第35話:山林の盟友と、翠のエルフ
六基の黒鋼転輪が激しく回転し、厚い履帯が山肌の岩石を粉砕しながら突き進む。
ガラガラゴロゴロォォッ! ガタガタガタッ!!
車内には凄まじい金属の駆動音と振動が反響し、もはや普通に話しかけても声など全く届かない。 キャビンの手すりを必死に掴みながら、ビセンテが喉を張り裂けんばかりの大声で叫んだ。
「おいフィエルッ! 素晴らしいぞッ! 普段なら馬車で丸三日かかるセルバ領の山道がッ、半日で目の前に見えてきたぞぉぉッ!!」
「領主様ッ! 声が裏返っておりますッ! まもなくセルバ領主館の外郭防壁ですッ! 正門前で急停止すると敵襲と誤認されて矢を射掛けられますぞッ!!」
フィエルも負けじと腹の底から怒鳴り返す。
「リオッ! 遮熱被覆は維持したままッ、正門の二百メテル手前で過給出力を絞ってッ! ヴェルダの紋章旗を掲げて徐行進入よッ!!」
助手席のイクミが両手で口元を覆って絶叫すると、操縦桿を握り締めていたリオが振り返りもせずに叫び返した。
「了解ですッ! 巡航モードへ落としますッ!!」
リオが制御レバーを手前に引くと、唸りを上げていた魔導炉の排気音が一段落ち、暴れ狂っていた履帯の駆動音がようやく落ち着いた。 装甲車は砂煙を収めながら、セルバ領主館の正面広場へと静かに滑り込んで停止した。
突如現れた鈍色に輝く鉄の巨躯に、防壁の上の警備兵たちが慌てふためき、槍を構えてざわめき立つ。 その中央から、堅牢な革鎧をまとった巨躯の男と、長い金髪に尖った耳を持つ端整な人物が進み出てきた。
セルバ領主――ロブレ・セルバ・アルボルロカ。 そしてその傍らに控えるエルフの筆頭側仕え、ブラット・ヴァルトグリューンであった。
「な、なんだあの鉄の怪物は……!?」
ロブレが腰の戦斧に手をかけ警戒する中、装甲車の側面ハッチが重々しい音を立てて開いた。 タラップから真っ先に降り立ったのは、耳をほじりながら埃を払うビセンテだった。
「ふう……! 相変わらず耳が痛くなる音だが最高だ! ようロブレッ! 壮健そうで何よりだ、遊びに来てやったぞ!」
「ビ、ビセンテ……!? 貴様、王都でギルドに軟禁されたと聞いたが、なぜそんな化け物に乗って我が領へ現れる!?」
目を白黒させるロブレの横で、エルフのブラットが青灰色の瞳を細め、静かに装甲車を見つめた。
「……魔導炉の駆動熱が、外気にほとんど漏れ出ていません。森の精霊たちも警戒の声を上げていない……。鉄の塊でありながら、これほど周囲の自然と調和した遮熱構造など、王立工房の技術体系には存在しないはずです」
ブラットの怜悧な観察眼に、イクミが装甲車から降り立ちながら口元を緩めた。
「お初にお目にかかります、アルボルロカ卿、ヴァルトグリューン殿。ヴェルダ領特命技術官のイクミ、そしてこちらが筆頭錬金術師のリオです」
リオが木箱を抱えて丁寧に一礼すると、ビセンテがロブレの肩を豪快に叩いた。
「ロブレ、単刀直入に本題に入ろう。貴領の鉱山と伐採場で、作業員の負傷事故と王都ギルドの高額なポーションに頭を悩ませているな? ……これを見ろ」
リオが木箱を開け、透き通った翠色に輝く小瓶を取り出して見せた。
「これは……ポーションか? だが、王都から届く濁った試薬とは色も澄み具合もまるで違うぞ」
怪訝な顔をするロブレに対し、ブラットが小瓶を受け取り、栓を抜いて香りを確かめた。 その端正な顔が一瞬にして驚愕に染まる。
「……信じられない。不純物の焦げ付きや酸化した熱変性が一切ない……森の薬草の純粋な生命力だけが、完璧な形で凝縮されている。これほどの精製、古代樹の雫でも用いなければ不可能なはず……」
「減圧抽出釜による新技術です」
リオが静かに告げた。
「王都製ポーションの五分の一の価格で供給できます。そして治癒力は十倍以上。さらに、この装甲車による輸送支援を行えば、王都ギルドの封鎖を完全に迂回して安定供給が可能です」
ロブレは小瓶と装甲車を交互に見つめ、信じられないといった様子でビセンテを見据えた。
「おいビセンテ……貴様、一体ヴェルダで何を始めたんだ?」
「ハッハッハ! 王都の独占をぶち破る、辺境技術同盟の旗揚げだよ!」
山林の地セルバにて、新たな時代の同盟が結ばれようとしていた。
第35話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第36話は、明日18:00に更新予定です!
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