魔法使いのサプライズ
「ははっ!学生最後のいたずらにしては、細やかすぎやしないか?アスター」
「ナ、……ナルムクツェ先生」
笑い声が響いたかと思えば海が割れたかのように人混みが勝手に避けていき、その奥からナルムクツェ・アロが現れた。肩に羽織った式典用のローブから覗く、スリーピースのスーツが長身に相まって存在感を際立たせている。女子生徒の黄色い歓声が遠くで聞こえた。
「俺は優しい先生だからなぁ、そんなナリじゃ心が痛むぜ。なぁ、エト・アメルス。お前はどう思う?」
「アロせんせ、何言ってるの?」
”そんなナリ”と見遣って問いかけたくせにエトを無視したまま彼が懐から杖を出して振ると、エトがまとっていた教師用ローブが消し飛んで中のドレスがあらわになった。
「ふぁ!?」
「飛び級学科主席の餞別だ。受け取れ!!リアン・アスター」
騒ぐエトの頭を手で押し付けながら、ナルムクツェは急速に魔力を集めているのが分かる。異様な光景に何が起きるんだと周囲が混乱していたら、突然三人の足元に魔法陣が出現すると目の前からエトが光と共に消えた。
「ちょっ!?先生何を……!!」
「フン、ちゃんと渡したからな。さっさと会場戻れよ」
「っ、あああああああ!!!なにこれぇぇぇ!!!??」
周囲を無視してナルムクツェは手の中に赤縁のメガネをおさめると、上機嫌のままシュンと魔法で移動して消えた。その刹那、叫び声が頭上から響いた。一斉に視線をあげれば、光の塊が落下してくる。リアンは空に腕を突き上げて、その塊に向かって浮遊魔法をかけた。
(間に合え!!!!)
ふわりとその塊の落下スピードが変わると、リアンは受け止めるように光に手を伸ばす。
光の中からキラキラと魔力の粒子を弾かせながら現れた、さっきのとは違うドレスに身を包んだエトを受け止める。浮遊魔法がうまく作用し、手を引いて地面に着地させるだけでよかった。
「リアン……?これは?」
「ナルムクツェ先生の”お祝い”だって」
目をぱちぱちとさせながら、エトは混乱しながら自分を見下ろした。持ち上げた腕でパフスリーブの袖が揺れた。布地がふんだんに使われたオーガンジーの生地が膝丈からフィッシュテールに伸びて先までラベンダーのグラデーションが入っている。表面に散りばめられたストーンが、星空のように輝いた。
それを受けたかのように、もともと履いていた靴が紫のオーロラのような色になっている。
「えっ嘘!?あれって……」
「あの二人って仲悪いんじゃなかった!?」
「はぁ!?違うよ、ケンカップルでしょ!?」
「おい、バカ。それ禁句!!」
「だってあれ、『祝福の魔法』じゃん!!」
周りがざわついている理由は、ナルムクツェがかけた魔法にある。
古くから伝わる魔法で「100%の善意」がないと発動しないのだ。妖精からの贈り物とも称される、いわゆる魔法に術者の内側を見抜かれる類のもの。
それを普段ナルムクツェがエトに怒っている場面ばかりを見かける他の者たちが目の当たりにしたのだ。混乱して当たり前だろう。
「ふふふ、このまま行っちゃお」
「うん。エト、手を」
差し出された手に、エトは右手を添えるとリアンが魔力を込めたのが分かった。手首がほんのり暖かくなるのを感じると、ポンっとコサージュが現れた。パープルのリボンが魔法でシュルシュルと手首に巻かれていく。リアンの胸に咲いているのと同じ花だ。
これを魔法で出現させるのを夜な夜な練習していたのを、寮監含め寮生にあーだこーだ言われながら習得した。
「あたし、このお花だいすき」
「よかった」
腕に手を置かせてそのまま会場に向かった。時折横から、ふふふと思い出したように笑いが漏れていたがだんだん黙り込んで足取りが少し重たくなった。ちらりと横を見下ろしたら、目線を前に向けたまま青い顔でガクガクと挙動がおかしいエトがいた。
「ねえ、先に謝っておくんだけど……」
「なあに?」
「あたし、ダンスなんて踊れない」
「ああ、そんなこと」
「そんなこと!?リアンは練習あったんでしょ!あたしはぶっつけ本番!?どうしよ、学会発表よりキンチョーしてる!!足ってどっちが何!?ねえ、どっちに進むの!?」
急に自分の立たされる状況を飲みこんで、青くなったり赤くなったりしながら添えていた腕を肘からぐいぐい引っ張って主張してくる。そんなに引っ張らないでほしい。右に身体が傾いて、腕に自分とは違った感触がぎゅううと密着してくるから。
「ああ、もう!落ち着いてよ。その靴履いてるから大丈夫」
「へ?靴??」
エトは自分の足元を見下ろした。ヨハネスから贈られた新品のそれは、色調節の魔法により先ほど違って色が変わっている。
「ヨハンがくれたやつなんだけど……?」
「ベーシックのステップを術式で入れてもらったから、靴に任せてエトはホールドだけ集中して」
「すっごい便利!!そっかぁ、靴が連れてってくれるんだ」
リアンとヨハネスの気遣いに感謝しながら、エトは嬉しさで胸がいっぱいになった。そうか、あなたがここまで連れてきてくれたんだね。コツ、と踵が鳴ってまるで返事が返ってきたみたいだ。
「エト」
「ん?」
舞台袖の待機列に並び照明に照らされる先をぼうっと眺めていると、静かに名前を呼ばれて横を見上げた。薄暗い中でアンバーの瞳が鈍く光っていて綺麗だった。
「もう悔しくない?」
「うん。もう全然悔しくないよ」
繋いだ手をぎゅっと握り、引いてくれる手に身を任せてエトは明るい方へ進んだ。




