第13話:初めての討伐と、森の微風
リオはイクミの指示通り、短槍の石突きで地面の砂利を弾いてスライムの注意を引きつけながら、河原を斜め後方へと後退した。
川面から吹き抜ける風を背に受ける位置――自分たちが風上、スライムが風下へと位置関係が素早く切り替わる。
スライムは獲物を逃すまいと体表を泡立たせ、リオの足元を狙って鋭く跳躍した。
「今よ!」
イクミが風上から一歩踏み込み、革袋の口を解いて中の粉末を一気に虚空へと放った。
風に乗った微細な白い粉が、霧のように広がってスライムの全身へと降り注ぐ。
直後――ジュワァァァッ!! という激しい発泡音とともに、白煙とガスがスライムの体表から噴き上がった。
「グニュ……ッ!?」
スライムの半透明だった黄緑色の肉体が、急激な中和反応によって白濁し、冷え固まったゼラチンのように動きを止める。酸の流動性を奪われたのだ。
さらに、風下へ一気に吹き流されたガスが大木の下枝を包み込んだ瞬間――。
バサバサッ、ボタッ!
「ギチッ!?」
スライムの頭上の枝に潜んでいた体長三十センチほどの巨大な毒蛾が、急激なガスに巻かれて酸素を奪われたのか、羽を痙攣させながら地面へと落下した。
「えっ……木の上にも何かいたの!?」
「弱った! 今のうちに!」
イクミの叫びと同時に、リオは地を蹴った。
短槍の先端――ナノカーボンを焼き付けた特製黒タガネの切っ先を、固化したスライムの中心で剥き出しになった赤い核へと正確に突き立てる。
パキンッ――!!
硬質な破砕音が河原に響き渡った。
赤い魔核が粉々に砕け散ると、スライムの肉体は形を保てなくなり、淡い光の粒子となって大気中へ霧散していく。落下していた毒蛾も、リオの流れるような追撃の一突きで核を貫かれ、同様に光となって消え失せた。
川べりに静寂が戻り、小石の上には小指の先ほどの濁った小さな魔石が二つだけ残された。
「……た、倒したの……?」
イクミはその場にへたり込み、荒い息を吐いた。手の震えがなかなか収まらない。
目の前で魔獣が消滅した光景は、現代の日常では決して味わうことのない強烈な現実感を彼女に突きつけていた。
「うん。……すごいよイクミさん。あの粉、スライムの酸を中和するだけじゃなくて、一気にガスを発生させて上の奇襲まで防げたんだね」
リオが短槍を収め、へたり込むイクミへ手を差し伸べた。
「……炭酸塩と酸が反応して二酸化炭素のガスが出ただけよ。風上にいて助かったわ。……これ、うまく使えば閉所での燻し出しにも応用できそうね」
科学者らしい観察眼を取り戻し、イクミはリオの手を取って立ち上がった。
「……ああもう、泥と酸で服が台無し。せっかくの化学繊維のシャツなのに……」
裾の泥を払いながら小さく愚痴をこぼす。立ち眩みや足のもつれを覚悟していたが、思ったよりもすんなりと足に力が入る。
(……あれ? さっきまであんなに足がすくんでいたのに、思ったより疲れてないかも。アドレナリンが出てるせいかしら)
イクミは額の汗を拭い、背負い籠を肩に掛け直した。
「さあ、珪砂の採取を続けましょ。早く戻って工房を動かさないと」
「うん、行こう」
二人は残りの珪砂を手早く麻袋に詰め、木漏れ日の差す山道を小屋へと引き返し始めた。
第13話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第14話は、明日18:00に更新予定です!
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