評判の、設営式ベッド。
その掛け布団からでさえはみ出る、三つ編みにされた純白の長髪。
一周回って、あれだけのアグレッシブで強力な体が、睡眠で大人しくなるのは不思議にすら思える。
非戦闘時、たとえこう毛布に埋もれていなくともボンヤリとした相貌も含めて。
――そのせいで初日の病院では、本当にぱっと見は大人しいだけだったという事実がつくづく恐ろしい。
「おい、こら。そういう金具、隙あらばいじる癖をやめろと病棟でも言ったろ」
「……いいじゃん、みんないないときくらいさ」
「そうモノをぞんざいに扱うな。構造には理由と工夫がある。『なんかついてやがる』と思うだけより、『なぜこれがあるか』くらいは思っておけ」
……壊してなきゃいーじゃんよ。と言いかけるも、イロハは遠ざかる背に半ば諦め気味である。
この男。おしかりなるでもないのに隙あらば、こういう妙な注意を促す節があるのだ。
会社に入る前の回復期間中、最初こそ以前の経験から毎度背を正して聞いたものだが。
……あっ。これ別に、自分の生命線や役目と関わらない雑談だ。
と気付いた時は、ひどい肩透かしを食らったと思ったものである。
つうか。自分がやりたいから助ける、ならまだしも。
まさか。コイツは本当に、あれだけやっておいて――わたしが初めて負ける寸前の場面で、散々無様を見ながらも、気に入らないからと体を張ってまでしかりつけておいて。
何ひとつ、少しも自分の利益とするつもりも、利用する気もないというのだろうか。
ちょっとそれは、我が儘すぎなさすぎないか。
あれだけポイントを気にする街の市民なのに?
(まったく。信じられねー……)
奇しくも同タイミング。件の八雲もまったく同じ内心を向けていた。
彼は昼寝は苦手な性分であり、意識を持っているうちは例え仕事がなくても何かの用事を作る節がある。
今日も、半分はそんなところだが――病院で時間を浪費させられるは、やはり好きな事ではない。
それだけにあの、マジで数日間。
病院で週半分ずっと寝るだけの過ごし方が、何故ああも自然体として身に染み付いていたのか、と。
しかも、「一週間はここで寝ていやがれ」と言われて、すんなり受け入れるレベルときた。
睡眠のなにがそんなにいいのか。三度の屠畜血液や戦いよりも執着が強いのは確かなだけに、理解し難――。
「――八雲さん」
「どぉした」
袴の擦れは止まり、ジャケットを脱いだタダの書生服が振り返る。社員証もない。
それらがあってはできない仕事なのか。はたまた非公認なのか。
そのいずれにもイロハは気付かない。
――気のせいだろうか。
彼女にしては寝相が悪く、掛け布団に、ワザと包まっているようにも見えて、
「…………我慢、してるから。はやく帰ってね」
(……そうだな。幾ら仕打ちとはいえ。流石にまた一週間、ってのは酷か)
「わかった。善処するよ」
その意図までは、理解こそ至らなかったのは。
そもそもまた、こんなことをしたのは。
良くも悪くも結局、徹頭徹尾、努めて彼がタダのガキとしか見なさなかったからだった。
――エイドス鉱石。それは、万能にして唯一の、人類が利用可能なエネルギー資源。
エイドス計数なる共通単位で示される動力を持ち、熱すればタービンが回って電力を生み、燃え残った外郭を加工すれば鉄筋のように硬くも、ゴム状にもなり。
それらの機能性はひとつあたり、従来の資源の何倍も長く保持される。
故に現在はその一強体制。全ポリスの九割の人工物は、エイドス鉱石によって作られ、稼働し、多くの人を生かしている。
「……ってなると、確かに。食べ物にもできるのかな?」
「ムリだから、こうなってるんだろうが。お前も仲間入りするか」
「なったら喜んでくれますかっ!?」
……和多志、そー思われてんのか。
と、こちらにぱあっと、背景に花畑を咲かす勢いで向けられた満面の笑み。
その頬についた血糊を真顔で拭き取りつつ、もはや慣れきったように「どうどう」と宥める八雲。
「っていうかセンパイ、なんで刃ァ中古じゃなきゃいけなかったんです?」
「……もうちっといいのが買いたかったのはわかるが。壁外だぞ。あまり身綺麗だとタカられちまう」
