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異説西遊記  作者: 圓堂
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第五十二話



 「悟浄…!」

 玄奘法師たちが見つけたとき、悟浄は河岸で両膝を抱えながら流れを見つめていた。

「だだ大丈夫ですか悟浄!?」

「吹き飛ばされるほどの己の性格の軽さにショックを受けないで!?今更だから!」

「ナン食べれば元気になるよ悟浄」

「ヴェッヴェッ」

「お師匠さま…皆…」悟浄は河を見つめたまま

「俺…どうしよ…」

 玄奘法師たちは顔を見合わせた。

「どこか打ったんですか…?悟浄」



「りゅ、竜玉を持った方とお会いした!?」

 玄奘法師が声を裏返らせる。

「それはっつまり…」

「沙羅さんの生まれ変わりの人が現れたってことだよね」

「ヴェエエ!?」

 悟浄は黙って頷く。

「じゃじゃあ、すぐその方の所へ…」

「待ってください玄奘さま」

 小鈴が真剣な顔で止めた。

「聞いたところ…その人は悟浄との記憶を持っていないみたいです。それなのにいきなり『二百年間待ってました』なんて言われたら…恐怖でしかありません。ドン引きです」

「そ…それは…」

「そうなんすよね」

 水面を眺める悟浄がぽつりと言った。

「俺…沙羅が生まれ変わってるかも知れないって聞いたとき…相手が竜玉を持っていれば必ずいつか会えるから、わざわざ探すことないってお師匠さまに言いましたよね」

「けど」と悟浄は膝に顔をうずめ

「どっかでこうなること…怖がってただけなんですよ」

「悟浄…」

 何も言えず、仲間たちは輝く水面に影になった悟浄の背中を見つめる。

 と、その肩に手が置かれた。

「…八戒…」

 顔を上げると、八戒が巨大なナンを差し出していた。

「悟浄、お腹すいてない?悲しいことの八割はお腹がいっぱいになれば楽になるよ」

「…割合高いなあ」

 苦笑しつつもナンを受け取る悟浄の側に、玄奘法師が歩み寄る。

「悟浄…以前言ってくれましたよね」

「ふえ?」

「沙羅さんが竜玉を持ていれば必ずいつか会える…それに、いまはお師匠さまのお供も大事ですからねって。あれも、恐れから出た方便ですか」

 ナンを喉に詰まらせ、悟浄が咳込む。

「いやっあれは…」

「差し出がましいかもしれませんが」

 玄奘法師も河に目を向けながら

「たとえその方が忘れてしまっているとしても…いえ、だからこそ私は全てお話しするべきだと思います。二百年前のことも…悟浄のこれまでの二百年間も」

「お師匠さま…」

「悟浄も知っているはずです」

 河から悟浄へと法師が視線を移す。

「いつか伝えよう…いつか分かってもらえる…そのいつかを待てるほど、人の命は長くはない」

 ちらちらと輝く水面を悟浄はしばらく見つめていたが、やがて立ち上がった。

「分かったお師匠さま!俺、二百年分の気持ちをぶつけてくる!」

「え」

「たとえ憶えてなくても、沙羅の生まれ変わりならきっと分かってくれますよね!」

「え、ええ…どう…」

「俺、あの子を探してきます!まだ街にいるといいけど」

 言うだけ言って駆けてゆく悟浄の後ろ姿を、玄奘法師たちは黙って見送る。

「…言っておいて何ですが…大丈夫でしょうか」

「そうですね…相手が突然現れた謎の男に激重感情ぶつけられても怯まない強靭な人であることを祈りましょう」

「悟浄なら大丈夫だよ。失恋のプロで巨匠だから」

「ヴェェ…」



「玄奘法師らしき人物…!?」

 珊を見つけ、珪と合流した琉と瑰が訊き返す。

「おい本当か!?本当にその僧侶が…」

「そうだよ。ただでさえこの国お坊さんが多いのに」

「恐らく」珪は考え込みながら

「まず旅装束だったし…唐の馬を連れていた」

 四人は通りの喧騒から外れた、路地裏で話し合っていた。

「ごめんなさい…私が玉を追いかけていかなければ…」

 珊がまだざわついている玉を握る。

「違うよ珊。珪を一人放置しておいたお陰なんだから」

「放置!?」

「とりあえず」琉が杵を担ぎ直し

「街のなかを探してみよう。まだこの国にいるかもしれん」

 それに三人が頷き、通りへと駆け出そうとしたとき、前方を一人の少年が阻んだ。

「…何だお前…!」

 顔の青白い、気配が尋常でない相手を珪が威嚇する。少年は動じる風もなく四人を見据え

「事情が変わった。いまはまだ玄奘法師に手を出すな」

「何…!?」三人が気色ばむ。

