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宙に名を刻め【完】  作者: 壱原 棗
宙に名を刻め
11/14

答え合わせをしよう


「俺と踊って」


 エトに回りくどい言葉は逆効果だからこれしか言えなかった。跪いたはいいものの、下から見上げるエトは固まっていた。瞬きを忘れた薄紫色の瞳が、夜と昼の狭間を取り込んで複雑な色に見える。目が合っているようで、合っていない。エトの瞳が静かに揺れていた。


「……あたし、は」

「エトが決めていいよ」


 まっすぐ見つめてくるリアンの顔をエトは久しぶりに見た気がする。


「リアンは……あたしじゃ……」


 出会った頃の、心が折れそうになったあの夜。唇を震わせて言いかけてしまった言葉の続き。本当は独りで何度も考えた。

 思考が巡って、目頭だけが熱くなる。こんなの子供みたいでイヤだ。

 自分はこの子にふさわしいだろうか。自分よりあなたを導いていける人が他にいるんじゃないかって。

 リアンに対しては自信が湧かない。でも今は、今ならきっと。


「ううん。あたしは、ずっと……」

「うん」

「ずっと……!」


 過去を振り切るようにぎゅっと目を閉じて息を吸って。溜まる涙は知らないふりをして。ほら、言え。


「リアンの、っ……道標みちしるべになりたかった……!」


 言ってしまったら両目からぼろぼろと涙が決壊した。汗ばんだ手のひらが痛い。無意識に爪が食い込むくらい握っていた。気持ちの吐き出し方を知らない、子供の頃に戻ったみたいに。


「あなたが道を選べるように。その時まで……道に、っ、迷わないようにっ……!」


 可哀そうなほど唇を震わせながら声を上げて泣くのを我慢する姿は、子供よりもいじらしい。天真爛漫な普段の様子を見ている周囲はその光景に唖然としていた。囃し立てる声はいつの間にか止んでいて、二人のただならぬ空気をを固唾を飲んで見守っている。


 リアンは黙って彼女の言葉を聞いていた。それはきっと、ずっと隠れていた彼女の本音。あの時の続きではない、エトなりの決意の言葉。

 暗い坑道から連れ出してくれた時からリアンにとってエトは希望の光だった。それはとっくに達成していると、リアンは眉を下げて小さく微笑んだ。

 

「エトは暗くて細い道しか知らなかった俺に、たくさんの道を示してくれたよ」

「……っ、うぅっ…」


 あの日からずっと、あなたの隣に立ちたかった。

 満天の空の下で、こっそり自分に誓ったんだ。この人を絶対に独りにはしないって。

 だから泣かないで。泣き止ませたい。早く、早くこの手を取ってほしいと焦りが募る。この申入れは、自分から手が取れないのだから。


 すすり泣く声がようやく落ち着く。それでも頬を涙で濡らしながら、それを拭おうとせずにエトは泣きながら不格好に微笑んだ。


「ねえ、リアン……」

「なあに?」


 小さく息を吸って、エトは問う。


「”君が1番輝ける場所は見つかった?”」


 才能は輝きだ。かつて恩師にそう言われた。誘い文句のその果てに、たどり着いた先は正しかったかと。何者かになれるだろうかと。


「!……っ、はい!!」

「よかった……」


 少し泣きそうな返事に、エトは心底安心した。その拍子に涙は落ち着いたようだ。息を吐ききって、呼吸が楽になる。

 エトは慌てて手の甲で涙を拭おうとしたら、いつの間にか立ち上がったリアンがその手首を優しく掴んで止めるとポケットチーフを取り出して頬にあててくれた。


 羨ましいと、あなたは言った。だからそれを全力で叶えてあげたかったのだ。


「知ってる?あなたは存外欲張りなんだ。やりたいこと、全部やらないと気が済まないでしょ?」


 いたずらをした子供のようにくしゃりと笑いながら、リアンが自信たっぷりにそう言った。


 かつて「天才」と謳われた少女は、他の追随を許さない存在に成長した。

 両親に手を引かれて卒業したあの日、楽しそうに踊る年上の同級生を遠くから見つめていた。踵の高い靴を履いてドレスで着飾って楽しむ彼女たちと、踵の低い靴を履く少女は明らかに違っていた。少女はどこかで「ありふれた光景」に憧れていたのかもしれない。


 でも今は。今この時だけは。叶わなかった場所への道を示してくれる(存在)がいる。幼心で閉じ込めた気持ちを、諦めなくていいんだよと言ってくれているような気がした。


「ふふ、最後にリアンと踊りたいな」

「……ありがとう」


 だからエトは顔に添えられた手を取った。あの頃とは違う、自分よりも大きくなった手。もうお互いに震えていなかった。リアンは安心感から添えられた手を両手で包んで動かなくなった。

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