「いえっ、お安く済むのでそのままでお願いします!」
「ゲンキンだなオイ」
――身長は、二メートル近くあるカフクにやや劣る程度。
そこに彼の猫背細身を遥かに上回る体格の良さに加えて、黒コートとブーツにショートパンツの、腰回り三、四重のベルトで固定された重い鞘を豪快に揺らす健康ぶり。
結ばれた茶髪同様、尾も元気いっぱい揺れているものと幻視させられる。
八雲カフクがメンターを務める後輩社員。ステージ1、レベルグリーンの豊山ミノル。
彼の目が向くのはこの現場において第一に彼女であり、第二は、彼女の切り捨てた相手についてで。
「――やはり、おかしい。かなり畏能漏出の気配はあるというのに、まったく畏能を使ってこない」
直立時でも、足元に届くのではという腕と爪。
全身、毛という毛の抜け落ちたそれは、切断面に紅い血色こそ見せているが。
人と言うか、ガーゴイルに近い造形をして横たえている。
「かといって、村人がみんなこうなってるのは畏能のせいではない。あれは必ず個人差がある」
「怪人と言うには半端、人とも言えない――珍妙だが。一先ずは『半怪人』とでもしておくか」
これは参った。折角の現地調査というのに、現地民が見る限りどいつもこのざまだ。
おまけに大半は錯乱しており、とても意思疎通は不能。視野に入れば、たいがい正当防衛不可避という道のりという始末。
――とはいえ。進まない事には手探りもできず。
「――話、聞けたぞ」
「まじすか!?」
人と見なさいならいーじゃないですか。すぱすぱやっちゃいましょう!
などと、言ってのけた彼女のキャラは実に屈強であり。
既に両手の数は切り捨て御免したであろう返り血でも笑顔は変わらず。
むしろ疲弊したのは、その間に辺りを手当たり次第に探り回って、漸く合流したカフクの方でさえあった。
――そう。ここは、壁外調査案件。
壁外中立地帯という、どの企業の持つポリスにも属さぬ非経済区域ゆえに、一切の公式企業に記録されない。ある種、人の文明の外。
そこで得られる情報のソースは企業でなく、個人の足によって集められる。
今の時代では無価値で、無意味と言われるほど割に合わない。
そんな、実にムダな労力ばかりの、殊勝なる労働環境である。
「――どうやらここには、投棄された鉱山があり。その残骸に居座った非住民と、教会とやらの接触があったらしい。両者は協力する事で新たな事業を設立。労働契約は、エイドス鉱石を渡す代わりに報酬として、この粉をやること」
壁外は非経済区域。そこでポリスを持つ企業以外と労働契約締結・販売市場を開く行為は、非正規市場運営の罪に問われる。
とはいえ。ポリスを所有する企業が、わざわざ外の犯罪者を捕まえるために金を割くことは少なく。大概、無政府無監視の状態である。
「タダの肉骨粉、だったらよかったが。やはり鉱石交じりの粗悪品だ。カロリーはまったく足りないが栄養価は高い。それで今回問題なのは、その副作用だな」
彼等が企業所属者である証明品を可能な限り装備しなかったのは、調査を円滑に進めるためであり。
結果、なんとか辛うじて口の利くヤツを見つけ出し、浮浪者を装って聞き出すことができた――のだが。
見立てがあたっちまった。という言葉と共に、差し出された袋には彼の仮説通り、白と赤の砂粒のようなものがあって。
「これにも、畏能漏出が起きてる……」
「ああ。どうやら、相当にロクでもねぇ布教家らしい」
――彼等の行う本命の『調査』は。場所のせいで少々特殊だ。
間違いなくそれは、畏取に多くある公式案件のひとつだが。完全に壁の外であるため。そこでの情報・事実は基本、どのポリスにも公認されない。
では調査情報はどのように残されるかというと、ソースは企業でなく個人、『アイツがそう言っていた』程度の価値の情報でしかなくなる。
つまり壁外業務全般は、どれも公認された有給の個人行動であり。どんな業務内容をこなそうとも一律して薄給のものばかり。
「まぁでも。仕方ないといえば仕方ないな。壁外の人間にも、ポリスは人道支援として最低限度の水と人工食料に電力、『天気予報』設備は無償支給しちゃいるが」