「誰だ貴様…お前に指図される覚えはない」

 珪が腰の剣に手をかける。

「やっと標的を見つけたかもしれないのに…邪魔されると腹立つよね」

 瑰が懐から多節棍を取り出す。

「皆、相手は子供よ」

 珊が止める間もなく琉が少年に向かって杵を振り下ろした。

「琉!」

 杵は少年をすり抜け、地面にめり込む。

「やっぱりか…こいつ、実体がないぞ」

「…それって幽霊ってこと?」

 訝る四人に少年が舌打ちした。

「いまここで説明してやるつもりはない。黙って私の言うことを聞け」

「さっきから偉そうに…!」

 言いかけて珪がはっと口をつぐむ。少年が腰に帯びている刀に見覚えがあった。

「——まさか」

 その装飾の少ない、鍔のついた刀身の長い直刀は、紛れもなく皇帝の持つ宝刀、定唐刀だった。

「陛…下」

 珪の言葉に他の三人も少年を凝視する。そう思って見れば見るほど、目の前の人物が階の上に見た皇帝の姿に重なってくる。

 朔が四人を見据える。

「私が主君だと思うなら、お前たちのすることは一つだろう」

 四人は一斉に拝跪した。

「珪…私に何か言うことはあるか」

「はっ…未だに勅命を全うすることができず…面目次第もございません」

「それはいい」乾いた声が降ってくる。

「さっきも言ったとおり、事情が変わった」

「それは…」という言葉を珪は飲み込んだ。

「お前たちにはそれより先に、やるべきことがある」

 恐る恐る顔を上げた四人を、朔の白い顔が見下ろす。

「これまでお前たちの邪魔をしてきた相手を、お前たち自身の手で片を付けることだ」



「ケバブください」

 ナンを片手に伯欽が言った。

「あと御主人、千仏洞へはどのように行ったらいいですか」

「あんたさっき来たお坊さんと同じこと訊くねえ。ちなみにそのお坊さんは礼に瑠璃石を買ってくれたよ」

「なるほど。さすが亀茲の方は商売上手ですな」

「なるほどじゃないですよ」

 言われるまま、瑠璃石を買っている伯欽に恩享が呆れて

「こんな豊かな国にいつまでもいたら、伯欽さま身ぐるみはがされちゃいますよ」

「そうだな!一刻も早く千仏洞へ行かないとな!」

「そうじゃねえよ。キラキラした目で言わないでください」

「あ…このケバブおいしいな恪洵」

 恭大の言葉にケバブを頬張る恪洵が頷く。

「ほんきょーほまへもひじのほくほはんほうひろ」

「拌麺すすりながらしゃべらないでください。はしゃぎすぎですよまったく。また玄奘法師一行を見失ったらどうするんですか」

「ほんほきはほんほきは」

「そのときはそのときだじゃねえよ。玄奘法師も本来の目的もすぐ見失っちゃうんだから。…今に始まったことじゃないですけど」

 恩享はため息をつき、亀茲の青空を見上げる。

「私たちは…いつになったら長安に帰れるんでしょうかね」

 

 腹ごしらえを終え、街外れまで来た追捕使隊の一行の前に、四人の人物が立ち塞がった。

「あなたたちは…」恩享がたじろぐ。

「…よくもこれまで俺たちの邪魔をしてくれたな」

 全身から強い怒気を発しながら珪が唸る。

「まあ、迷った半分くらいは珪のせいだけど」

「うるさいぞ瑰!」

「おやこれは」

 伯欽がゆらりと部下たちの前に出た。

「陛下子飼いの御四方ではありませんか」

 どん、と琉が杵を地面に突き立て

「そういうあんたは諫議大夫殿の犬だろ。佞臣の犬は佞臣だろうが」

「ほう」伯欽の目が据わる。

 禁軍四人と追捕使隊の間に緊迫した空気が漂い、それを通りすがりの街の人が遠目に見てゆく。

「伯欽さま…!」

 ゆっくり剣を抜く伯欽を恩享が制する。

「同じ禁軍といえど…受けた命が違う以上、いずれこうなる運命だったんだ恩享」

「そうだな」珪も剣を抜く。

「俺たちの使命を散々邪魔したこと、ここで償ってもらおう」

「珪!皆!」

 珊がたまらず声を上げた。

「何も同じ禁軍の仲間同士で戦うことないじゃない!落ち着いて話し合えば…」

「あ!いた!そこのお嬢さーん!」

 新たな声にその場にいた全員が目をやった。

「あのっ突然すみませーん!」

 見るとタレ目の男が懸命に駆けてくる。

「ずっとずっと…」

 息を切らしながら悟浄が珊に向かい大声で叫んだ。

「ずっと好きでしたー!!」

 何故かその言葉が木霊となって辺りに響く。

「…え」

 禁軍の四人と追捕使隊の三人は顔を強張らせ、伯欽はひくっとしゃっくりをした。

「…どちら様ですかな?」







 

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