五話 黒と白
舗装されていないガタガタな土の道。
飾り気のない地味過ぎる店先の風景。
吟遊詩人や大道芸人は訪れず、露店は影も形もない。
そんな何もない田舎が、コンラには光り輝いて見えた。
商人である彼は契約と金銭を重く見る。
だから、田舎より都会を好む。
差別ではなく、ただ単純にどっちが金を持っているという話だ
けれど、こうして地に足付けてみれば、少し見方が変わってくる。
そう、彼は田舎を舐めていた。
その物資の乏しさと、人の多さに。
しかもそこはリュミエール錬金工房のすぐ隣。
輸送費を極限まで削れる位置にある。
当然、真っ当な手段だけでは駄目だ。
伊達や酔狂で連勤術死なる不名誉な名が生まれたわけではない。
工房と村を繋ぐ中継役が必要となる。
つまり……求められるのは、商人の力量。
「……悪くありませんね」
何もない田舎が、突然広大なるブルーオーシャンになったような気がした。
彼らが何を求めており、何をこちらが用意すれば良いか。
特に、最初の一発目は肝心だ。
彼らの生活を激変させ、たった一手でこの村全員をリュミエール錬金工房の客とするには何を用意すれば良いか。
もちろん、地元の錬金術師と工房を害さない形としなければならない。
むしろ彼らの援助が出来たら理想とまで考えている。
誰かの不利益となり、無用なヘイトを稼ぐ。
そんな二流の商人とは違うという自負が、コンラにはあった。
考えがまとまるよりも前に、コンラは目的の場所に到着した。
そこに見えるのは、一階建て民家よりも小さな、控え目な表現で素朴な錬金工房。
山一つ借り切り、五階層の巨大建造物であるリュミエール錬金工房と同じ職種とはとても思えない。
やっぱり何度考えても、ヴェイグがここに勤められるとは思えないのだが……。
「うわっ……いたよ……」
コンラは台所に出る黒いアレを見た時のような表情を工房の方に向ける。
そいつは何か工房の前に立っていて、しかもなんか客に怒鳴られていた。
「だから、この錆落とし使えないからもっと強力な奴を作ってくれって言ってるんだ!」
客が妙に苛立っている。
おそらく、ここまでに相当の会話のラリーがあったのだろう。
しかも一方通行気味の。
痛い程に覚えがあるし、正直客の気持ちが死ぬ程理解出来る。
「駄目だ。それを使え」
「だから、効かないってんだろ!」
「それはお前が悪い」
「俺がとかじゃなくて……いやもう良いから強いやつ用意してくれよ。あんたなら簡単なんだろ?」
「駄目だ」
「あーもう!」
客は頭をガシガシと掻き、苛立ちを膨れあげていく。
その様子に見かね、コンラは話に割り込んだ。
「失礼します。錆を落としたい物と、その錆落としを見せていただけますか?」
「あん? なんだあんた? いや、今現物あるから良いけどさ」
男は訝し気な目をコンラに向けながら、持参したクワとさび落としを見せる。
クワは錆びたというよりも錆そのものというような有様だった。
(……ふむ)
「これはヴェイグさん。貴方が作った物ですか?」
ヴェイグが小さく頷いた。
おそらく、他の人には微動したくらいにしか見えないだろうが。
「ではお客様。どう使ったのか教えて頂けますか?」
「どうって、こう……だばーってかけて……布で拭いてさ。あ、いや、金返せなんてイチャモン付けに来たわけじゃねーぞ! ただ錆が強すぎるからもっと強いのを売ってくれって……」
「そこは疑っていません。ただ、使い方が間違ってますね」
「えっ?」
「たらいか何かに溶剤を入れ、浸けてみて下さい。彼の物なら……そうですねぇ……十分程も付けたら十分でしょう。ぺりっと剥がれますよ。錆だけ綺麗に」
「そう……なのか?」
ヴェイグは、口を開いた。
「最初から、そう言っている」
「言ってねぇよ! まあ良い。兄ちゃんありがとな。でも駄目だったら……」
「ええ、その時は再び工房の方に」
ニコニコと愛想笑いを浮かべ、手を振る。
これではどっちが店員かわからないな……なんて思いながら。
そして客が帰ってから……。
「相変わらずのようですね。ヴェイグさん」
そうコンラが苦笑しながら告げるとヴェイグは――。
