第31話:荒野を駆ける鉄の牙
夜明け前の境界林に、低く重厚な金属の駆動音が響き渡った。
ハディードの鍛冶場で徹夜の突貫作業を経て組み上げられたのは、鈍い黒光りを放つ異形の車両――『高速魔導装甲車』だった。
車体前面には岩石を粉砕するための頑強な黒鋼製・楔形バンパーが鎮座し、操縦席の前面にはリオが削り出したマナ・シリカ耐熱ガラスの細い視認スリットが嵌め込まれている。 そして足回りには、悪路走破性を極限まで高めるため、左右三対・計六基の転輪に噛み合わされた『黒鋼製クローラー(無限軌道帯)』が重厚に巻き付けられていた。 車体底面には地中熱交換の遮熱被覆が何重にも施され、内部の熱源や魔力放射を外気へ一切漏らさない構造になっている。
「小僧、六輪の転輪軸受けと黒鋼履帯の噛み合わせは完璧だ! 連結ピンの一本一本まで焼き入れしてあるぜ、岩山だろうが泥炭地だろうが踏み潰して進みやがるぞ!」
ハディードが煤だらけの顔で履帯を叩いた。
「ありがとうございます! 魔導炉の熱変換ラインも同期完了です」
リオが操縦席に乗り込み、耐熱獣皮の手袋越しに魔導炉の起動レバーへ触れて魔力を通す。 車体後部に据え付けられた小型魔導炉が熱風をタービンへ送り込み、六基の転輪が激しく回転して履帯が大地を力強く掻き毟った。
「フィエル隊長、準備はいいですか?」
助手席のイクミが確認すると、後部装甲キャビンに完全武装の選抜警備兵とともに乗り込んだフィエルが、兜の奥から鋭く頷いた。
「いつでも出撃できる。領主様の救出、全力を尽くすぞ」
「了解――全速前進!」
リオが手元の制御レバーを押し込むと、装甲車は重低音とともに境界林を飛び出し、通常の馬車では絶対に進入不可能な魔獣領域『岩礁荒野』へと突入した。
ガタガタガタッ、ゴロゴロッ!
切り立った岩肌と深い亀裂が連続する荒地。 並の荷車なら車軸が一瞬で粉砕される悪路を、幅広の黒鋼クローラーが接地圧を分散させながら段差を乗り越え、時速五十キラメテルを超える猛烈な速度で大地を薙ぎ倒すように突き進んでいく。 車体から熱が漏れないため、周囲をうろつく大型魔獣たちも何が通り過ぎたのか把握できず、砂煙を見送るしかなかった。
往復十日を要する未開ルートを、わずか数刻で走破。 やがてマナ・シリカガラスの視認スリットの向こう、王都へ通じる街道の裏手に広がる針葉樹林の奥に、激しい金属音と魔法の炸裂光が見えてきた。
「前方に戦闘! 領主様の馬車が、ギルド私兵部隊に包囲されています!」
イクミが指差し、リオもスリット越しに目を凝らす。
視界の先では、豪奢な領主家の紋章を掲げた馬車が横倒しにされ、負傷した護衛騎士たちが円陣を組んで必死に防戦していた。 それを取り囲んでいるのは、正規の紋章を隠した五十名近い重装私兵部隊。関所の手前で領主の脱出を察知し、事故に見せかけて抹殺しようと仕掛けてきたのだ。
「隊長、あの私兵たちの甲冑と剣……王都製の一括鋳造品です!」
「やはりアルトフエルテの手先か……! 全員、迎撃態勢!」
フィエルが側面の銃眼を開け、黒鋼投射器を構える。
「リオ、クローラーの馬力で敵の前衛を散らしつつ、一気に横付けして!」
「はい! レバー最大開放!」
ゴオォォォッ!!
装甲車が猛烈な熱風をタービンから吐き出し、履帯で倒木を圧し折りながら包囲網の側面へ突進した。
「な、なんだあの鉄の怪物は――!?」
突如として林を突き破って現れた黒鋼の巨躯に、私兵部隊の隊列が恐慌に陥る。 楔形バンパーと重厚なクローラーが重装兵たちを軽々と跳ね飛ばし、包囲網を真っ二つに引き裂いて領主の馬車の眼前へと急停止した。
「セルタセロ警備隊、救援に参上した! 領主様をお守りしろ!」
装甲扉が開き、フィエルを先頭に重装兵たちが一斉に飛び出す。 混乱する敵へ黒鋼投射器の散弾を浴びせ、フィエルの剛剣が敵の前衛を次々と圧迫して取り押さえていく。
乱戦の中、一人の私兵が槍を構えて装甲車の昇降口へ突進してきた。 リオは身を低くしてその槍の穂先を黒鋼の装甲板で受け止めさせ、すかさず素手で相手の槍柄を掴み取った。
手のひらから対象の内部構造が一瞬で頭の中へ展開される。
(――結合部が脆い! 【再配置】!)
バキィンッ!
リオの手が触れた瞬間、槍の金属穂先と木柄の留め具が粉々に分解し、足元へ砕け散った。
「ひ、武器が素手で砕かれた……!? バケモノか!」
武器を失い、さらに眼前の鉄の怪物と警備隊の猛攻に圧倒された私兵たちは、完全に戦意を喪失して蜘蛛の子を散らすように森の奥へ逃げ出していった。
土煙が晴れる中、横倒しになった馬車の扉が内側から押し開かれ、一人の威厳ある壮年の男が姿を現した。
ヴェルダ領主、その人であった。
第31話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第32話は、明日18:00に更新予定です!
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