第12話:境界林の採取行と、酸を吐く影
青々とした木々が生い茂る境界林は、木漏れ日が揺れ、鳥のさえずりが響く一見すると穏やかな原生林だった。
しかし、足を踏み入れるにつれて漂う空気の密度が変わっていく。肌をチリチリと刺すような微細な魔力の揺らぎが、大気全体に満ちていた。
「すごい……空気が澄んでいて綺麗だけど、なんだか肌がピリピリするわね」
イクミが足元の分厚い腐葉土を踏みしめながら、周囲の巨木を見上げる。
「境界林には地脈から湧き出るマナが濃く滞留しているからね。だからこそ、街の近くじゃ採れない珍しい鉱物や植物が育つんだ」
リオはしゃがみ込み、川へと続くぬかるんだ土壌に直接指先を差し込んだ。
【詳細把握】を発動させる。
指先から送り込んだ魔力が土の粒子を巡り、含まれる成分の構造が鮮明に脳裏へ伝わってきた。
「……うん、この土に混ざっている砂、上流から流れてきた石英の比率がすごく高い。近くの水辺に行けば、純度の高い白い砂利が堆積しているはずだよ」
リオの案内で木々のトンネルを抜けると、陽光を反射して白くきらめく浅瀬の河原に出た。
「わあ……本当に砂浜みたいに白い砂が溜まってる!」
イクミが背負い籠を下ろし、川べりの砂を手ですくい上げる。
リオも水底の砂利に直接両手を浸し、【詳細把握】で粒子をじっくりと精査した。
「うん、直接触ってみて確信したよ。鉄分や泥の混入が極端に少ない。これなら【再配置】の負荷を最小限に抑えて、最高純度のシリカを取り出せるよ」
リオは麻袋を広げ、川底から白い珪砂をすくい上げていく。イクミも作業用の革手袋をはめ、手際よく小石を取り除きながら選別を手伝った。
二人が夢中で作業を進め、麻袋の半分ほどが良質な珪砂で満たされた、その時。
カサリ……と、背後の薮が不自然に揺れた。
鼻を突く、ツンとした刺激臭。
リオの耳が微かな異音を捉えた。風の音ではない。水気を帯びた粘着質なものが、濡れた土を這いずるような湿った音。
「イクミさん、下がって!」
リオはとっさに短槍を引き抜き、イクミの前に立ちはだかった。
薮を押し分けて姿を現したのは、小型犬ほどの大きさがある、半透明の黄緑色をした不定形の塊だった。
表面をドロドロと波打たせ、中心部には親指大の濁った赤い核が脈打つように浮遊している。
「な、何あれ……!? スライム……!?」
イクミが息を呑んで後退する。
「『アシッドスライム』だ! 最下級の魔獣だけど、体表の粘液が酸になってる!」
スライムが獲物を捉え、体をバネのようにググッと低く沈み込ませた。
ジュウウ……と、スライムの腹部が触れた下草から微かな煙が立ち上り、茶色く変色していく。
ビチャッ――!!
濡れた土を蹴るような音とともに、酸の粘液を滴らせた塊が、低く鋭い軌道でリオの胸元めがけて飛びかかってきた。
「くっ……!」
リオは短槍の石突きでスライムの体当たりを横から払いのけた。
弾かれたスライムは河原の石の上へ着地し、石の表面をシュワシュワと微細に泡立たせながら、すぐに方向転換して再び身を縮める。
「リオ、槍の刃を直接当てちゃダメ! あの粘液、酢や希塩酸くらいの酸性度があるわ! 普通の鉄刃を突き刺したら刃先が腐食するし、飛び散った液が肌についたら火傷する!」
イクミの冷静な分析が飛ぶ。
「わかってる! でも、中心の核を潰さないと動きを止められない……!」
スライムは威嚇するようにブクブクと体表を泡立て、リオの足を狙って二度目の体当たりを仕掛けようと跳躍した。
「リオ、あいつを風下に誘導して! 私たちが風上に回るの!」
イクミは恐怖を気力でねじ伏せ、腰のポーチから小さな革袋を素早く掴み取った
第12話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第13話は、明日18:00に更新予定です!
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