四話 まるで追放物
ヌシがいなくなってから三か月。
リュミエール錬金工房は平和は日々を謳歌していた。
もちろん、ヌシがいなくなったことだけが理由ではない。
ヌシ以外にも問題児は居たし、単純な経営能力もある。
けれどそれでも、この明るい空気はヌシが居た時にはありえないものだった。
和気あいあいとしつつも、皆が真面目に仕事に取り組む。
上がった効率はそのまま給料に直結し、錬金術師のモチベーションに繋がる。
環境は良くなり、依頼は増え、給料も上がって。
そんな好循環が完成していた。
しかも、このプラスの螺旋はリュミエール錬金工房だけの話ではなく、鍛冶工房や魔法薬商店など、彼が引き継いだ複数の部門すべてが同様の結果を残しているらしい。
二代目はやり手の大商人だと聞いてはいたが、今ならそれを実感出来る。
これを狙って出来るのなら優れた商人と呼ばれるのは当然だし、先代だって現役を引退してでも引き継がせたくなるのも納得出来る。
そう、何の問題もなく、リュミエール錬金工房は今日も平穏幸せな――。
「な、なんじゃこりゃあああああああ!」
やり手の大商人が出したとは想像も出来ないような悲鳴が、上の階から響いた。
どうやら、今日はいつもと少し違う一日になるらしい。
「失礼します!」
悲鳴が聞こえた直後、コンラート・セラフィエルが部屋に乱入してきた。
コンラはきょろきょろと工房を見回した後、適当な術士を呼びつけ、錬金釜の一つを指差す。
「これ、これは必要な物ですか!? 隣に同様の物がありますが、二つないと困るような代物なのですか!?」
女性術士は困った顔で頷いた。
「は、はい。確かにこの二つは同じ錬金釜なのですが、性質が異なります」
「具体的に必要性を教えて頂いても?」
「コンラート様が指差した方は、温度管理に優れます。反面隣の物は時間管理に優れます。確かに二つは同じ使い方をして、頻度も多くないので片方なくても何とかなりはします。けれど――品質の差は如実に表れるでしょう」
「……なら、必要な物ですね。ありがとうございます。では、こちらの旧式加熱炉は!? 効率が悪いでしょう!?」
「実は、それがこの工房で一番高い火力が出るんです」
「旧式なのにですか?」
「旧式だからです」
「な、なら、この蒸留器は……」
「蒸留器は、消耗が激しいの幾らあっても困ることはないですよ。とはいえ、それは妙に壊れなくて長持ちしておりますが」
それからも次々と指差す全てに理由を尋ねてから、コンラは納得したように頷いた。
「そう……ですか。全部必要な物……なんですね」
「えっと、どうしたのでしょうか? 何か我々に何か不満があったのなら……」
「いえ、そうではありません。そうではなくて…その……」
困った顔で頭を掻いてから、コンラは言いづらそうに呟いた。
「その道具、うちが用意したものじゃないんですよ。……」
「えっ?」
「彼です。三か月前の……」
「ヌシ……いえ、ヴェイグさんが?」
「はい。しかも、これらの定期メンテ代、いくらだと思います?」
「いくらなんですか?」
「合わせて丁度金貨五十枚です。月に」
おおよそ三十程の設備だから、別に相場通りではある。
だが、臨時出費として見たら確かに金貨五十枚というのは痛いだろう。
「……もしかして、この金額の所為で工房が赤字になるということですか?」
「まさか! そこは心配しないで下さい。百枚程度なら誤差と言える程度に稼げていますから。重要なのは額の大きさではなく、五十という部分です」
「金貨五十枚が……ですか?」
「今回三か月の滞納通知が届いたということはつまり、今まではヴェイグさんが払っていたということになります。給金五十枚の彼が、月五十枚のメンテ代を」
「……えっ? は、払ってたんですか? どうして? というかなんで工房の設備を自分で用意してるんですか?」
「私が一番知りたいですよ……」
コンラは頭を抱える。
必要な道具なら工房の持ち主に要求すれば良いだけだし、メンテ代だって個人で払う義理はまったくない。
だったら、どうしてそんなことをした?
