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12.子供の意地

「話は終わったか? お二人さん」

 唐突に。

 今まで黙っていた黒鱗のドラゴンが、話しかけてきた。

「ディートハルトだっけか? お前は町を潰すのをやめろと言ったが、我々に噴火を止めることなどできんぞ。アレは純然たる自然現象だからな」

 さらりと出た言葉にディーが反応できずにいると、イグニフェルは口の端を持ち上げて笑みを浮かべた。

「そもそも、お前のようなガキがどうやって人間を守るというんだ? 噴火を止めるどころか、兆候にも気づかなかったんだろう」

 クラウを肩に乗せるイグニフェルと対峙し、ディーはアイリスを背後にかばう位置に移動する。

「……ガキ、とは幼い子供を指す言葉のはずだ。自分は子供ではない」

「いや、お前はガキだよ。ドラゴンってのはな、あまねく広がる霊素の流れ――人間たちが地脈とか呼んでるものを食って、炎を吐けるようになったらようやく一人前なんだ。俺みたいに火山の霊素を好んで食ってる奴は赤とか黒のウロコ、雪山に住んでりゃ白。緑は、炎を一度も吐いたことのないガキの色ってわけさ」

 ディーは屈辱に歯噛みした。イグニフェルの面に浮かぶのは、明らかな嘲笑だったからだ。

「おっと、お前は人間に育てられたんだったか。なら知らなくてもしょうがないな、悪いことをした」

 キシシ、と歯を見せて笑うイグニフェルの目は赤く燃え、その巨躯にはところどころに炎がこぼれるようなヒビが入っている。さながら、黒い皮一枚の下に熱を隠した溶岩だ。

「自然現象で止められない、と言うのなら、なぜあなたはこのウルクにやってきたのだ? 何もせず、黙殺してもいいじゃないか」

「あぁ、それはな」

 イグニフェルはあくびを一つ。

「近いうちに噴火しそうな山がある、うまそうだなと思ってきたら、昔のつがいが可愛がってた人間の子どもがいたってだけだ」

「昔のつがい?」

「なんだよ、つがいも知らないのか? 子供を作ろうって決めた相方のことだ。クラウを育ててたエリーリャは、俺の卵を産んでくれたことがあるのさ。知らない仲でもなし、忘れ形見の復讐のため、ちったぁ我慢するのもいいかと思って、な!」