「潰れたと見なされ、実際もう水道以外全部が死んでるんだ。食い扶持見つける為には、選択肢がなかったんだろうさ」
しかし――畏能の悪用。これはどう見ても、畏取として見過ごすわけにもいかず。
その旨を連絡した結果。『公認個人調査』は、単なる調査業務に移行された。
「――地図も見掛けた。いったん、鉱石採掘場に向かおう。そこで情報収集。証拠を拾えるだけ持って帰還だ――どいつもマトモに口の利かない以上、我々の『調査』はできそうにはない」
そこからは、可能な限り住民との接触を裂けての行動となった。
過去に下請けしていたためだろう。壁外にしては生活の痕跡、街としての体を成した名残が多く見られ、半壊した家屋が多い事が幸いし。
発見されたところで、マトモに人の体を成す者は少なく、ついでに度重なる返り血で良い感じに後輩の容姿は浮浪者の不健全なものに近づいていき。
――なにか。大きな足跡の影の中にいるような。
踏み砕かれたような、奇妙な形で倒壊した、黒い水痕まみれの街痕を次々と置き去って行く――その、壁外に頻発する災害的現象調査が、実際はやりたかったわけであるが。
「……すまないな。本業目的で来させといて、アテが外れちまった」
「いえいえ、いいんです。畏取としては、これが本来の仕事ですから。っていうか、先輩こそ」
「今朝の出発時、お出迎えしてくれた方々にはどう説明するんです?」
成人女性のハズなのに。どこぞの拾い子を思い出させる丸々とした瞳。
否、下手をすればアイツのが切れ目だっただろうか。
黒ずんだ地上、赤ずんだ外の空の下、変わらず笑う彼女はむしろ彼を気遣ってさえいた。
――というか。たぶん、はじめから気遣ってはいる。気を引こうとしている。
八雲カフクは客観視すれば、フリをするまでもなく浮浪者のような。
落ち武者めいた据わった目に猫背の、無感動な無表情である。
彼は、社内において結構な古株なハズなのだが。いつも、この手の彼等以外は受けない依頼を受け続ける変人であり、奇人であり――、
「しょーじき、友達ほぼいなさそうもんね!」
「……一言多いわ。そうでなくとも、大概だが」
――だからか。作業に嫌気が刺しちゃいないかという心配が、およそ二割。
残り八割は、たぶん素か脳天気でこの態度をできてるのが、豊山ミノルという女だ。
ますます。なんで着いてこようと思えるのか。なんなら引っ張りさえしているのかという点では、この新入りの方が脅威でさえある気もしてくるが。
「……いいんだ。どうせま、た――」
――。
――――言葉は、途切れた。
かなり歩いて、それなりに殺して。鉱山があるという手前まで来た頃だった。
やはり、ここに住む人は、おかしくなる前は住居を職場周辺に構えていたと見える。そう思わせる、ひとつだけ目立った入り口の門の手前。
半ば、横たえるように陣取った男の体があった。
「うわぁ、酒臭い……しかもムダに重くないですか。ジャマだな~も、うっ……!」
ふんぬ、とミノルは力と体重をかけるものの。死後硬直か何かか。びたともそれは動かない。
例に漏れず体はカロリー不足が顕著であり、細くやせ細り、腕と爪だけは長く伸びている。衣服もボロキレでしかなく、辛うじて原型が見受けられるのは古傷や、頭蓋骨による顔立ち程度であり――。
「……ミノル。ここはいい、他の道を探そう」
「はい!? えっ、急にどうしたんですか八雲さん。ここしか道はなさそうってわかって――」
「――ヤクモ。八雲、と言ったか」
――死体とばかり。
そうとしか認識しようのないそれは。
完全に一切の漏出さえやめていた体は途端。それがスイッチとばかりに起動し。
驚きに囚われた故の、虚白。
その一瞬で――刹那、少女の体は突き穿たれ、八雲の遥か後方に吹っ飛んで。
「――えれェとこで、行き合っちまったなァ――復讐鬼!」
「……やはり。こうなったか」
明らかに、他の個体とは異なるソレは。
人間を辞めた身分で人語を発し、一丁前に残した怨念を吐き捨て、指向性を伴い。
不可視の奔流がふたつ、地を爆ぜる事となった。




