第37話:黒鋼の穿孔具と、エルフの誓約
救護所での奇跡的な治癒劇から数刻後、一同はセルバ領が誇る巨大な岩山――第一採掘坑の坑口へと移動していた。
現場には、分厚い岩盤を前に作業を中断していた屈強な坑夫たちが集まり、物珍しそうにヴェルダの一行を取り囲んでいる。
「ロブレ、薬の効能は理解してもらえたようだが、我がヴェルダの手土産はそれだけではないぞ」
ビセンテが得意げに顎をしゃくると、装甲車の後部ハッチからフィエルが重厚な木箱を運び出してきた。
中から現れたのは、黒光りする頑強な金属で鋳造された、先端が螺旋状にねじれた大型の削岩用ノミと鶴嘴だった。
「これは……鍛冶師ハディードが打った黒鋼製の穿孔具だ」
ロブレが削岩ノミを一本手に取り、ずっしりとした重量感に眉をひそめる。
「重いな。だが、うちの鉱山を塞いでいるのは、通常の鉄鶴嘴では刃こぼれを起こす硬質の玄武岩だぞ。いくら頑丈に見えても、手作業で打ち込めば衝撃で使い手の腕が痺れるだけだ」
「ふふ、それなら実際に試してみてください」
イクミが促すと、セルバ領随一の剛腕を誇る親方坑夫が前に進み出た。
大槌を構え、黒鋼のノミを玄武岩の岩壁にあてがうと、全身の筋肉を軋ませて一気に振り下ろした。
ガキィィィンッ!!
澄み切った硬質な金属音が坑道内に反響する。
次の瞬間、坑夫たちの誰もが目を疑った。
岩肌に跳ね返されるはずのノミの先端が、まるで硬いバターに熱したナイフを差し込むかのように、玄武岩の層へ深々と食い込んでいたのだ。
放射状に亀裂が走り、大人の頭ほどもある硬質岩の塊がガラガラと音を立てて足元へ崩れ落ちる。
「……な、なんだこの切れ味は……!? 手に衝撃が全く返ってこねえぞ! 刃先も欠けるどころか傷一つついてねえ!」
親方坑夫がノミを掲げて絶叫した。
「黒い粒の結びつきを均一に整え、耐摩耗性と衝撃分散を極限まで高めてあります」
リオが静かに解説を加える。
「この黒鋼削岩具を使えば、従来の三分の一の時間で坑道を掘り進められます。破損率も五センド以下に抑えられるはずです」
ロブレは砕け散った玄武岩の破片を拾い上げ、震える手でそれを握りしめた。
「ポーションで作業員の命を守り、この道具で採掘速度を三倍に引き上げる……。おまけに輸送はあの装甲車で半日……。ビセンテ、貴様らは魔法使いの国でも作ったのか?」
「ハッハッハ! 私はただ、面白そうな技術に全権委任状を叩きつけただけだ!」
ビセンテが豪快に笑い飛ばす中、エルフのブラットが静かにリオの前へと歩み寄ってきた。
青灰色の瞳に深い敬意をたたえ、リオの前に片膝をつく。
「リオ殿。貴方の持つ精製理論と素材への理解は、我らエルフが数百年にわたり培ってきた森の知恵を、遥かに凌駕しています。森の恵みを損なわず、極限まで引き出すその技法……心より感服いたしました」
「あ、頭を上げてください、ブラットさん……!」
慌てるリオに対し、ブラットは真摯な面持ちで懐から一房の乾燥薬草を取り出し、両手で差し出した。
「これはセルバ深山にのみ自生する霊草『月影草』です。王都の粗悪な加熱抽出では毒素に変わってしまうため門外不出としていましたが……貴方の減圧抽出釜であれば、あらゆる熱病を解熱する至高の霊薬を生み出せるはず。どうか、お納めください」
「月影草……! ありがとうございます、大切に解析させてもらいます!」
リオが受け取ると、イクミが満足そうに頷き、セルバ領主ロブレへ羊皮紙の協定書を提示した。
「これにて、ヴェルダ=セルバ間の技術供給および資材優先調達協定の締結といたします」
「ああ、喜んでサインしよう!」
ロブレが迷わず署名を行い、ここに王都ギルドを完全に排除した「辺境技術同盟」の第一歩が正式に成立した。
山林の豊かな資源とヴェルダの革新的技術が結びつき、王都が仕掛けた経済封鎖網に、外側から巨大な風穴が開けられようとしていた。
第37話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第38話は、明日18:00に更新予定です!
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