↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説西遊記  作者: 圓堂
PR
54/57

第五十一話

 



  『ねえ悟浄…生まれ変わりって信じる?

 もし生まれ変わって…また悟浄に出会うとしたら…そのときは死のうとしてる私じゃなく…

 精一杯生 きてる私と出会って欲しいなって…』


――ああ。きっと会える…絶対に見つける…

 だから、それまで待ってるよ…いつまでも…

 いつまでも…。



「悟空がいない今、あんたたちが我が身に変えても玄奘さまをお守りするのよ…たとえその身が塵になっても、灰になっても!」

「俺たち屍になることすら許されないの?」

「できれば皆仲良く天竺にゴールしたいよね」

「ヴェェン」

 小鈴と弟子たちの会話を白竜の背で聞く玄奘法師は、眼前に迫ってくる亀茲国の城門を見つめていた。

 長安の城門に勝るとも劣らない巨大な門の下を、異国の商人らしき人々がしきりに行き交っている。

 白竜の背を降り、その手綱を強く握った玄奘法師は、緊張した面持ちで城門をくぐった。

「これは…」

 人々の喧騒かと思った音は、音楽だった。

 城門から伸びる大通りの両脇に、色とりどりの果物や布を揃えた露店が並び、それは街の中央を流れる河にかかった橋の、更にその向こうまで続いている。

 そしてその店の前をゆく鮮やかな彩りの、様々な装いの人々の上を、道端の老人が弾く丸っこい弦楽器の調べがせせらぎのように流れてゆく。

 河の向こうには石造りの宮殿らしき建物がそびえ、街ゆく人々のなかには禿頭の僧侶の姿も見える。

「ここが…ついに…私は…」

 街を見つめる玄奘法師の目から涙があふれた。

「え!?お師匠さま、ここまだ天竺じゃないよ!?しっかり!?」

「兄貴を破門にしてから情緒不安定だからなあ」

「情緒不安定な玄奘さまも素敵です!」

「ヴェッヒン」



「…ついに…ようやく…」

 街並を見渡し、やはり感慨深げに珪が呟いた。

「おいおい、ここが目的じゃないからな」

 半ば本気で言う琉の隣で瑰も

「いくら方向オンチでも亀茲国と長安を間違えたりしないよね。大丈夫?」

「分かってるよ!ただ都を思い出して浸ってただけだろ!」

 喚いた珪がふと、傍らの珊を見た。さっきから黙り込み、珊は手の平の玉を見つめている。

「…どうかしたのか」

「玉が…」珊が手の平を見つめたまま

「いままでにないくらい騒いでる」

 珪、琉、瑰も揃って覗き込む。

 普段は青い玉の奥で水のように静かにたゆたっている光が、いまは火花のように弾け暴れていた。

「…何を騒いでいるんだ?」

「…何か教えようとしてるのか?」

「…近くに何かあるとか?」

 何も答えられず、ただそれを見つめていた珊の手から、玉が突然浮き上がった。

「あっ待って!」

「珊!」

 蝶のようにふよふよと飛んでゆく玉を追い、駆け出す珊を三人も追おうとする。

「珪はそこにいて!」

「へ?」

「お前が下手に動いたら絶対に迷子になるだろ!」

 そう言って駆けてゆく瑰と琉の背中を、人混みのなか珪は一人呆然と見送る。

「え…ええ!?この状況も充分迷子だろお!?」



 はっと悟浄が振り返った。

「悟浄…?」玄奘法師が呼びかける。

(何だ…)

 悟浄は周囲の異国の街並を、異国の人々を見回した。

(何だ…この感じ…)

 ひどく懐かしいような、胸の奥が疼くような感覚だった。

(まさか…)

