第30話:途絶えた定期便と、転換する設計
ハディードの鍛冶場で大型輜重車の黒鋼骨格と駆動軸の仮組みが進む中、ヴェルダの街に突如として異変が生じた。
夕刻、特命技術工房の扉を荒々しく押し開けて飛び込んできたのは、息を切らしたクラロだった。 いつも飄々としている情報屋の顔から、商人の余裕が完全に消え失せている。
「リオ、イクミの嬢ちゃん! 領主館のフィエル隊長から緊急の呼び出しだ。……ただ事じゃねえぞ」
二人が作業の手を止め、領主館の作戦室へ駆け込むと、部屋の隅には泥にまみれ、息も絶え絶えに革袋の水を呷る伝令兵の姿があった。 執務机の前で仁王立ちするフィエルが、血の滲んだ封書を握りしめながら重い口を開く。
「フィエル隊長、一体何が……?」
「王都から派遣されていた我が領の早馬が、先ほど命からがら駆け戻った。……王都に滞在している領主様からの定期連絡便が、完全に途絶えた」
フィエルの低く重い声が、冷え切った室内に響いた。
「伝令の報告とクラロの独自情報網によれば、アルトフエルテ派閥が王都の治安評議会を抱き込み、領主様の滞在先を『反逆容疑の参考人』として事実上の軟禁状態に置いたようだ」
「軟禁……! マテオやフストの件に対する報復ね」
イクミが唇を噛む。
「さらに厄介なのは、王都とヴェルダを繋ぐ正規街道の関所に、ギルドの息のかかった重装私兵連隊が『不法技術摘発の特別検問』と称して陣取ったことだ。この伝令も追っ手を撒くために山中を命がけで迂回してきた。領主様が自力で脱出されたとしても、関所を突破してこの街へ帰還することは不可能に近い」
「関所を正面から破ろうとすれば、それこそ反乱軍として口実を与えてしまいますね……」
リオの言葉に、フィエルは苦渋の表情で頷いた。
「街道を通らずに領主様をお迎えするには、境界林の外縁――魔獣の巣窟である険しい『岩礁荒野』を大きく迂回する未開ルートを走るしかない。だが、馬や徒歩の小隊では往復に十日以上かかり、途中で魔獣の群れに包囲されれば全滅する」
「……往復十日を、二日に縮めればいいのね」
イクミが迷いのない瞳でフィエルを見据えた。
「ハディードさんのところで試作している自走運搬車の設計を、今すぐ『強行突破用』へ切り替えます」
「えっ……あの荷車を?」
驚くリオに対し、イクミは羊皮紙を広げて新たな線を書き加えていく。
「鉱石を積むための荷台スペースを、装甲キャビンと人員輸送用に改装するの。車体前面には黒鋼の楔形バンパーを取り付けて障害物を弾き飛ばせるようにして、側面に黒鋼投射器の銃眼を配置する。そして推進力には、リオの小型魔導炉の集光熱風を直結して最大出力を引き出すわ」
「魔導炉の出力を過給して、一気に荒地を駆け抜けるんだね……!」
「街道を通らない、となると走破力が必要か……。今回は六輪の基本構造を急造で強化するけれど、将来的に重量物を大量輸送するなら、車軸を増やして接地圧を分散する多軸駆動が必要ね」
イクミが暫定設計と合わせて将来的な設計考察を余白に走り書きする。
リオが即座に構造を把握し、目を輝かせた。
「遮熱被覆を車体全体に回せば、魔獣の感知を潜り抜けられる。ハディードさんに連絡して、今夜一晩で一気に組み上げましょう!」
「よし、動くぞ!」
フィエルが腰の剣を握り直した。 領主を救い出し、ヴェルダの未来を繋ぎ止めるための電撃作戦が、夜を徹して動き始めた。
第30話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第31話は、明日18:00に更新予定です!
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