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13.ドラゴンのやり方

「もはや一刻の猶予もない。ドラゴンのお二人には噴火を止める方に回って頂き……アイリス、その手は何だ?」

「私もディーたちと一緒に行く。カウポナ山の説明なんて、ディーは全然聞いてなさそうだったし。聞いてた人間が一人くらい一緒に行ったほうがいいでしょ。私は何回か登ったことあるから、ウルクに来たばかりのお父さん達より適任だと思うけど?」

 アイリスの言にマルガはうっと言葉に詰まった、ように見える。

 ドラゴン、人間、女神を交えた話し合いの結果、ディーとイグニフェル、クラウとアイリスは火口に。

 ラジーニアと竜狩り師たちは、不安の只中にあるだろうウルクに戻ることになった。

「信徒が愛する街のため、この女神ラジーニアが一肌脱いでやろう。人間たちよ、私の本気をありがたく受け取れ!」

 女神が指をパチンと鳴らすと、その姿は一挙に妙齢の女性に変わる。突如として出現した美女に、ぽかんとする竜狩り師たちだったが、驚きはすぐさま賞賛の口笛に変わった。

「ラジーニア様、それが本来のお姿ですか?」

「そうとも。まだ完全に力を取り戻したわけではないが、住民たちの不安を鎮めるには十分であろう。――では、行ってくる」

 竜狩り師の一団を率いて山を降りる女神。その後ろ姿を見送り、ディーたちは火口へ向かう。クラウを乗せたイグニフェルと同じように、アイリスを肩に乗せて。

 噴煙のせいで飛べないので、アイリスの道案内で山道を進む。

「前にも聞いたけど。どうして『人間らしさ』を知りたかったの?」

「父の言葉の理由がずっと気になっていたんだ」

 いつも誰かの背中を追っている気がする、と思いつつ、イグニフェルに続く。

「昔、故郷の街が燃えた日、父は逃げろと言った。自分が拒むと『ドラゴンなんか拾うんじゃなかった、逃げるのに邪魔だ』と。それが最後の言葉になった。……だから」

 人間らしさを知れば、『あの日』をやり直せるような気がしていた。

 自分がドラゴンではなく、人間でさえあったなら。

 父は死なずに済んだのではないか。

「……バカね」

「よく言われる」

 肩に乗っているアイリスの様子をうかがう事はできない。顔の辺りをぬぐっているのがちらっと視界の端で分かるだけだ。

 火口が見えてくると、イグニフェルがこちらを振り向いた。

「まずいな。量が多いぞ」

「それは、どういう……」

 火口をのぞいたディーは、溶岩の熱気と眩さに目をしばたいた。

「うーむ、今まで放っておいたから、溜まりすぎたらしい。二人がかりで腹いっぱい食っても、噴火を止められるかどうか」

「ねぇ、海側に向かって溝とか掘れない? 溶岩をそっちに流せないかな」

 火口とその周りを見ていたアイリスが、噴煙にせき込みながら指さす。

 カウポナ山は、湾に面したウルクの東から突き出す半島の山だ。ドラゴンの吐息で溝を掘って、溶岩を誘導するというアイリスの提案に、イグニフェルはふむ、と頷く。

「よし、ディートハルト、注意して近づけよ。地面に足をふんばるんだ」

 火口の際まで迫ってから、アイリスに石がぶつからないようそっと手のひらで覆う。

「溶岩をうまい食いもんだと思って、腹を使って息吸い込む。最初の一回は空に吐き出して、威力を確かめるといいぞ」

「それだけですか?」

「あのなぁ、そもそも霊素の食い方なんて、言葉で教えるようなモンじゃねぇんだ。大抵のドラゴンは本能でやってのけるんだからな」

 ディーは舌打ちして火口を見つめる。

 よく見れば、いつもパンを焼き上げている焼きがまの中のように見えないこともない。

「さっさとお前も食えよ。うまいぜ」

 イグニフェルの黒い巨体、体表のヒビが真っ赤に光る。天に向かって開かれた顎から、立ち上がる劫火の柱。一息ついて、ニヤリと笑う。