 言い終えるが早いか、イグニフェルは身をひるがえして尻尾の一撃。

 反射的に振り回したディーのそれとかちあって火花が散る。

 息つく間もなく蹴りを腹にくらい、ディーは思わず体を折る。跳びすさり距離をとったイグニフェルの、瞳の赤がひときわ輝いた。

「お前が本当に人間を守れるか、試してやるよ」

「なに、を」

 翼を広げたイグニフェルが大きく息を吸うと、体表のヒビが脈うつように燃えた。大きく開けた口にはまばゆい光が収束し、その視線は――アイリス達人間に向いている。

 炎の吐息だと悟ったディーは、すんでのところで射線に割り込んだ。

「ディー! どうして!」

 アイリスの悲鳴と共に、腹に衝撃。ばかもの! という女神の怒鳴り声。

 肉の焦げる匂い。

 熱いな、とぼんやり思う。

 だが、思考はすぐに現実へと引き戻された。

「よく防いだが、これからどうする?」

「ぐっ」

 間髪入れずに尻尾と足、加えて頭突きの波状攻撃。ウロコと一緒に血が飛び散る。

 炎の吐息こそないものの、イグニフェルは攻撃の手を休めることはなく、いくつかを防いでも焼け石に水だ。跳ねた小石がアイリスの方へ飛んでいくのさえ、許してはならない。

「父ちゃん、もういいよ」

「クラウ、何か言ったか?」

 跳ね上がった尻尾を防げず、まともに顎にくらってしまう。口に広がる血の味を、ペッと吐き捨てた。

「ディーに攻撃はもういいよ。これ以上やったら死んじゃう」

「おや、復讐を遂げるんじゃなかったのか? このガキは味方にはなれないと言い、人間をかばっているんだぞ。目的のためには殺すしかないだろう」

 イグニフェルの肩にしがみついていたクラウが、目に見えてびくりと震えた。

「クラウ、お前はドラゴンなのか、人間なのか? 復讐をしたいのか、したくないのか、どっちだ?」

「お、俺はドラゴンだよ! だけど、ディーを殺すんなんてダメだ! 人間がドラゴンを狩って売りさばくことも知らなかった世間知らずだぞ、パンの作り方も風呂の入り方もダメダメだ! そんなバカを放っておけるか!」

 駄々をこねる少年の言い草に、イグニフェルは大笑い。ディーは血の味をかみしめるしかない。

「バカとかダメとか言われました。自分はそんなに世間知らずでしょうか」

「……まぁ、クラウに言われたくないな、とはわたしも思う」

 ディーが女神にぼやいていると、イグニフェルが笑顔のままこちらを睨んだように見えた。

「どうだ、ガキ。まだ考えは変わらないか?」

「しつこい!」

「そんなボロボロの体で意地を張るのはよせ。止める手段なんてねぇよ」

 ディーは頭を振って、断言した。

「方法ならある。あなたの言葉の中に」

 ぴくり、とイグニフェルの口の端が動く。

 黒いドラゴンの今までの言動を反芻しながら、一つずつ言葉にしていく。

「あなたは火山の霊素を好むドラゴンだそうだな。カウポナ山をうまそうだ、と。そんなあなたがクラウの復讐のために『我慢している』と言う。文脈からして『食べるのを我慢している』と受け取るのが自然だが、それは何故か? そう考えると、一つの推測ができる。――噴火は、霊素を食べると治まってしまうしまうんだろう? 一度しか炎を吐かなかったのも、それを防ぐためだ」

 ディーの指摘に、イグニフェルとクラウの目がまん丸になった。

「ほほぉ。なかなかどうして、頭が切れるじゃないか。人間に育てられると違うのかねぇ」

「わたしも、どこかで聞いたことがある。ドラゴンは、放っておくとあふれてしまう霊素の余剰分を食べて、全体の流れを整える役割を担っていると」

「ちょっと待ってよ! それじゃ、今まで竜狩り師がしてきたことは――」

 アイリスは女神の言葉に肩をわななかせた。

「よくわかってるじゃないか、小娘。このままドラゴンが減り続ければ、噴火や地震、雪崩や津波は増える一方だろうよ」

「な……!」 

 絶句するアイリスに、イグニフェルがあくび混じりに告げる。

「霊素を食ったら噴火が止まるってのは本当だ。だが、人間のためにそうしてやるつもりなんてさらさら無いね」

「ならば、ドラゴンにとって利益があればどうだ?」

 彼の言葉に続けるようにして、ディーは口を開いた。

「何だよ、りえきって」

「そこの黒い御仁にとって、霊素で腹を満たす以外の得があればやってもらえるか、と聞いた」


 人間、ドラゴン、女神――その場にいるすべてのものが、じっとディーを見ている。深呼吸してから、そっと言葉を舌にのせた。

「竜狩り師に、今後一切、ドラゴンを狩るのをやめてもらう、とか」

 間髪入れず、アイリスの父親に目をやる。

「マルガさん。あなたは娘さんが竜狩り師になるのに反対だそうだな。『もし君が娘の友人ならば、あきらめるよう説得してほしい』とまで言っていたあなたにとって、悪くない話なのではないか?」

「君は、竜狩り師に生活の糧を捨てろ、飢えて死ねと言っているのかな」

 静かな、怒りのにじむ返答に、ディーは体をブルブル振った。飛び散ったウロコをマルガに差し出す。

「いいや。これからは、自然に落ちる牙やウロコを、人間とドラゴンの合意の上でやりとりして欲しい。この方法なら、竜狩り師にもドラゴンにも危険はないだろう。もちろん、交渉に自分が必要ならば全力を尽くすことを約束する。それと――アイリス」

