第32話:電撃帰還と、愉快な名君
横倒しになった馬車の扉を蹴破り、砂煙の中から這い出てきたのは、仕立てのいい外套を埃まみれにした壮年の男――ヴェルダ領主、ビセンテ・ヴェルダ・アルトモンテだった。
ビセンテは腰の剣を鞘に納めると、目の前に鎮座する異様な黒鋼の巨躯――六基の転輪に巻き付いた左右一対の黒鋼製クローラーを軋ませる魔導装甲車を凝視し、ぽかんと口を開けた。
「……おいおい、フィエル! 王都の狸どもを煙に巻いて脱出してきたと思ったら、我が領の警備隊はいつから『鉄の魔獣』を飼い慣らすようになったんだ!?」
「領主様、ご無事で何よりです!」
フィエルが兜を脱ぎ、深々と一礼する。
「王都の不穏な動きを察知し、急遽開発した高速強行突破車両にてお迎えに上がりました! 詳しい説明は車内で! 直ちにお乗りください!」
「おお、こんな規格外の代物を一晩で仕立てたのか! 素晴らしい、実にいいぞ!」
ビセンテは少年のように目を輝かせ、護衛たちの制止も聞かずにキャビンへと真っ先に飛び込んできた。
「発進します! 掴まっていてください!」
リオが操縦席でレバーを押し込むと、魔導炉が過給音を上げ、六基の転輪が一斉に回転を始めた。
ガタガタガタッ! ガラガラゴロゴロォォッ!!
黒鋼のクローラーが荒野の岩肌を粉砕しながら爆走し、車内には凄まじい金属の駆動音と振動が充満する。 隣の人間の声すら掻き消されそうな騒音の中、ビセンテは手すりを掴みながら喉が張り裂けんばかりの大声で叫んだ。
「おいフィエルッ! この振動は凄いな! だが外へ熱が漏れておらんぞ! 王立工房の石頭どもが見たら泡を吹いて卒倒するぞッ!」
「領主様ッ! 声が大きすぎます――いや、大声でないと聞こえませんか! そちらの二人が私からの報告にあったリオ君とイクミ殿です!」
フィエルも負けじと腹の底から怒鳴り返す。
「君たちがそうかッ! マテオを捕まえてフストを論破したというのは痛快だったぞッ!」
「勝手な越権行為をお許しください、領主様ッ!」
イクミが両手でメガホンを作って叫ぶと、ビセンテは首を激しく横に振った。
「気にするなッ! そもそも私が王都へ行ったのは、中央の締め付けに対抗する基盤を五年かけて作るためだったのだ! だが君たちが数週間で特使を叩き返したせいで、私の苦労が全部吹き飛んでしまったわッ!」
「は、はあぁっ!? すみませんッ、よく聞こえませんッ!」
前方を凝視して必死に操縦桿を握るリオが絶叫する。
「領主様はッ! 面白い事業に首を突っ込みたいがためにッ! 普段から仕事を人一倍早く片付ける悪癖があると言っているんですッ!」
「悪癖とは何だフィエルッ! 面白いことのためなら書類など三日で終わらせるのが私の流儀だッ!」
怒鳴り合う二人に、イクミが大声で割り込む。
「領主様ッ! 王都との経済封鎖が始まりますッ!」
「うむッ! それなら私も考えていた! 今後三年かけて近隣領主と裏交易路を拓き、食料と薬品のルートを――」
「それならもう手を打ってありますッ!」
リオが運転席の脇から、減圧釜で作ったばかりの翠色の小瓶を片手で掲げた。
「高純度ポーションの量産体制が整いましたッ! 土壌改良材で食料自給率も百二十センドまで上がりますッ!」
「……な、何だってぇぇぇッ!?」
ビセンテの絶叫が車内に響き渡る。
「さらにこの装甲車で境界林から資材を運び放題ですッ!」
イクミが畳み掛けるように怒鳴ると、ビセンテは小瓶と装甲車の天井を見比べ、耳を塞いだまま天を仰いで絶叫した。
「私の三年計画はどこへ行ったぁぁぁッ!? 君たち、先走るにも限度があるだろうがぁぁぁッ!!」
名君の悲鳴のような叫びが轟音の中に消えていく。
夕闇が迫る中、爆走する装甲車は無事にヴェルダの正門を潜り抜けた。 空には、六基の結界塔が放つ完璧な藍色の天幕が、主の帰還を静かに迎えていた。
第32話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第33話は、明日18:00に更新予定です!
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