「悟浄、あそこに悟浄の好きなマントウ売ってるよ」

「それかー!!」

「何が?」

 旅人に慣れた、露店の商人たちがしきりに声をかけてくる。

「お坊さま、この玉で出来た数珠はいかがかね」

「千仏洞に行くなら手土産に瑠璃はどうだい」

「千仏洞…!」

 玄奘法師が反応する。

「あのっ千仏洞にはどのように行けば…」

「あれれ?行くこと前提?」

「強引な玄奘さまも素敵です!」

「お師匠さま、おいら干し杏欲しい」

「ヴッヒッ」

「ああ、千仏洞なら」瑠璃を売る男が

「亀茲の街から出て、大きな河沿いに北西にずうっと行った谷間にあるよ。結構入り組んでるから迷うかもしれんがね」

 お礼代わりに瑠璃を買う玄奘法師を眺めながら悟浄が

「街の外にも河が流れてんだ。砂漠のなかにあるわりに水が豊富なんすね」

「この石のお陰らしいですよ」

 玄奘法師が買ったばかりの青い石を見せる。

「瑠璃石はその青さから、水を象徴する物としてここ亀茲では特別な石らしいです」

「へえ」悟浄と八戒がそれを覗き込む。

「更にこの石は仏教における七宝の一つでして、薬師如来の御芳名、薬師瑠璃如来に含まれているように浄瑠璃世界を表す尊い色とされていて」

「あ、はい、その辺で」

「お師匠さま、おいら拌麺食べたい」

「ちょっとあんたたち!玄奘さまの有難いお話を真面目に聞きなさいよ!」

「ヴェヒッ」

 そのとき、何かが悟浄の腹に飛び込んできたかと思うと、そのままの勢いで悟浄を吹き飛ばした。

 空高く飛んでゆく悟浄を、玄奘法師たちだけでなく街の人々も呆気に取られて見つめる。

「え…ごごご悟浄!?悟浄が…」

「お、落ち着いてください玄奘さま!あれはきっと風にさらわれるくらい軽薄な性格が更に軽くなっていたというただの証明ですよ!」

「悟浄、飛べたんだね…。お師匠さま、おいらナン食べたい」

「ヴェェ…」



 一方、その飛ばされた悟浄は、街の真ん中を流れる大きな河に突き落とされていた。

「ぶはあっ! げほっ! 何だよ一体!?」

 何とか水面に顔を出した悟浄がヨロヨロと河岸に寄ってゆく。ふと、懐に温もりを感じまさぐってみると、青い石が出てきた。

「まさか…竜玉!?」

 それに答えるように玉のなかで光が弾け、それに呼応するように周囲の河の水がさざめいた。

「…そっか。お前、俺に会えた嬉しさのあまり俺を吹き飛ばして…」

 はしゃぐように河の水がゴポゴポと波立つ。

「そっか…相っっ変わらず力の加減を知らないなお前はあっ!?」

 悟浄が竜玉を砕けんばかりに握りしめた。

「もう少しで死ぬところだったぞ俺は!? 嬉しさのあまり相手を殺しかけるとかどーゆーときめき展開だこの野郎!!」

 河の水が抵抗するようにベシベシと悟浄を平手打ちする。

「でっあだっ! ほほう…久し振りに会った主人を殴るとはいい度胸だ! 俺だってこの二百年間ただ暮らしてたわけじゃあ…」

 そこでようやく口をつぐんだ悟浄が、改めて竜玉を見つめる。

「お前…何でここにいるんだ?」

「あの…」

 振り向くと、河岸に一人の少女が立っている。

 その瞬間、河の水が飛沫となって舞い上がり、二人の間に煌めく虹を作った。

 しかし竜玉のそんな演出にも気づかないほど、悟浄は少女から目が離せなかった。

——沙羅…

 心がが拒否しても、頭が二百年前の彼の女(ひと)の面影を、目の前の少女と重ねようとする。

「あの…その玉…」

 おずおずと言う少女に、悟浄ははっとして

「あ、これ…君の?」

「ええ。あの…」

 少女は自分も河に浸かりながら

「ひょっとして、この玉のせいで何かご迷惑を…?」

「へ?いやいや、全部こいつが勝手にやったことですから」

「え?」

「え?いえいえ、これ、お返しします」

 竜玉を差し出す悟浄の顔に、また水の平手打ちが飛んだ。

「黙ってろ!」

「え?」

「いえいえ!…あの」悟浄は竜玉を手渡しながら

「これ…大切なものなんですか」

 受け取った少女は、それを両手で包み込みながら微笑んだ。

「ええ。とっても」

 頭を下げ、去ってゆく少女の後ろ姿を、悟浄は河のなかに立ち尽くしたまま見つめていた。


——ああ。きっと会える。絶対に見つける…



「あっすみません」

 手綱を引く白竜の体が人に当たってしまい、玄奘法師が振り返る。

「いえ…」

 同じ旅人らしい相手も見返り

「こちらこそ…」

 白竜と一緒に頭を下げ、急いで往来を駆けてゆく玄奘法師の背を、男はそこに突っ立ったままじっと見つめ続ける。

(唐の人間…?まさか…)

 珪は眉をひそめた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。