 ディーは彼女の名を呼び、クラウにそうしたように、頭をたれて鼻面をよせた。紫の瞳をじっと見つめて、アイリスが言っていたことを思い出しながら言葉を紡ぐ。

「君は、竜狩り師のことを話すときは目が輝いて、得意そうだったな。君にとってその仕事は、糧を得るだけのものではなかったのだろう。正直に言うと、自分にはよくわからない感覚だ。だが――恩人に、二度と危ない目にあって欲しくないと願うことを、許してもらえないだろうか」

 そこまで言うと、アイリスの目から涙がぽろり、とこぼれ落ちた。

「っ……! バカ」

「えっ」

「あなたはお人好しで世間知らずの筈でしょ。いつも一生懸命で、バカ正直なところが取り柄なのに。どこでそんなずるい言い方を覚えてきたの」

「ずるい、のか?」

「そうよ。あなたは脅しているじゃない。噴火を止めて欲しかったら提案を受け入れろって」

「……そうか。この方法しか思いつかなかったんだ。すまない」

 何度目かの地面の揺れに、ディーは舌打ちした。もう時間がない。

「竜狩り師の皆! 考えてくれないか、別の生き方を! ウルクを助けてくれ、頼む!」

 人間の流儀にならって、ぺこりと頭を下げる。

「ラジーニア様、お願いします、あなたのほこらがある町にご加護を!」

 フフンと鼻をならす清流の女神にも、ひれ伏す。

 黒鱗のドラゴンに目を向けると、大げさにため息をつかれた。

「方法ならある、ってお前なぁ……さっきからヨソにお願いしてるだけじゃないか」

「その通りだ。弁解はしない。これが自分にできる最善の手段だと考えたから、しているまでだ」

「まじめな顔で何を言うかと思えば、開き直りかよ」

 ぷっ、と誰かの吹き出す声が聞こえた。

「バカだろ、お前」

「バカなんだよ、こいつ」

 イグニフェルとクラウの呆れ声を皮切りに、周りから次々と笑い声が聞こえる。竜狩り師たちだ。

「命がけで戦ってきたドラゴンに庇われ、お願いされて、しかも理由が人間の町を守るためとは……いやはや、ディートハルト君はなんというかその……ッ変わっているな」

「ちょっと、お父さん!」

 強面のマルガが笑いをこらえながら言う様子に、ディーはカチンときて尻尾で地面を叩いた。娘にたしなめられても、笑いの発作が収まらないようだ。

 ひとしきり笑った彼は、仲間の竜狩り師たちと二言、三言、うなずきあう。

「我々の方針は決まった。噴火を止めてもらう見返りに、ドラゴンを狩るのをやめる、という提案を受け入れよう。――ただし」

 マルガは武器を手放してイグニフェルを見上げる。

「竜狩り師の集団は我々だけではない。他の集団が狩りをやめるかについて責任は持てないが、それでもよろしいか?」

 イグニフェルが片目だけ動かし、クラウはその肩から降りる。

「ま、差し当たってはそれでいい。取引成立、噴火を止めてやろう。クラウも構わないな?」

「……うん」

 クラウが頷いてようやく、ディーは胸をなでおろした。これでウルクを、大好きな人たちを守ることができる。

「お二人とも、本当にありがとうございます」

 頭を下げて礼を言うと、クラウとイグニフェルはそろってため息。

「お前、さんざん怪我させられた相手にありがとうとか、ほんとヘンなやつ」

「まったくだ。――でも、面白いやつには違いない。だからクラウも死んで欲しくないと思ったんだろ」

 口の端をつり上げて笑うイグニフェルに、ぷいっとそっぽを向くクラウ。

「おい、自分の仕事は終わったなんて考えてんじゃねぇだろうな? 霊素の食い方を教えてやるから、お前も来るんだよ! 人間を守るってのは口だけか? ガキ呼ばわりを返上してみろ」

「え? えええーっ!」

 一方的なイグニフェルの宣告に、ディーは口をぽかんと開けて固まった。

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