第10話:領主の盾と、最初の契約
鍛冶場の熱気が、フィエルの纏う冷たい朝の空気とぶつかり合って白い霧を生んでいた。
銀髪の武官は、作業台の上で唸りを上げる小型魔導炉へと視線を移し、わずかに眉を動かした。
「……下級魔石一つでこれほどの熱量を自律励起させているのか。クラロの言葉に誇張はなかったようだな」
彼は革手袋を外し、リオの正面へと歩み寄った。その足取りには無駄がなく、腰に佩いた直剣の柄には歴戦の擦れ痕が刻まれている。
「名乗ろう。ヴェルダ領主直属警備隊長、フィエル・セルタセロだ。まずは昨夜、クラロを通じて買い取らせてもらったあの結晶……『超高純度マナ・シリカ』について礼を言いたい。あれはすでに、街の東部外壁にある第一結界塔の増幅核として換装された」
「もう換装したんですか……?」
リオが驚きを口にすると、フィエルは厳格な面持ちのまま静かに頷いた。
「境界林に棲まう魔獣の活性化は年々激しさを増している。従来の王立工房製レンズでは、出力の上限が低いうえに半月の連続稼働で熱割れを起こし、結界に常に綻びが生じていた。だが、貴公の結晶に置き換えた昨夜、結界の出力は三倍に跳ね上がり、魔力線の温度上昇は完全に止まった。……防衛を預かる者として、喉から手が出るほど求めていた技術だ」
フィエルは懐から一通の羊皮紙を取り出し、作業台の上に広げた。
そこにはヴェルダ領主の公印とともに、詳細な契約条項が記されていた。
「単刀直入に用件を告げる。領内全域、計六基の結界塔の心臓部を、すべて貴公らの結晶へ換装したい。納品数は大サイズ六基分。対価として金貨百五十枚、および工房設立に関わる諸税の免除を提示する」
金貨百五十枚。
個人の錬金術師が生涯かけて稼ぐ金額を遥かに超える莫大な対価だった。
だが、横で控えていたイクミがすかさず口を開く。
「条件の提示、ありがとうございます。ですが、一つ確認させてください」
フィエルの鋭い視線がイクミへと向けられる。彼女の異質なローブ姿を前にしても、フィエルの表情に軽侮の色は微塵もなかった。
「申してみよ」
「私たちは王立工房や王都ギルドとの政治闘争に巻き込まれることを望んでいません。この契約を結ぶことで、王都の監査役……たとえば先ほどハディードさんの工房へ乗り込んできたマテオのような人物から、不当な横槍や素材の差し押さえを受ける危険はありませんか?」
イクミの的確な懸念に、フィエルの口元がわずかに緩んだ。
「その心配は無用だ。ヴェルダは境界林の防衛を担う特別軍政特区であり、領内防衛に関わる物資調達においては、王都ギルドの監査権より領主令が優先される。マテオの背後にいる王都派閥がどれだけ騒ごうと、我が警備隊が貴公らの工房を『領主館直属の指定調達所』として防衛指定区に指定する。手出しは一切許さん」
その言葉に、作業台の陰で腕を組んでいたハディードが鼻を鳴らし、豪快に笑った。
「聞いたか小僧、小娘。領主の盾が手に入るってわけだ。あのマテオの青瓢箪が手形を振りかざして来ようが、警備隊に首根っこ掴まれて叩き出されるのがオチよ」
リオは深く息を吸い、フィエルが差し出した羊皮紙を見つめた。
追放された身でありながら、自分とイクミの技術が、街ひとつを守るための力として認められようとしている。
「引き受けます、セルタセロ隊長。六基分のマナ・シリカ、完璧な精度で揃えてみせます。……ただし、加工と金具の鋳造は、ここにいるハディードさんとの共同製作とさせてください」
「無論だ。ハディードの腕は以前より高く評価している。ギルドの旧弊に縛られぬ本物の職人だからな」
フィエルは頷き、サインのための羽ペンをリオへ手渡した。
リオは迷いなく自身の名を羊皮紙の末尾に走らせる。
「契約成立だ。前金として金貨五十枚をクラロへ預けてある。資材の調達はクラロの店を通すがいい」
フィエルが踵を返し、工房の扉へと向かう。
すれ違いざま、後ろで静かに見守っていたクラロが、片眼鏡の奥の瞳を細めてリオとイクミに小さく囁いた。
「言っただろう、坊主。素材の価値を正しく見極める相手なら、街の命運だって動かせるとな。……さあ、これから忙しくなるぞ」
朝靄が完全に晴れ上がり、交易都市ヴェルダの街並みに眩しい朝日が降り注いでいた。
古い権威の束縛を脱した二人の技術が、確かな後ろ盾と資金を得て、境界の地で本格的な産声を上げようとしていた。
第10話をお読みいただきありがとうございました!
次回 11話も、明日18:00に投稿予定です!
────────────────────
少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
画面下の【ブックマークに追加】や、広告下の【☆☆☆☆☆】評価(★をポチッと押していただけると最高に励みになります!)で応援していただけると嬉しいです。
感想やいいねも大歓迎です! 明日の更新もよろしくお願いいたします。