 お前にはできないだろう、と言われたような気がして、どうしようもなく腹が立つ。

「やってやるさ」

 ぼそりと口にして、目を閉じた。

 踏みしめる足の下に、火山の震動と――地中の奥底に膨大な熱がうごめいているのが分かる。それは、細い隘路に無理やり体をねじ込むようにして地表にはい出てくるのだ。

 溶岩を食い物だと思え、という言葉で頭に浮かぶのは、今までに味わった様々なもの。

 ぺトラの作ったサンドイッチ、自分で入れたお茶の味、ロルフの新作のマズさ、アイリスと食べたバウムクーヘン。

 目を開き、大きく息を吸い込む。腹から喉にこみ上げてくる熱さは、酒を飲んだときに似ている。

 ただ違うのは、今までに食べたどんなモノよりも甘く、温かく体のすみずみまで行き渡る、初めての感触だということ。

 それはディーの口から火炎となってほとばしり、いくつも火の粉を散らした。

「どうだ? 霊素の味は」

「悪くありません」

 イグニフェルの問いに短く返事をし、今度は口を地面に向けて息を吸い込む。

 油断すると振り回されそうになる炎を制御するのは楽ではない。地面をえぐり過ぎて新しい火口を作るなんて以ての外、意図しない方向に溶岩を流すわけにもいかないのだから。

「大丈夫? 熱くないの?」

「あぁ、熱くはない。精密作業が少し、疲れるだけだ」

 アイリスに応え、あと少しで海だと、距離を確認したその時。

 ぶるり、と山が身震いしたように地面が揺れた。

「来なさったぞ、飛べ! 人間に当てるなよ!」

 石や灼熱の溶岩塊――火口が吐き出す凶器を避けて、周りを旋回する。

 ついにカウポナ山が噴火した。空高く吹き上がるものとは別に、ドロリとしたオレンジ色の溶岩が火口からあふれてくる。思ったより量が少ないのは、何回か霊素を食べて炎に変えたからだろうか。

 ジュッと音がして、イグニフェルの炎が溝とは反対方向にあふれようとした溶岩を押しとどめた。火口の形を変えるつもりだろうか。

「ディートハルト! 溝の仕上げは頼んだぞ」

 彼の声にこくりと頷き、最後の一吐きをするべく息を吸い込む。飛来する石を尻尾をではたき落としながら、炎の吐息を地面にぶつけて掘る溝は、伸ばすそばから溶岩に侵食されて、海までの距離がやけに遠く感じる。

「あと少し!」

 アイリスの声に、限界まで息を吐いて――ジュッという音がした。

「やった、ディー! 間に合った!」

 気が抜けて座り込んだディーの前で、海に到達した溶岩が海水に触れ、じゅわじゅわと蒸気が上がる。アイリスに頼まれてそっと地面に下ろすと、海のそばまで近寄って、おっかなびっくりで眺めている。

 イグニフェルが傍らに降り立ち、バシッと肩を叩かれた。

「お前、なかなかやるなぁ。ガキ呼ばわりはやめてやるよ」

 彼の手の中にいるクラウが指さしたのは、水平線に沈む夕日だ。

「火山の霊素を食うドラゴンは、あれみたいな夕日の色か、父ちゃんみたいな黒い色になるんだってさ。お前はどっちなんだろうな」

 ディーの体の上に戻ってきたアイリスが、緑のウロコをつつきながら言う。

「私は夕日の色がいいな」

「何言ってんだか。黒い方がかっこいいに決まってる!」

「そんな事ないでしょ。赤とオレンジもすてきじゃない」

 赤だ黒だと言い争うクラウとアイリスを見ていると、炎ではなくて笑いがこみ上げてきた。二人にフン、と鼻息を吹きかけて、きっぱりと宣言する。

「アイリス、クラウ。自分の体のことは、自分で決めるよ」

 人間の街から、海に沈む夕日を見るのは初めてだ。

 太陽は溶岩と同じく熱いはずなのに、なぜ蒸気が上がらないのだろう? そう思いながら、ディーはいくつ目かの『初めて』を胸のうちにしまった。

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