それがわからないからこそ、気持ち悪かった。
考えれば考えるほど、悍ましい。
お金を受け取らず仕事をする人間ほど信じられない存在はいない。
商人であるコンラにとってヴェイグという存在は、蛇やナメクジが可愛く見えるほどに気持ち悪かった。
一瞬、産業スパイの可能性を疑った。
けど、想像した瞬間鼻で笑ってしまった。
仕事を拒否してクビになるスパイなんて、三門芝居にだってなりゃしない。
それ以前に、もし本当に彼がスパイだったと仮定したならば、先代がそれを見逃すはずがない。
コンラの父は紛れもない本物の無能である。
商人として無能の極み、更にその奥の極致であるとさえ言って良い。
鍛冶、魔法薬、冒険者ギルド、料理屋等々……。
ありとあらゆる業界に手を出し、風呂敷を畳むことの出来なくなるなんて八方ふさがりに陥って、逃げるよう息子に責任を投げつけた。
商売の才能がまるでない。
八方美人で優柔不断。欲深く騙されやすい。
典型的な愚か者である。
けれど、父は類まれなる『戦の才』を持っていた。
商売の赤字を補填するため、父は良く危険地帯への交易に赴いた。
正しく言うならば……交易途中に襲って来た山賊盗賊を返り討ちにして、その身ぐるみで赤字を補填していた。
そんな商人としては落第していても戦人としては完成している父が、スパイのような"敵"を見逃すはずがなかった。
だったら……ヴェイグは一体どういう理由で工房に勤めていた。
何年も、ヌシとして君臨し周りを威圧していたのは、何故?
考えて考えてもわからなくて、ただただ不気味で――彼の真意を知らなければ、夜も眠れなさそうだった。
「と言っても……今彼がどこに居るかわからないんですよね。流石に隣の村に居るとは――」
「あ、隣の村に居ましたよ? なんか救世主って呼ばれてます」
錬金術師の一人が手をあげ、そう答える。
この工房の中にいる人の大半は、建物内と馬車で移動し遠方の都会にて生活している。
隣の村に交流を持つ者は変わり種の一部だけだった。
「は、はぁ!? どういうことですか?」
「どうって言われましても……なんか錬金工房に勤めてますよ?」
「ありえない……。うちでさえやっていけない奴が、あれだけ譲歩し緩い環境でも我慢できなかった彼が、田舎の末端工房に耐えられるわけが……」
コンラは恐れ慄き、わなないていた。
田舎の錬金工房程、過酷な職業はこの世に存在しない。
それは錬金術師にとって絶対不変の常識である。
理由は、その利便さ。
砥石から農薬。治療薬から二日酔いの薬。
何なら砂糖や酒まで錬金術は用意出来る。
物が揃っている都会において、それらは本職の人たちが用意する代物である。
けれど田舎では、その大半を錬金術師が用意しなければならない。
村にない物すべてが、錬金術師の仕事となる。
仕事量は多く、報酬はスズメの涙。
しかも単純作業ばかりで仕事内容も虚無。
大体の錬金術師が、心か身体のどちらかを壊す。
故に、付いたその名は『連勤術死』。
不名誉極まりないのだが、悲しいことに実際田舎で多くの錬金術師が過労死している。
それが、田舎における錬金術師の現状だった。
コンラは頭を抱えた。
何もかもがわからない。
なんでヴェイグはそんな過酷な環境に?
頭を下げるでもなく、都会で独立するでもなく?
彼程の腕なら国内外どこにでも仕事はあるだろうに。
行動がまるで予測出来ない。
言葉の通じない外国人との方がまだ交流出来る気がする。
あまりにも不気味で、悍ましくて、ほっとけなくて。
「まあ、どっちにしても会うしかないでしょう。道具の所有権が彼にあるのですから。すいませんが、ここに提示した道具は当面使用禁止とさせていただきます」
そう言って、コンラは工房を後にしようとして……。
「なんかこれ、吟遊詩人に謳われる追放物っぽいっすね。『追放された錬金術師、本当は高潔で給金すべてメンテ代に使っていた』……みたいな……」
職員のぽつりとした呟きを聞いて、コンラは溜息を吐いた。
「だとしたら、私は追放後に『戻って来い』というけどもう遅いと言われる立場ですか」
「おや、コンラ様もお詳しいようで」
「商人ですので。まあ、一言だけ言うなら……例えアレが品行方正な聖人君子だろうと、昼行灯気取っていた有能上司だろうと、うちには不要です。気持ち悪い」
心底軽蔑した目を呟いた男に向けた後、コンラは今度こそ本当に部屋を出ていった。
その後彼らは残したメモを見て、げえっと顔を顰める。
そこに書かれてあった設備は、高度な錬金を行う時に良く使う物ばかりだった。
ありがとうございました。




