第34話:猛筆の領主と、波及する規格外
「……できたぁぁぁッ! 完璧だ! 美しい! 痛快極まりない親書の山を見よ!」
朝日が差し込む領主執務室に、ビセンテの歓喜の叫びが響き渡った。
徹夜明けとは思えない異様な熱気を放つビセンテの執務机の上には、周辺三領の領主へ宛てた極秘親書と、今後一ヶ月分の通常決済書類が寸分の乱れもなく整然と積み上げられていた。
「領主様、本当に一晩で一週間分の政務を終わらせたのですか……」
部屋に入ってきたフィエルが、呆れと感嘆の入り混じった溜息をつく。
「当然だ! 面白い企みに全力で首を突っ込むためなら、私の筆は疾風の如く走るのだよ! さあリオ君とイクミ殿が待つ工房へ案内してくれ! あの素晴らしい鉄の走る箱と、翠の薬液の現場をもっと間近で見せてもらおうじゃないか!」
ビセンテは羽織を掴んで立ち上がり、少年のような足取りで部屋を飛び出していった。
境界林の特命技術工房に案内されたビセンテは、作業場に並ぶ器具を見るなり目をらんらんと輝かせた。
作業台の上では減圧抽出釜が心地よい排気音を立て、透き通った翠色の高純度ポーションが次々と遮光瓶へ充填されている。工房の土間では、ハディードが六輪クローラー装甲車の履帯や魔導炉の接続部に緩みがないか、入念に工具で点検を行っていた。
「ほう……これが減圧抽出釜か! この透明な観察窓がマナ・シリカガラスだな? 傷一つない、この均一な結晶構造……王都の錬金術師が見たら間違いなく発狂するぞ!」
「ハディードさんの精密な鍛造と、リオの分子配列の調整があってこそです」
作業の手を止めたイクミが説明すると、クラロが部屋の隅から煙管を揺らしながら歩み寄り、作業台の端に王国周辺の広域交易地図を広げた。
「領主様、話はここからだ。アルトフエルテ派閥が本気配備に出た以上、ヴェルダから北と西へ伸びる二大街道は完全に塞がれた。小麦や塩の流入が止まり、王都製試薬の供給も断たれる。……都市を干上がらせる兵糧攻めだ」
「うむ。だがクラロ、その手口はもはや我がヴェルダには通用せんぞ」
ビセンテは不敵に笑い、イクミが書き留めていた『三大自給構想』の覚書を指差した。
「第一に土壌改良材による食料自給率百二十センドの達成。第二に減圧抽出釜による高純度ポーションの完全内製化。そして第三に、街道を使わずに荒野を踏破する六輪魔導装甲車だ。……すでに守りの手札は揃っている。ならば次は、攻める番だ!」
「攻める……隣領への技術輸出ですね」
イクミが地図の山間部をトントンと指先で叩いた。
「手始めの相手として、隣領の『セルバ領』を提案します。セルバ領は鉱山開発と林業が主産業ですが、作業中の外傷事故が多く、王都ギルドから粗悪な治療薬を高値で買わされて財政を圧迫されています。さらに、山間部の悪路が多く、魔獣被害で輸送コストが跳ね上がっている」
「なるほど……! 奴らが喉から手が出るほど欲しがっている二大要素が、我がヴェルダの『高純度ポーション』と『魔導クローラー装甲車』というわけか!」
ビセンテは膝を打ち、獰猛な笑みを浮かべた。
「セルバ領主のロブレは私の旧友だが、あの男も王都ギルドの横暴には昔から腸が煮えくり返っていたはずだ。王都製の五分の一の価格で十倍の治癒力を持つポーションと、荒地を時速五十キラメテルで安全に走破する輸送支援を提示すれば――」
「即座に王都ギルドの独占網から離脱し、ヴェルダとの直接同盟へ舵を切るはずです」
イクミが冷徹に告げると、ビセンテは愉快そうに喉を鳴らした。
「よし! ならば善は急げだ。親書とともに、ポーションのサンプル百本と、ハディードの黒鋼削岩具を装甲車に積み込むぞ! ……もちろん、私も乗っていく!」
「領主様、直々に向かうおつもりですか!?」
フィエルが慌てて割って入るが、ビセンテはどこ吹く風で胸を張った。
「当たり前だ! 旧友のロブレが腰を抜かす瞬間を、特等席で見逃す手があるか! フィエル、お前も乗れ。リオ君、イクミ殿、今すぐ出発の準備だ!」
領主自らが先頭に立ち、王都ギルドの支配網を外側から突き崩すための第一歩――「辺境技術同盟」の電撃交渉が始まろうとしていた。
第34話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第35話は、明日18:00に更新予定です!
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