第36話:翠の奇跡と、辺境技術同盟
「領主様! 大変です、第一坑道で落盤事故が……!」
広場に緊張が走ったのは、まさにポーションの話題が出たその瞬間だった。 血相を変えた坑夫が駆け込んできて、ロブレの前へ膝をつく。
「作業員二名が崩れた岩の下敷きになりました! 引きずり出しましたが、片方は足の骨が砕け、出血が止まりません! 救護所の王都製ポーションは底をついていて……!」
「何だと……!?」
ロブレが顔色を変え、すぐさま救護所へ駆け出そうとする。 その背中に、イクミが鋭く通る声で呼びかけた。
「アルボルロカ卿、私たちも同行します。リオ、ポーションの木箱を持って!」
「はい!」
一行は領主館の裏手に併設された救護所へと急行した。 粗末な木製ベッドの上には、崩落した岩石片で右足を複雑骨折し、深い裂傷から夥しい血を流す若い坑夫が横たわっていた。意識は朦朧とし、呼吸も浅い。
「傷が深すぎる……通常の王都製下級ポーションを三本流し込んでも、止血すら間に合わない……!」
セルバ領の医師が絶望に顔を歪める中、ブラットがリオを振り返った。
「リオ殿、先ほどの翠の薬液を……!」
「任せてください」
リオは木箱から遮光瓶を取り出し、コルク栓を抜いた。 澄み切った森の香りが部屋いっぱいに広がる。
リオは手袋を外し、負傷者の砕けた脚部へ直接手を触れた。 手のひらから伝わる生体組織の破損状況――粉砕された骨片、断裂した血管、損傷した筋肉の配列を【詳細把握】で頭の中に克明に描き出す。
(――骨の位置を合わせながら、細胞の再生を促す!)
「ブラット殿、薬液を傷口へ直接垂らしつつ、残りを飲ませてください!」
「了解しました!」
ブラットが的確な手つきで翠の液体を傷口へ注ぎ、坑夫の口元へ含ませる。 次の瞬間、薬液が触れた箇所から柔らかな燐光が立ち上った。
不純物が極限まで取り除かれた高純度生薬成分が、リオの【再配置】による骨格の整復と完璧に同調。 裂けた皮膚と筋肉が目に見える速さで泡立つように結合し、折れ曲がっていた骨が乾いた音を立てて本来の位置へと吸い付くように戻っていく。
わずか数十秒。 夥しい出血は完全に止まり、青白かった坑夫の頬に生気が戻った。
「……う、あ……? 俺、足が……痛くない……?」
坑夫がおそるおそる体を起こし、何事もなかったかのように再生した自分の足を触る。 その場にいた医師とセルバの警備兵たちは、声すら出せずに立ち尽くした。
「……信じられん。粉砕骨折と動脈損傷が、一瞬で完治しただと……!?」
ロブレが目を見張り、わななく手でベッドの枠を掴んだ。 隣に立つブラットも、尖った耳を微かに震わせながら、リオの手元を凝視している。
「傷口の細胞が一切壊死を起こさず、完全に新生しています……。王都の特級治療薬ですら、これほどの即効性と再生力はあり得ない。……これが、ヴェルダの技術ですか」
「ええ。減圧抽出で薬効成分の本来の結びつきを壊さず取り出しているからです」
リオが汗を拭って立ち上がると、ビセンテが満足げに腕を組み、ロブレの前に進み出た。
「どうだロブレ。王都ギルドの粗悪な薬に法外な金を毟り取られる日々は、今日で終わりだ。我がヴェルダは、このポーションを適正価格で貴領へ安定供給する。その代わり、貴領の良質な木材と鉄鉱石を我が領へ優先的に回してほしい」
「さらに、輸送はすべてあの六輪装甲車が担います」
イクミが書類を広げ、淡々と条件を提示した。
「王都の街道検問を完全に無視し、険しい山岳ルートを半日で往復します。輸送護衛のコストも魔獣被害のリスクも、ヴェルダ側がすべて引き受けます」
ロブレは大きく息を吐き出し、腰の戦斧の柄を力強く握り直すと、獰猛な笑みを浮かべてビセンテの手を握り締めた。
「断る理由がどこにある! 王都のギルド連中は、辺境の鉱山や森を都合のいい財布としか思っていなかった。……ビセンテ、我がセルバ領は、ヴェルダとの『技術・流通同盟』を全面的に締結する!」
「決まりだな! よしフィエル、祝杯の準備だ!」
「領主様、まだ調印書を作成しておりません。勝手に宴を始めないでください」
呆れるフィエルの声が響く中、ヴェルダとセルバを結ぶ新たな経済圏が、確固たる一歩を踏み出した。
第36話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第37話は、明日18:00に更新予定です!
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