「――お前は、誰だ?」
嫌味や嫌がらせではなく、本気で言っているのだろう。
目を細め、不思議そうな顔をしていた。
「……ええ、ええ! 貴方はそういう人でしたね!」
クビにしたのは間違いじゃなかった。
そう、改めてコンラは再認識した。
工房の主である女性はコンラを中を案内し、二人の会談の場を設け、そっとお茶を置き、邪魔にならないよう静かに去っていった。
その話し合いが何であれ、ヴェイグの為になることを祈って――。
(さて、何を話しましょうかね)
コンラは心の底からうんざりしながら考える。
目の前に見える存在が、人には思えない。
ゴリラとの方がまだコミュニケーションが取れる。
会話が出来ない。
行動が理解出来ない。
金銭の価値を相手が理解していない。
相性以前に、会話をしたくない。
最重要案件は、工房に残った彼の道具。
それをどうするか決めなければならない。
欲を言えば、買い取りという形で蹴りを付けたい。
商人である彼にとって金銭こそが最もコストの少ない手段であった。
けど、金銭で納得するような相手でないことも重々理解出来ていた。
後、どうでも良いと言えば良いのだが、彼の行動理念が気になる。
錬金術師最高環境を捨てて、田舎で場末の工房の雇われ連勤術死になる理由が本当にわからなかった。
だから、後は会話の流れを考えて――。
「早く、用事を言え。仕事に戻らせろ」
ヴェイグは、端から会話をする気ゼロだった。
ピシリと、こめかみが浮き上がる。
ようやく、コンラは理解した。
真面目に考えていた自分が馬鹿だったと。
「貴方は何が不満だったんですか? これでも私は相当譲歩をしたつもりだったのですか!?」
そう、譲歩してきた。
三か月の間、ずっと。
父より彼を大切にしろと言われ、ギリギリまで粘った。
彼が仕事をしやすいよう百を超える提案を用意した。
仕事を真面目にするか、部屋を分けて働くか、給料を下げるか。
そのどれか一つだけでも聞いてくれたら、クビという手段はとらなかった。
彼を理解するためにプロフィールを見て、彼の過去の仕事をすべて洗い、彼の矜持や理念を探った。
周りの錬金術師の声も聞いたし、彼を愛好している取引相手にも連絡した。
クビにするときだって勝手なことをせず、父に相談し許可も得てからにした。
それこそ、胃潰瘍になって薬を調合してもらうくらいは悩んだ。
それゆえの決断だったのに……。
「別に、不満はなかった」
ヴェイグは、そう言い放った。
これだ。
これである。
会話にならない。
ふざけているのか本気なのかさえわからない。
だから、気味が悪かった。
「だったら、どうしてうちを出て行ったのですか」
「お前が、出ろと言ったんだろ」
「貴方が仕事を受けてくれなかったからですよ」
「つまらん仕事を回すな」
「つまらんって……割が良くて、多少難しくても貴方の過去の実績なら十分出来る範囲で、何の不満が……」
「それだ」
「……はい?」
「何故、過去の仕事よりぬるい物しか持ってこない。俺を舐めてるのか?」
「……は?」
うんざりした顔で、ヴェイグはお茶を一口。
そして元のむっつり顔で黙り込んだ。
いかにも、沢山しゃべったから疲れたみたいな雰囲気を出して。
コンラの頭に、疑惑が無数に沸く。
ただ……それは今までのような気味の悪い嫌悪とは異なる感情だった。
「あー……えっと……。一つ、尋ねます。貴方は、どうして仕事をするのですか? 設備のメンテ代で給金すべてを使ってましたよね? それなのに、仕事をする理由は……」
「お前は、馬鹿か?」
「っ――。そ、その馬鹿に、是非教えて下さい。仕事をする理由と、意味を」
ぴくぴくとこめかみを動かしながら、必死に作り笑いをして尋ねる。
やれやれという態度の後、ヴェイグは言った。
「仕事は、するものだろ?」
お前は何を言ってるんだみたいな目を、ヴェイグは向けてくる。
その瞳が、大層腹立たしかった。
「それなら何故、依頼をあれだけ断って……」
「つまらん依頼など、俺がやる意味がない。先代はセンスがあった。だが、お前にはないな」
苛立ちマックスとなり、ぶん殴りたい欲に駆られるコンラだが、それでも少しずつ、理解しつつあった。
はっきり言おう。
コンラの父は、商人としてはゴミだ。
損切出来ず、周りの迷惑を考えず、後先考えず。
不良在庫を作ることだけは天才的で、良い恰好しいで部下に迷惑をかけるのも日常茶飯事だった。
その父の方が良いということはつまり……。
「貴方が今受けている依頼で――いえ、うちで受けた依頼で、一番面白かったものは何ですか?」
「決まっている。翌日までに品質向上化加工済みエリクシール百個納品だ。あれは最高だった」
その時初めて、コンラはヴェイグの笑顔を見た。
どこか満足気で、腹立たしいまでに自信に溢れていた。
「最悪のクソ依頼じゃないですか……」
そう、最悪だ。
通常エリクシールだってうちの工房フル稼働しても百どころか半分も……いや、三十個が精々だろう。
それを品質加工した上で即日納品。
そんなもの依頼で投げ込まれようものなら、工房が反乱を起こしたっておかしくない。
それをこいつは最高と言った。
あの父をセンスあると笑った。
「ああ……そうか。そりゃ、わかり合えませんね……はは……」
コンラは疲れた様子で、椅子に座る。
ようやく理解した。
コンラの理念は、契約と制約。
ルールを守り、人を守り、金銭を生み出す。
ホワイト労働こそ至高ブラック労働は死すべし。
それは若い頃、過重労働で死にかけたコンラのポリシーであった。
だからこそ、コンラは今日までヴェイグを理解出来なかったのだ。
生粋の過重労働中毒者の気持ちなど、最初から理解出来るわけがなかった。
「はは……そうか。アレの同類か……」
コンラは南国の職人気質な国のことを思い出した。
彼らは無茶ぶりするほど喜んで、丁重に扱うとぶちぎれる死ぬほど面倒な性質をしている。
有能だから取引相手にいるが、出来るだけ関わりたくない、そんな奴らと――。
「あの……一つお尋ねするのですが、もしかして貴方、お酒とか嗜みます?」
ヴェイグは笑った。
それは挑発的で、そして獰猛な笑みだった。
「好きだ。酔いつぶれたことはないがな」
それもまた、南国職人の特色だった。
南国民の特徴は、背丈が低めの代わりに男女共に筋肉質で、そして酒にとても強い。
妙に職人に拘りがあり、商売っけがあまりない。
そう……そっくりというよりもおそらく……。
知識はあった。
事前に知っていた。
それなのに、ヴェイグが同類だと気づけなかったのは、おそらく苦手意識によるものだろう。
「……ようやく、貴方のことが少しだけ理解出来ました」
小さく溜息を吐き、全力で苦笑いを見せた。
ヴェイグは面倒そうに眉を顰める中、コンラが静かに立ち上がる。
ようやく終わりかとヴェイグも立ち上がった瞬間、コンラは声をかけた。
この頑固で偏屈な男を、コンラは欲しない。
リュミエール錬金工房に居て良い人材ではない。
コンラが欲するのは錬金術師である。決して『職人』ではない。
けれど、商人としその価値を見なかったことにもしたくない。
有体に言うなら……もったいなかった。
「今度、依頼を持って来ます。我がリュミエール錬金工房で拒否するような、そんな面倒で厳しい依頼ですが、受けられますか?」
ぴくっと、身体が揺れる。
それをコンラは見逃すことはなかった。
「まあ、"無理"ならば、別に構いません。どうせ出来ないでしょうから」
「……勝手に決めるな。受けるかどうかは見てから決める」
「で、出来そうになかったら受けないと」
「――もし俺が出来ない依頼などない。御託は良い。貴様の軽い口など興味がない。依頼受注書だけ用意しろ」
「ええ。では、そのように――。ああそうそう。貴方が自費で買った道具類がうちにあるのですが、どうしたら良いです?」
「知るか。好きにしろ」
「では、代金変わりに同様の代物を新品でここに届けますね。今後、貴方に依頼するために」
コンラの提案にヴェイグは、否定はしないもの苦々しくも苛立った様子を見せる。
相手の思い通りに行くのが気に食わないような、そんな表情。
その表情を見て、コンラは勝ち誇ったような笑みを浮かべて工房を後にした。
ありがとうございました。
楽しんでいただけたなら幸いです。




